それが死装束と知らずに笑った私


「ウボォー。結婚しよ」

 突然、は恋人へ向かって口を開いた。恋人は閉口してただ眉をひそめた。声を上げることもせずに。が手に持つ雑誌と、彼女の表情を彼の視線が2,3度往復した後、ウボォーギンはやっと口を開いた。

「は?」
「結婚。夫婦になること。類似概念に婚姻があり、社会的に承認された夫と妻の結・・・」
「結婚の意味くらい知ってる」

 は、それじゃあ何がダメなの?と言わんばかりに、ウボォーギンへとしかめっ面を向ける。

「あんた、他に好きな女でもいるわけ?」
「いねーよ!」
「私とそろそろ別れるつもりなわけ?」
「んなワケねーだろ!」
「じゃあ何で渋るの」
「・・・結婚って、お前・・・」

 彼らが生まれたのは、流星街。流星街とは、本来人が住んでいるような国として認められていない、ありとあらゆるゴミの廃棄場である。そんな街で生まれた彼らには戸籍など存在しない。結婚したとしても、それが社会的に認められることはないのである。そもそも2人は社会的に人間として認められていないのだから、結婚など許されないというよりも、結婚しようがしまいが知人以外に認知される人間ですらないのだ。

「何で結婚なんてしてーんだよ」
「・・・結婚したいってゆーかさ・・・」

 は結婚情報誌の見開きをウボォーギンへバサっとつきつけ、目を輝かせる。

「ドレス!ちょーキレイじゃない!?結婚式したいの!」

 ウボォーギンはが持つ雑誌を手に取り、パラパラと何ページかめくる。純白のドレスに身を包んだ女性がブーケを手に持って幸せそうに微笑んでいる。そのほかにも、赤いゴージャスなドレス、紺色のシックなドレス、黄色のかわいらしいドレスなど、様々な色のイメージに合うドレスを纏う女性が、1ページ1ページを華やかに彩っていた。

(確かにが着たら、全部似合うだろうな・・・)

 胸の内でそうつぶやくも、彼は自分の気持ちをへ伝えることはせずに、ただふうんと生返事をする。そんな恋人の反応に大層ご立腹な面持ちのはウボォーギンから雑誌を奪い取った。

「いいもん!他の人とするから!!」
「はぁ!?お前こそ、他に好きな野朗でもいやがんのか!?」
「いないけど、これから見つける!」
「けっ!!勝手にしやがれ!!」





 2人がそんな喧嘩をしたのが1年ほど前のこと。結局、この喧嘩はが謝ることで収束したわけだが、お互いにもやもやした気持ちを持ったままで、9月1日を迎えた。







その時は確かに幸せだったから笑っていた







「うわあああああ!カッコイイ!!ウボォー素敵!!」

 タキシードを着たウボォーギンが、に褒められて頬を染めている。彼女がこんなにも素直にウボォーギンを、しかも旅団員の前で褒めることは無かったので、不意をつかれたウボォーギンだったが、満更でもない様子だった。頭を掻いてそっぽを向く。

「おーい!ウボォー!!置いていくよ!」

 シャルナークが、廃墟に残る二人を呼ぶ。ははーい!と返事をして、メンバーの後を追おうとするが、ウボォーギンはそれを引き止めた。


「?どうしたの。置いてかれちゃうよ」
「・・・ああ。あのさ」

 ウボォーギンは、頬を掻きながら、から視線をそらす。そして独り言を言うくらいの声量で話を始めた。

「お前さ、結婚式、したいって言ったの覚えてるか?」

 は一瞬、ウボォーギンが何を言っているのか理解できなかったが、結婚式というワードから連想された雑誌の1ページ。ふと、純白のドレスを身にまとった女性の隣で、女性と微笑み合うタキシード姿の男性の姿が目に浮かんだ。

「ああ!覚えてるよ!そういえば、ウボォー、今新郎さんみたいなカッコしてるね!」
「ああ・・・。だからさ。結婚式・・・しようぜ」
「・・・え?」

 いたって真剣な表情で、そう切り出すウボォーギン。の視線は、冗談を言っているときに見られるはずも無い彼の眼差しに釘付けになった。そして、確かに胸が高鳴るのを感じた。

「やだ・・・プロポーズされてるみたい・・・」
「一応、そのつもりなんだけどな」
「私と、結婚してくれるの?」
「ああ。オレ達じゃ、そう宣言するしかねーけどな」

 二人の言う結婚とは、生涯支えあい愛し合うと、永遠の愛を誓うことでしかない。だからこそ、ウボォーギンは後悔していた。あの何気ない喧嘩をした後から1年間、ずっと。真面目な彼は結婚なんてできないと思い込んでいたが故に、あの時結婚しようと即答できなかったのだ。形式ばった結婚などできはしないならば、せめて永遠の愛を誓うことだけはしておこう。二度とこのタキシードを身にまとうことは無いだろうから、この際、を喜ばせたい。ウボォーギンにはそんな思いがあった。

「嬉しいよ。ウボォー」

 はいつの間にか瞳に涙を浮かべて、微笑んでいた。そして、そっと腕をウボォーギンの腰へ回して抱きついた。ウボォーギンはの頭を撫でて抱きかかえる。頬に優しくキスをして、彼女を地面へと降ろすと、近くに置いておいた少々大きめの紙袋をへ手渡した。ウボォーギンが軽々と持ち上げるものだから、大して重い物でもないのだろうと高をくくっていたは、紙袋の予想外の重さで体勢をくずしてよろめいた。

「これ、何?」
「それ着て、おれを追いかけろ」
「え?」

 ウボォーは廃墟にを置き去りにして、先を行く団員の後を追った。は戸惑いながらも紙袋を開くと、そこには純白のシルク生地が見えた。取り出さずとも、その正体には検討がついた。ウェディングドレスだ。胸の高鳴りと共に焦りも感じる。果たして上手に着ることができるのか。そして、推定3キロはあるであろうこのドレスを纏って、走ってフィアンセを追いかけることができるのか。は物陰に隠れて、着ていたものを脱ぎ、紙袋からドレスを取り出した。その瞬間。

!」

 マチの声が廃墟に響く。

。どこにいるんだい」

 物陰から顔を出し、はまた瞳を潤ませた。

「マチ~!良かった~!!こんなん、一人じゃ着れないよ!」
「だろうね。全く。ウボォーも行き当たりばったりで困るよ」
「ごめんねマチ~!ありがとー!」
「ほんと、緊張感の欠片もありゃしないね」

 そう恨み言を言うマチだったが、そんな二人を微笑ましく思っていた。

「マチは、誰と結婚するの?」
「・・・アンタね。いつ死ぬかも分かんないのに、結婚したいなんて思わないよ」
「・・・そっかぁ。でも、マチもウボォーも、死なないでしょ?」
「だといいけどね」

 今回、初めて旅団のメンバーが一堂に会する機会に立ち合わせてもらっただけで、は普段から幻影旅団に属しているわけではない。彼らほど身の危機や死とは縁のないだからこそ、結婚などという概念に憧れを持つのかもしれない。マチと話して初めてそのことに気づかされたは口を閉ざした。無敵と思わせる彼らも、彼ら以上の実力を持ったものと対峙したとき、命を落としてしまうかもしれないのだ。複雑な思いを胸に、ぼーっと前方を見ていただけのは、いつの間にかキレイに仕上げられたヘアセットに気づくことすらなかった。

「さ!準備できたよ。追いかけなくていいのかい?」
「もうできたの!?」
「鏡が無くて残念だね。キレイだよ。
「マチがハンサムすぎてつらい・・・」

 紙袋にドレスと共に入っていたブライダルシューズ。高いピンヒールの白いシンプルなパンプスだが、こんな靴では走るどころか、歩くのも一苦労だ。そう判断したはドレスのすそをたくし上げ、シューズを片手に持って走り出した。

「マチ!待ってよ!早い!!」
「まったく・・・世話が焼けるね」

 先を走っていたマチはの手からドレスの裾を受け取り、の走るスピードに合わせて並走した。







「ウボォー!!」

 背後から、の声がした。すかさずシャルナークが声を上げる。

「おお!キレイな花嫁の登場だよ!ウボォー!」
「いいのか?もう後ろ向いて、いいのか?心の準備がまだ」
「ウボォー!」

 言い終わるや否や、が息を荒げて愛する者の名を呼んだ。ウボォーギンはゆっくりとの方へと視線を向けていく。白いヴェールで顔を覆われた、ドレス姿のがそこにいた。彼がどうすればいいのか分からずうろたえていると、後ろにつくマチに叱られる。

「時間押してんだから、さっさとしな!意気地なし」
「いや、何をすればいいのか分からん」
「ヴェールを両手で捲り上げて、キスすればいいんじゃない?」

 詳しくはわかんないけど。そう付け足して、シャルナークが助言する。ウボォーギンは言われるがままに、が纏う白く薄いヴェールを捲り上げた。頬を赤く染めて、不安そうな面持ちのと視線がかち合う。お互い目をそらすまいといささか険しい表情になってしまっていた。

・・・。似合ってる」
「・・・ありがと」

 ウボォーギンは、他の人間に聞かれまいと、の耳元に口を近づけて、愛しているとつぶやき、すかさずの唇に軽く触れるだけの、優しいキスを落とした。瞬間、二人を包む閃光。何事かと二人が光源に目をやると、ニヤニヤしながらカメラを構えるノブナガがいた。

「いやー!おめーがまさか結婚するたぁ、びっくりだぜ!」
「おまっ・・・何写真なんか撮ってやがんだ!!」
「いーじゃねぇか。もすげーキレイだし。ほら!二人並べ!」

 仏頂面をしたウボォーギンの腕を取りがなだめると大人しくなったウボォーギンだったが、相変わらず表情は硬いままである。

「ウボォー!笑って!私、笑ったウボォーと写真撮りたいな」
「・・・そう言や、写真撮るの初めてだな」
「そうだよ!こんなカッコもう二度としないかもだし、ちゃんと顔キメてよね!」
「お、おう」

 は満面の笑みを浮かべて、カメラのレンズに向かった。そんな愛しいの嬉しそうな表情につられて、自然とウボォーギンの表情もほころんだ。その瞬間を逃すことなく、シャッターが切られる。

「ウボォー。ありがと」
「おう」

(別に金はかかってねーし。それに・・・)

「お前の幸せそうな顔が見れて、良かったぜ」

 はこれ以上無いと言えるほどの笑顔を向けて言った。

「ウボォー!大好き!一生愛してる!」
「ああ。オレもだ。オレも一生、お前を放さねぇ」

 二人は抱き合って、長い長いキスをする。人目など気にせず。たとえ彼の言う一生がすぐに終わるものだとしても、そんなことを知る由も無い二人にとっては、今この時こそが至福の時だった。