メロウ・キャロル


 オレは見た。彼女が楽しそうに編み物をしているのを。それはオレが仕事を終えてホームに戻った時のことだった。非番のシャルナークと楽しそうに話しながら・・・そう。アレは形状からしてマフラーだろう。それを編んでいた。オレが部屋に入った途端あわただしくそれを片付け始め、しまいには白々しくお帰りと一言。ああそうだ。明日はクリスマスだ。そのマフラーも編み上げたらどっかの男の元に行くんだろう。やっぱシャルナークあたりか?でも、そのシャルナークに見せてたんだから他の男か?フィンクス?フェイタン?それとも・・・

「ねえ、ウボー。どしたの?帰ってくるなり返事もしないでボーっとしてっ!」
「うおっ」

 突然下のほうから声がしたもんだから吃驚した。するとは失礼だと言わんばかりに頬を膨らませている。そんなもかわいいなぁ何て鼻の下を伸ばしている自分。ああ、なんて下心丸見えなオレだ。えらくにぞっこんらしい。そうだ。オレはが大好きだ。そして明日はクリスマスだっ。が、彼女の編むマフラーを見て、どうせあれは自分の物になることはないのだろうと思ったとたんにテンションががた落ちしたオレだった。






ある聖夜の一喜一憂







 明日はクリスマスだ。そして今、私の手元にあるのは大好きなあの人のために11月の頭からコツコツと編んでいるマフラー。あと少しで完成する。あまり乙女的且つ家庭的センスが無い上に編み物自体今回が初めてとなる私は、黒の毛糸を8玉買ってシンプルにガーター編みで行こうと決めた。いちいち模様を替えて編むのもめんど・・・いや、初心者の私には難しいだろうと言うことで、黒一色で仕上げるつもりだ。面倒だと思うのならばどうして初めからやろうなんて思ったのか、と思う人もいるだろう。明日はクリスマスなのだ。その日にこそ、あの彼に自分の気持ちを伝えたいと思って、その思いとともに何か添えるものが欲しかったのだ。

 真っ先に思い立ったのがマフラーだ。市販のマフラーじゃない、自分で編んだマフラー。普通の男性なら市販のものでことが足りるのだろう。しかし、私の思い人はそんじょそこらにいる普通の男性じゃない。ツワモノばかりが集まる幻影旅団の中で最も身長が高い彼。身長は250を超えるし、首回りだって絶対に普通の大きさじゃない。だから確実にそこら辺のデパートには売られていないのだ。だから私は編んでいる。

「お!やってるねー」

 そう言って後ろから声をかけてきたのはシャルナークだった。

「びっくりしたー。て言うか、シャルナークでよかったぁ・・・」
「それちょっと傷つくんだけど・・・。つまりそれはオレのものにはならない訳ね」
「あれ?欲しかった?じゃ、来年編んであげるよ!」
「え?マジで?」
「金は取るよ」
「ああ、そーですか」

 それに、よく見て欲しい。あなたにあげるのならばもう、長すぎるだろう。完成間近だと言っても、あと何段かは必要だ。太めの毛糸を選んだからちょっとずっしりくる重さだし。

「それじゃ、誰にあげるの?」
「うーん、秘密!」
「大体予想はつくけどね」
「え!?」
「だって、その長さに太さ。からして・・・ウボーかフランクリンのどちらかだろう?」
「・・・むむ。鋭いなぁ」
「どっち?」
「さあ!どっちでしょう!」

ガチャッ・・・

 ふ!?は・・・反則だ!何の物音も立てずに帰ってくるなんて!まあ、私がシャルナークとのお喋りに夢中になっていた所為だとはおもうけど・・・。そしてシャルナークにばれてしまったじゃないか!

 私の同様っぷりを見て、イヤらしい笑みを浮かべるシャルナーク。そうか。図ったな!?コイツはウボーが帰ってきたのを知っててわざと話を長引かせてたんだ!最期の二択はその策略によって彼に知れてしまった。腹が立ってシャルナークの脛を蹴り、即座に作りかけのマフラーを隠した。やばい。アレは確実に見られちゃってるなあ。

「お帰り!」

 この寒いのに、いつものワイルドな格好で外に出ていた彼を見て思った。ウボーは私なんかが編んだマフラーを受け取ってちゃんと首に巻いてくれるのだろうか?寒くないんじゃないか!?どうしよう!

 私はやや当たり気味にウボーに言った。

「ねえ、ウボー。どしたの?帰ってくるなり返事もしないでボーっとしてっ!」
「うおっ」

 吃驚された。女の子の顔見て驚くなんて失礼なやつだ!怒ってやろうかと思って彼を見上げてみると、どこか切なそうな顔で遠くを見つめていた。どうしてそんなに寂しそうなんだろう。

「ちょっと・・・ウボー?どうし・・・」
「ああ、。今日は結構寒かったぜ?明日、雪降るんじゃねぇか?」
「突然どうしたの?」
「お前、雪好きだろ?良かったな!明日はホワイトクリスマスだ」

 突然脈絡のないことを話されて、少々困惑する私。そんな私をよそに、ウボーはかっかっかと大きく口を開けて笑っている。でも、雪は好きだ。だからつられて笑った。




               ***





 蹴られた脛の痛みは徐々に引いてきた。そして彼女の思い人が誰かも分かった。あのウボォーだ。当然のことながら、彼の動体視力をもってすればどんなにすばやく物を隠したとしても絶対にばれてしまう。まんまとオレの策略に引っかかった。と言うか、さっきの隠し方は遅すぎたので、たとえウボーじゃなくても常人でも分かる程度のことだったが。故に、今ウボーは呆然としている。きっと今頭の中では、マフラーが誰のものになるのか必死に思考しているところだろう。まさか自分のものになるとは夢にも思うまい。明日のウボーの驚く顔が楽しみだなぁ。

 オレは二人が笑い始めてから静かにリビングを去った。




               ***





 メリー・クリスマース!!

 団長を中心にでかいテーブルを囲み、たくさんの料理を目の前に皆で叫ぶ。、パク、マチが昼から作っていた大量の料理だ。男は前日の夜から買出し。・・・まあ、買出しと言うか俺たちは盗賊だ。金なんて持たんから当然盗みで材料を集める。せっかくのパーティーが警察によって台無しにされないよう、2・3街隣で盗みを働いた。一番の稼ぎ頭はオレだった。に褒められた。正直・・・嬉しかったです。

 それはさておき、のマフラーの行方が気になる。もう誰かの手に渡ってしまったのか?それとも、まだ彼女が持っているのか・・・?

「何だウボー。食欲ねぇのか?珍しいこともあるもんだな」

 隣のノブナガにちゃかされて、思い直した。どうせ自分の元に来ることなんてありえないものだ。そんなマフラーの行方を心配したって仕方ねぇ。とりあえず、このうまそうなメシを平らげることに専念するか。




               ***





「食ったー!もう入らねぇぜ!」
「うまかったなぁ。流石女性陣は違うね」
「にしても、あんなデカイ鶏どこで盗ってきたんだ?」
「それ盗ってきたのウボーだろ?」
「ああ。オレが狩ってきた」
「へえ、野生の鶏か?でかかったのな」
「オレも見たことなくてよ。焼いて食ったらおいしそうだなと思ってとっさに狩った。正解だったろ?」

 旅団員が口々に料理の感想を告げる。料理というか、後半はウボーが取ってきたデカ鶏の賞賛だった気がするが・・・。とにかく、みんな美味しく食べていたようなのでよかった。パクもマチも料理がうまい。玉子焼きもまともに焼けなかった私が普通に料理が出来るようになったのは偏にこの二人のおかげだった。自分で食べててもおいしいと思ったくらいだ。ケーキも美味しかったし、今回のクリスマスパーティーのお料理は大成功だ。

 そして、とうとうこのときが来た。待ちわびていたはずなのに、何故か酷く緊張する。でももう、マフラーも出来上がったことだし、後には引けない。私は思い切って席を立ち自分の部屋に隠しておいた、普通のマフラーよりも何倍も重いそれをとりに行った。・・・でも人前でどうどうと渡すのは恥ずかしい。彼がトイレに行くのを見計らって渡すか?シチュエーション最悪だなそれ。今日はウボォーが言った通り、ホワイトクリスマスだ。出来れば外で渡したいのだが、どうやって彼を外に誘い出すか・・・。まあ、取りあえずマフラーを取りに行こう。話はそれからだ。










 酒の肴にデカ鶏の話をしていた時だ。ついその話に夢中になってしまっていたオレはふと気付いた。さっきまでパクの隣に座っていたの姿が見えない。とっさに、旅団員の足りないメンバーを目で追って探しにかかった。今テーブルについていなくて、部屋の中にもいない奴・・・。フィンクス・・・か・・・。やっぱあいつ、フィンクスのこと好きだったのか・・・。

 らしくも無いオレの溜息。それを聞きつけたノブナガがオレの顔を覗き込んだ。

「どーしたウボォー。お前今日なんかおかしいぞ?」
「・・・ああ。酔っちまったみてーだ。ちょっと外に行ってくる」
「ちょっと待てよ。お前ビールジョッキ10杯程度で酔うようなやつじゃ・・・オイ!」

 オレはノブナガの言うことを無視して外に出た。2・3センチだろうか?雪が積もっている。雪がしんしんと降る中、行く当ても無くただ歩を進めた。当然酔ってなんかいない。今まで恋なんてしたことが無いから失恋した時のダメージも知らなかったが、相当なものだ。この屈強なオレ様をここまで落ち込ませるんだから大したもん。負けたぜ。

 オレはここらへんで一番高い瓦礫の上に腰を下ろし、そこから景色を眺めた。遠くに、街の華やかなイルミネーションの明かりが見える。

「けっ。何がクリスマスだ。何が」

 ・・・流石にさっきの言葉はイタかったな。もてない男がクリスマスに発する第一声じゃねーか。前言撤回しようと思って今度はクリスマス大好き。と言ってみたものの益々イタさが増した気がする。・・・そして大きな溜息をひとつ。

「ウボォーっ。何してんのー?そんなとこで!」

 ・・・おいおい。冗談だろ。の声が聞こえたぞ。幻聴までしてきやがったってのか。オレはどんだけのこと好きなんだ。が、今度は頭に軽く痛みを感じた。

「ちょっと、無視しないでよ」

 振り向いて、そこにいたのは昨日の如く頬を膨らませただった。

・・・?何でお前ここに・・・」
「・・・ウボォーが外にいるって聞いたから・・・」
「ふーん。で?どーした?」

 できれば今は一人がいい。張本人が側にいたんじゃ、一人で悲しみもできやしない。

「あ・・・あのさ、隣・・・いい?」
「いいぞ」

 いくら一人がいいと言ってもの頼みだ。断るわけには行かない。オレはオレの隣のスペースに積もっている雪を払い彼女に座れと促した。彼女は隣に座るなり手に持っていた袋をがさごそとし始めた。生憎、今はそんなこと気になりはしない。柄にも無く傷心モードに浸る自分を情けなく感じることはあっても、それ以外今は何も考えられない。むしろ世界よ。オレを一人にしてくれ。

「あの・・・ウボォー?」
「何だ」

 今のはちょっとひどかったか?そんなつもりはなかったのだが、すこし怒っているように聞こえてしまったかもしれない。

「ゴメン。すぐ終わるから聞いて・・・?」
「・・・どうした?」

 後ろに回していた手を前に出した。その手の上に乗っていたのは、昨日見たマフラーだった。

「・・・これ、ウボーのために作ったんだけど・・・もらってくれない?」

 少し恥ずかしそうにはにかみ、オレを見上げる。いや、でも待て、それは・・・。

「これを・・・オレに?」
「うん」
「でもそれ・・・フィンクスにやるんじゃなかったのか?」
「フィンクスに?何で?」
「いや、だって・・・」
「・・・もしかして、ウボォー、好きな女の子がいるの?これ、もらえない?」

 いやいやいや。そりゃいるさ。それがお前だよ!でも何でオレにそれをくれるんだ!?応募者全員サービスなのか!?オレ、にマフラー欲しいなんて言ったか??てゆーか応募って何だ自分。

「口で・・・言わなきゃだめ?」
「あ・・・あ?」

 どーゆー意味だ!?オレは学ねぇから難しくてわかんねーよ!

「あのね・・・。私・・・ウボォーのこと・・・好きなの。だから、ウボーのためにマフラー編んだのッ・・・!」

 ・・・つまりそれは・・・は・・・オレのことが好きで、だからオレのためにマフラーを編んでくれた。と。そーゆーワケなのか?

・・・?オレのこと、好きなのか?」
「・・・もう!何度も言わせないで!大好きよ!じゃなきゃ、すっごく面倒くさがり屋な私がこんな太くて長いマフラー1ヶ月もかけて編むわけないじゃないバカ!!」

 つまり・・・オレは完全に空回りしていたと・・・?そうゆうことなのか!?

・・・オレ。完全に勘違いしてた」
「え?」
「オレ、がそのマフラーをオレじゃない誰かにやると思ってたんだ・・・。でも、違ったんだな!?それ、おれのモノなんだな!?」
「う・・・うん」
「・・・よっしゃーっ!勝ったぁーッ!!!」
「何に!?」

 感無量とはこのことだろうか。一度地獄を知ったオレは、蜘蛛の糸に助けられ一気に天国によじ登ったんだ!何たってクモだしな!うめーなオレ!出会ったそのときから抱いていたこの恋心は、この聖夜に報われた。オレは勝利したんだ!何にかって?それはオレにもわからん!

。オレもお前のこと好きだ!」
「ウボォー・・・」
「にしても今日はえらく寒いな・・・。さっそく巻くぜ?」
「うん。短くなきゃいいけど・・・」

 なるほど。一ヶ月以上かかるのは納得がいく。市販のマフラーの約3倍はある長さで、その上オレの首の太さに合わせて横幅もけっこうある。そうとう時間がかかったことだろう。オレがマフラーの巻き方を分からずあたふたしていると、が立って、オレの首にそのマフラーを巻いてくれた。すぐに首回りが温まった。に後ろから抱かれる温かさと似ている気がする。

「ありがとな」

 そう言って、隣に座ろうとするを持ち上げオレの膝の上に乗せる。

「ウボォー?」
「寒いだろ?オレだけ温まってちゃ悪いからな」

 少し照れくさかったが、はオレの体にぴたりと張り付き、頬を寄せた。あったかい。と呟く彼女の頭を撫で、抱きしめた。

 それは今まで一度も感じたことが無い、温かさだった。