Give Me(w) Your Love!

 ホルマジオとのふたりは初デートを終えてアジトに帰り着いた。アジトの玄関の前まで抱き上げられたままだったは、恥ずかしいから下ろしてほしいとホルマジオに訴える。ホルマジオはこれ見よがしにを抱きかかえたままリビングへと戻り、チームメイトに美しい彼女の姿を見せつけてやりたい気分だった。だが、が嫌がるなら、としぶしぶ彼女を扉の横に下ろして鍵を開けドアノブに手を伸ばした。

「足、いてぇんだろ?大丈夫か」
「うん。大丈夫」

 両足の踵が靴擦れしていて、両の足裏に水ぶくれができていた。一応応急処置で絆創膏を貼りつけてはいたが、それで痛みが無くなるはずもない。案の定、は地面に足を突いた途端痛みに顔を歪めた。やっぱりダメだ抱えていく、と、ホルマジオは扉を開けてすぐに自分で歩き出そうとした彼女を捕らえて肩に担ぎ上げる。

「は、はなして……!」
「そんな痛そうにしてんのに黙って見てられねーよ」
「でも、皆リビングにいるんじゃ」
「この際だから連中に見せつけとかねーとな。おまえはオレのもんだって。悪い虫がつかねーようにさ」

 そういって誇らし気に笑うホルマジオ。テレビの音と、数名の話し声がリビングから漏れている。は焦った。自分がホルマジオに恋していると皆に知られるなんて癪だ!――心配せずとも、そんなことは随分と前から周知の事実である。

 は尻からリビングへと入ることになった。リビングに誰がいるのか分からない。真っ赤に染め上げた顔で目をきつく閉じて、どんな反応がくるかと身を固くしていた。

「おや?……ホルマジオが女抱えて帰ってきたぞ」

 ソファーで酒を飲みながらラップトップをいじっていたメローネが声を上げた。彼が舌なめずりをしてギラつかせた視線を向ける先を目で追って振り向いたイルーゾォが眉根を寄せる。

「おい、ここにオンナ連れ込むな……って、待てよ?その、こっちにケツ向けてんのはか?」

 後ろ手に扉を閉めたホルマジオはやはり誇らしげだった。薄く笑みを浮かべたまま何も返答することなく皆が集う方へと歩き出し、ローテーブルの短辺に向けられた一人掛け用のソファーにを下ろした。するとホルマジオはすぐさま救急箱を取りに行くためその場を離れる。

 何も言わずに捨て置かれたは肩をすぼめて下を向いたままでいた。何を言われるかとひやひやして、リビングに誰が集っているのかすら未だに確認できていない。

「きつかっただろう」

 すると右隣からプロシュートの声がした。恐る恐る顔を上げると、右手の手前側にプロシュート、その奥にイルーゾォ、彼の向かいにメローネがいた。

「……うん。足、怪我しちゃった」
「最初はそんなもんだ。いずれ慣れる。だから、日頃からちゃんと履いて歩く練習しとくんだぜ」

 帰る間、もう二度とハイヒールなんぞ履くもんかと心に誓っただったが、そうは問屋が卸さないらしい。これからリビングに下りる度に足元や服装をこの男にチェックされ、やり直しだ、と自室に突き返されるのではないか。そう思うと嫌気がさして、の目は天を仰いだ。

 彼女がうんざりしていると分かりながらも、プロシュートは鼻を鳴らして微笑んでいる。

「痛みに音を上げて出て行った時のスニーカーにでも履き替えて、とんちんかんな格好して帰ってくるとばっかり思ってたがな。……よく辛抱したじゃあねーか。やっぱりよく似合ってる。綺麗だぜ」

 プロシュートの真っ直ぐな言葉を受けて、は思わず目を見開いた。そして、こうやって褒められるなら、またハイヒールを履いておしゃれしてやってもいいかもしれない、と微笑んだ。マイナスな方にはいくらでも妄想が膨らむ彼女だが、褒められると単純にすぐ喜んだ。彼女が人知れず立てたもう二度とハイヒールの靴など履かないぞという誓いは、人知れず闇に葬り去られる。

「おいコラ。てめー何を口説き落とそうとしていやがる。ったく、油断も隙もあったもんじゃねーな」

 救急箱を抱えて戻ってきたホルマジオが、プロシュートをねめつけながら間に割って入った。テーブルに救急箱を置くと、ソファーの肘掛けに座れとを促して、空いた座面に腰を下ろして怪我の手当てを始める。

「おいおい勘弁しろよ。リビングで堂々といちゃつくんじゃあねーぜ」
「羨ましいかイルーゾォ。てめーはオレのかわいいを指くわえて黙って眺めてろ!……ほら、踵出せ」

 顔を歪ませて歯をむき出し、血気盛んに身を乗り出してホルマジオに掴みかかろうとしたイルーゾォをプロシュートがなだめた。ホルマジオのてきぱきとした処置を受けながらふたりの様子を見ていたは、頬を膨らませてくすくすと笑っていた。

 イルーゾォとホルマジオの仲が悪いのはいつものことだ。何かと突っかからずにいられないふたりが罵り合っているのを見るのは嫌いでは無かった。犬猿の仲と言うほど仲が悪いわけでもないし、酒を飲んでいる時は肩を組んで楽し気に談笑している時さえある。それに、あのお高くとまってやや高慢なイルーゾォがぐうの音も出せないでいるというのも見ていていい気分だ。すると白目を剥くイルーゾォが何笑っていやがると矛先をこちらに向けてきたので、はとっさに顔をそらした。

 プロシュートに制され前に出られないでいたイルーゾォはおとなしくなった。そして諦めてソファーに身を投げるなり、訝しげに眉根を寄せてを上から下へと顔を動かしてしげしげと眺めはじめる。

「それにしても、一見誰だかわかんねーな。おまえ本当にか?」

 髪を纏めているので普段お目にかかれない首筋があらわになっている。ところどころ緩く巻かれたおくれ毛がまとめられた髪の束から溢れ落ちているあたりが艶っぽい。化粧のことはよく知らないし控えめに仕上げられているのでこれと言って取り上げられなかったが、普段の彼女よりも目元口元が印象的な気がして一時の間顔に視線が留まった。デコルテがレース生地から透けて見えるデザインのワンピースもなかなかにセクシーだ。ホルマジオの手元がちょいちょい視界を遮って邪魔する向こうで、これもまた普段はお目にかかれない膝下部分の肌が曝け出されている。ふくらはぎから下に向かってきゅっと引き締まった足は美しい。

 指はくわえなかったが、イルーゾォはホルマジオが言った通り“かわいい”の姿を黙って眺めることになった。

「何か大人しくなったと思えばおまえら……なんちゅう目をしてを見てやがる。まるで残飯にたかろうとするハイエナだぞみっともねぇ」

 プロシュートはメローネとイルーゾォの顔を見て溜息を吐いた。それと同時に、黙って手当てに専念していたホルマジオが声を上げた。

「よし、終わったぜ。水ぶくれはそのままにしてるから痛くてまだ歩けたもんじゃあねーだろうが、包帯でぐるぐる巻きにはしてるし何もしねーより少しはマシだろう」

 ただの水ぶくれに大袈裟な処置だ。自分の足を見やってそう思っただが、ホルマジオの優しさが身に染みて、嬉しさに顔をほころばせた。

「ありがとう、ホルマジオ」
「ところで――」

 メローネの声がした。瞬間、その場にいたメローネと以外の全員が「こいつ、何かまた至らないことを言いだすぞ」と戦慄し、各々の鋭い眼光を一挙にメローネへと向ける。そしてその予想はみごと的中した。

「おまえたち、セックスはもう済ませたのか?」

 皆、閉口するしかなかった。はみるみるうちに顔を真っ赤に染め上げて、脱いだパンプスをそのままに素足でリビングから逃げ出した。ホルマジオは二階へと向かうの後姿を目で追ったが、後を追いかけることはしなかった。

「メローネ、てめーってヤツは……」

 プロシュートは再度深い溜息をついて、呆れて物も言えないといった風に首を横に振った。イルーゾォは眉根を寄せて向かいにいるメローネをねめつけた。ホルマジオは一人掛け用のソファーに座ったまま膝に肘を乗せ指を組み、顔を伏せて押し黙っている。

「だって帰ってくるのが早すぎるだろう。ガキじゃあるまいし……いや、近頃のガキだってセックスもしないで大人しく家に帰ったりなんかしないぜきっと」
「おいメローネ、そうじゃねえ。オレが文句を言いてえのは、何でそんな話をし始めたんだってことについてじゃあねーんだ。想像するってのはてめーの十八番だろうが。もっと想像しろ。こんなことを言ったら、はどう思うだろうってな。理由はどうあれ、女を公衆の面前で辱めるなんて最低のゲス野郎がすることだ」
「きちんと想像した結果だプロシュート。あの、ホルマジオ以外の男の前じゃ女らしさのかけらも見せなかったが、どんなセックスをするんだろうってな」
「そこを想像しろとは言ってねーんだよ」
「……ったく。こいつがゲス野郎なのは今に始まった話じゃあねーだろ。そんなの、スタンド能力見りゃ一目瞭然だ」

 プロシュートにそう主張しつつも、メローネの話の中でホルマジオへの反撃の機会を掴んだイルーゾォは、一息ついて眉間の皺をならしソファーに背をもたれた。

「ともあれ、メローネの言うことにも一理あるぜ。……おいホルマジオ。勃起不全症か?医者にでもかかってきたらどうだ」

 ニヤケ面でホルマジオを指差してイルーゾォがはやし立てた。いつもならば白目を剥いて応戦しそうな煽りに、ホルマジオは少しもなびかなかった。

「ま、まさか……図星か?」

 彼のらしくない態度に、煽った方がうろたえた。メローネとプロシュートのふたりも、怪訝そうな顔でホルマジオの様子を黙ってうかがっている。

「セックスどころかよぉ……」

 ホルマジオは顔を伏せたまま、意気消沈した様子で口を開いた。

「キスすらできなかったんだ……。笑っちまうよな」
「はあ!?」

 声を荒げたのはプロシュートだった。

「てめーの股間にぶら下がってるタマは飾りか何かか!?あの美しいおまえにしながら仲良くメシ食ってしまいだと!?よくもノコノコと帰ってきやがったなこの甲斐性なしが!!!」
「プロシュート、もっと言ってやれ」
「……ワケを聞かせろ。何がいけなかった。非の打ち所なんぞ無かったハズだが、改善の余地があるってんなら遠慮なく言え」

 何故プロシュートが自分の作り上げた美術品か何かのような口ぶりでについて物を言うのか理解はできなかったが、イルーゾォもメローネもホルマジオをここぞとばかりに槍玉に上げたい気分になった。

「天使なんだよ……」

 ホルマジオが言った。皆ぽかんと口を開けてホルマジオを見やって続きを待った。

「オレなんかが、手ぇ出していいのかって……あいつの穢れない透き通った目を見て、躊躇っちまったんだよ。天使なんだ。オレなんかが天使にキスしていいわけねーだろ。あろうことか、あの天使をひん剥いてオレの股間の魔物で……考えるのも悍ましいんだよ!!」
「おいおい勘弁しろ……。でれっでれに惚気やがって気持ちがわりぃな!!」
「股間に魔物……?触手プレイか!?」
「おいメローネ。てめーの頭の中どーなってんだ」
「いや、イルーゾォ。こいつの言うことにも一理ある」
「ねーだろ」
「完璧すぎたか。確かに、スキが無さすぎるのも良くないよな。分かった、次は任せろ」

 あ、そっちか。と、プロシュートが完全にメローネを意識の外にやっていることに気付く。それにしても、プロシュートはのコーディネーターになった自分に陶酔している。何でおまえまでそうなる、とつくづくらしくない男たちを眺めてイルーゾォは顔をしかめた。

「なあホルマジオ。いらないならオレに彼女をよこしてくれよ」
「オレが昨日言ったことを忘れたかメローネ。てめーは金輪際を見ることすら許さねーからな汚らわしい」
「汚らわしいって……あんまりだぞ。でも彼女、かわいそうだな。せっかくおめかししたってのに、好きな男にデートでキスすらしてもらえないなんて。今頃部屋で泣きべそかいてんじゃあないか?」

 ホルマジオはメローネに指摘を受けて、がひとり膝を抱えて泣く姿を想像した。瞬間、胸が締め付けられて息苦しくなった。言われるまで気づかなかったのだ。穢したくないと手を出さないことも、彼女を傷つけることになり得ると。

「……少しはまともなことも言えるんだな、メローネ。それはもっともだ」

 プロシュートが続けた。

「ホルマジオ。重要なのはおまえがどう思うかじゃあねー。がどう思うかだぜ。あいつが求めるなら、叶えてやるんだ。間違っても無理矢理唇を押し付けたり着ている服を剥ぎにかかったりなんかしちゃあいけねー。そんなのスマートじゃあねーぜ。きちんと確認するんだ。それとなくでも、直接的にでも構わねえ」
「ああ。……分かったよ」

 モテ男による恋愛の手ほどきを受けたホルマジオはゆっくりと立ち上がった。もう、が涙を流すところなど見たくはない。自分の行動で彼女を悲しませるなど、あってはならない。そう心に決め、置き去られたハイヒールパンプスを拾いあげての部屋へと向かう。

「くれぐれもテンションぶち上げて部屋でおっぱじめたりするんじゃあねーぞ」

 それはイルーゾォの、彼なりの声援だった。

Side Story:
長靴ならぬ、ハイヒールを履いた猫 《完結編》

 ハイヒール、置いてきちゃったな。

 は部屋に戻るなりベッドに腰を下ろした。何も履いていない足を見てひとつ溜息をつくと、片方ずつ膝を抱えて足裏のゴミを手ではたき落とし、壁にむかって体をスライドさせて背をもたれた。そして踵をマットレスに放り出し、足裏は向かいの壁に向けたままぼうっと前を見つめた。

 ――おまえたち、セックスはもう済ませたのか?

 同僚の不躾け極まりないコメントが脳内で蘇った。途端、一度引いた顔の赤みも瞬時に蘇る。は枕元に置いたクッションを乱暴に掴み取って抱きかかえ、顔を埋めて唸った。声にならない感情が爆発した。クッションはさしずめサイレンサーだ。

 キス、してほしかったな。

 公園で寸前までいったはずだった。ホルマジオの顔が近づいてきて期待して目まで閉じたのに、彼は顔をそらして抱きしめるだけだった。抱きしめられるのは嬉しかったが、キスを拒まれたような気がして情けなくなった。かといって、自分からキスをして欲しいとせがむなんて、ホルマジオの前でだけはすっかり小心者になってしまうにできるはずもない。

 結局しばらく抱き合った後解放されて他愛もない話をしながら夜景を見下ろした後、再び抱きかかえられてアジトに戻ることになった。抱きしめられたり抱きかかえられたり、体に触れてはもらえているのに、肝心なことはしてもらえなかった。

 キスとか、もっと――それ以上のこととか。

 はサイレンサーに顔を埋めたまま再度唸った。メローネに気付かされた自分の欲深さに恥ずかしくなったのだ。

 今まで幾人もの男にもてあそばれ穢れたこの体を、ホルマジオに愛してほしいと思うなんておこがましい。けれど、愛されたいという気持ちでいっぱいになる胸の高鳴りをしずめることはできそうにない。また眠れない夜になるんだろう。

 そんな予感に苛まれながら、はゆっくりとベッドへ身を横たえた。

 化粧落とさなきゃ。でも、バスルームに行きたくないな……。

 あまり役に立たなかったメイク。役立てないまま流すのがもったいない。それに、一階に下りてまだリビングにいるであろう面々と鉢合わせになるなんて恥ずかしくてごめんだ。

 そう思って悶々としていると、コンコンと部屋の扉を叩く音が静かな室内に響いた。

 驚いてとっさに上体を起こしたが返事をする前に、ホルマジオは一言入るぞ、と断って扉を引き開けた。部屋に足を踏み入れ扉を静かに閉じて、彼はゆっくりと部屋の奥へと進んでいく。

 は暗がりから姿を現し窓から射し込む月の光に照らされたホルマジオを見やった。情けなさそうな顔をして手には彼女が置き逃げしたパンプスを携え、こちらにゆっくりと近づいてくる。ベッドの際にまで近寄った彼はに背を向けると、ベッドに浅く腰掛けた。

「靴、忘れてんぞ」
「うん。取りに行かなきゃって、今思ってたとこ。……持ってきてくれてありがとう」

 ハイヒールパンプスが踵を綺麗に揃えられた状態で床に置かれ、ホルマジオの手から離れた。その音が響いた後、しばらくの間ふたりは静寂に包まれた。

 各々、何か言わなければと考えを巡らせていた。

 ホルマジオは階下で今しがたプロシュートに言われたことを思い出していた。は恥ずかしい己の願望を気取られまいと必死に別のことを考えようとしていた。

 しばらくすると、視線を泳がせてあたふたしているをホルマジオが振り返って見た。目が合ってはとっさに顔を伏せた。ホルマジオはすぐさま彼女の顔に手を伸ばし、優しく上を向かせる。

「……ほんと、オレなんかにはもったいねーくらい綺麗だ。

 眩しさに目を細めるような、優しい眼差しで見つめられる。

 でも、それならどうしてキスをしてくれないの?私に魅力がないならじゃないの?何がいけないの?どうすれば、キスしてくれる?

 そう思っても、胸がいっぱいになってうまく喋り出せなかった。

「そのまま帰れば良かったのに、わざわざ公園にまで寄ったのはどうしてか……わかんねーか?」
「……?どういうこと?」

 ホルマジオの言葉を受けて、は目をしばたたかせた。ホルマジオは苦悶に顔を歪めて言葉を詰まらせる。しばらく押し黙った後意を決すると、おもむろに口を開いて続けた。

「このまま帰したくないって、思ったんだ。結局帰しちまったから、今こうして無様にも部屋に追い打ちかけにきてるんだがな」
「追い打ち……?」

 こんなこと、女に聞いて許しを請うなんて初めてだ。だが、が嫌がるなら無理に迫りたくはない。返答によっては、大人しく引き下がろう。

「キス……してもいいか」

 ホルマジオは少しだけ身を乗り出して言った。は胸に手を当ててごくりと喉を鳴らした。そして小さく頷いて、ゆっくりと目を閉じた。

 するとすぐに柔らかな感触を唇で感じた。顔全体で、ホルマジオの熱も、彼の吐く息がかかるのも感じた。そしてゆっくりと圧力を増していく唇の感触は、厚みの半分を奥に押しやるまでで留まって、やがてゆっくりと離れていった。が名残惜しそうに目を開くと、苦悶に顔を歪めたままのホルマジオと目が合った。

「ダメだ。やっぱり……抑えられそうにねぇっ……!」

 余裕を失くした彼は、一転して荒々しくの唇に噛みついた。仰け反った彼女の背に手を添え支えながら、自分の上半身を押し付けるようにしてをベッドへと押し倒す。

 薄く開かれた口に舌を割り入れて、奥に潜んでいたの舌を手繰り寄せるように絡ませた。されるがままのは、呼吸を乱されて苦しげにうめき声を漏らす。その声にはっとして我に返ったホルマジオが、咄嗟に口を引き離した。

「こうなっちまうって分かってたんだよ。キスなんかしたら、所構わずおまえのこと……。イヤなら、イヤだって……ちゃんと言ってくれ。そうじゃねーとオレは……!」
「……嬉しい」
「え?」

 はホルマジオを見つめた。

 優しい、大好きなホルマジオ。私のことを必要以上に大切にしてくれる――たぶん、愛してくれている――人。抱いた疑問には全て答えてもらえた。聞いてもいないのに、答えてもらえた。それはきっと、私達ふたりが同じ気持ちを抱いているからだ。

 少しだけ自信が持てた。綺麗だと言われて、愛しそうに見つめられ、そしてキスをしてもらえて。

「嫌なんかじゃない。私、あなたにもっと……触れてほしい。キスだって、もっと、たくさんしてほしい。……それ以上のことだって……ホルマジオとなら、したい」

 したいと思ったのは、初めてだった。愛を交わしたいと思ったのが初めてだったからだ。

「……あんまり、大きな声出すなよ」

 たまらずを抱きしめたホルマジオは、ワンピースのジッパーを引き下ろしながら耳元で囁いた。

「それがどんなかまだオレは知らねーが、きっとたまらなくなって男が寄ってきちまう」

 したい。とは言え、ここはアジトだ。落ち着かない。はドキドキと高鳴る胸の音に邪魔されながら、必死に扉の向こうに耳を澄ませた。そして何者かの気配を扉の向こうに感じ取る。度々自身の能力で猫科動物に変身する内に身についた、優れた聴覚のなせる技だった。

「ちょ……ちょっと待って、ホルマジオ!」
「もう無理だ、止めらんねーよ」
「いやなわけじゃ、ないの。聞いて。扉の向こうに、誰か、いる気がする……!」
「チッ……マジかよ」

 ホルマジオは昂りつつあった股間の魔物をそのままに、部屋の戸口へと歩いていった。半信半疑で扉を勢いよく開けると、ごん、と鈍い音が廊下に響き、扉に押しやられた何かが床にうずくまっているのを発見する。

「しょうがねーなぁ。メローネ!てめーそこで何してやがる」

 盗み聞きに興じようと扉に耳を押し当てていたメローネは、顔を掌で覆いながらいててと漏らして起き上がった。

「お気になさらず、続けてくれ。股間の魔物が疼いて大変だろう。さあ」
「さあ、じゃあねーよバカかてめー!オレの股間を指差すな!折るぞ!おら!さっさとてめーの部屋に戻らねーか!!」
「チッ……」
「てめー舌打ちしやがったな!?こっちが舌打ちしてーよ!まじでふざけんなよ!邪魔!マジで!」

 メローネがしぶしぶ自室へと戻るのを確認すると、ホルマジオはすぐさまの元へ駆け寄り再度きつく抱きしめた。

「はあ……。やっぱダメだ。落ち着けやしねー」

 ホルマジオの肩に顎を乗せたは、はにかんでくすくすと笑い声を上げた。

「続きはまた明日……どっか外にいこうぜ。ああ、屋外でしようって意味じゃあねーからな!誤解すんなよ」
「い……言われなくても、分かるよ……!」

 顔を見合わせて笑いあって、また軽くキスを交わした。あまり長いことキスすると、また我慢が利かなくなる。ホルマジオは離れがたいと思いながらも、部屋を後にする決心をするとベッドから立ち上がった。

「おやすみ。
「おやすみなさい。ホルマジオ」

 はホルマジオを笑顔で見送った。ついさっきまで彼女を襲っていた不安や悲しみはすっかり消え失せていた。

 はバスルームと部屋を往復し、寝る準備を済ませて再び床に入った。幸福感でいっぱいになった胸を抱いて幸せな気分に浸っているうちすぐに眠りに落ちて、眠れないと思った夜はいつの間にか明けていた。

 は目を覚ますなり、朝日が射し込んでくる窓辺に歩み寄った。窓から見える景色はいつもよりも明るく輝いて、違って見えたのだった。


(fine)