二人で銃撃の軌道を縫って危機を回避する日がくるなんて、予想だにしなかった。私はとても嬉しかったんだ。手を組んだのは成り行きだったけど、それでも、同じくらいの力量を持つ人と悪さできたことが。
「畜生!いてぇっ・・・!」
盗んだ宝を食い入るように見つめていると、シャワールームからフィンクスの怒声が聞こえてきた。彼は銃撃から私をかばうように走っていたから、不覚にも一発背中に銃弾を受けてしまったみたい。私は裁縫道具とウォッカを持って、彼のうめき声がするバスルームへと向かう。
磨硝子越しに見える肌色の影。ぽたぽたと床に落ちる水滴の音。加えて、屈強な男のうめき声。このシチュエーションで少しも性的欲求を掻き立てられない女がいるのだろうか。ああ、わかってる。私の場合は少し特殊だから、理解しろとは言わない。
あくまでも、彼の肩にできた穴を塞ぐことが目的。上着と下着を脱いで、私は磨硝子のむこう側へ向かった。
私が求めるものの正体は
「誰が入ってこいって・・・」
そう言って無い眉をひそめてフィンクスは振り向いた。もちろん、全て言い終わる前に私の姿に絶句したようだ。ゆっくりと向き直って舌打ちをする。
「おいおいおい。待て。何の真似だ」
「その傷、直してやんよ」
「え?それだけなら脱がなくてよくね?」
「ほら、あんたちょっと背高いからやりにくい。バスタブに腰掛けて」
私はバスタブの栓を詰めて、少し熱めのお湯を注ぐ。
「傷口、ちゃんと洗ったの?」
「水洗いだけは」
持って来たウォッカの栓を抜いて、何のためらいもなくフィンクスの傷口にぶっかける。
「いってぇ・・・てめっ・・・せめて予告を」
「弱音吐くな。麻酔は無いから、ほら、このタオル噛んでな」
「いやいやいや、待て。マジで。お前医者じゃねーだろ・・・ぐぬぁっ、いてええええ!!」
「風呂場で騒ぐな。響くだろ」
裂けた肌の片側に、火で炙って消毒した針をブッ刺して傷口を縫っていく。その間、フィンクスは大人しくタオルを噛み締めて、痛みをこらえていた。超適当な施術だけど、無いよりはマシだろう。それに私にはセンスがあるらしい。しっかりと傷口がふさがっている。
「おふぁっふぁあ?」
「ん?何か言った?」
タオルを口に挟んだままのフィンクスが言ったことは、残念なことに完璧には理解できなかった。おそらく、超適当お粗末施術が済んだのか済んでないのかを私に問いかけたのだろう。
「傷はふさがったよ」
「・・・そうか、ありがとさん。さ、出てけ出てけ。お湯も溜まったことだし、オレはちょっと休憩をだな・・・」
・・・全く。この男は何も分かってない。どうして私が素っ裸でここにいるのかを、理解しようともしていない。乙女に恥をかかせるのが好きらしい。私が拗ねてその場につっ立っている間に、フィンクスは浴槽に浸かっていた。
「・・・おい。いつまでそこにいるつもりだよ」
「ね、まだ痛いんでしょ。肩の傷」
「ああ、お前の下手くそな治療のせいでな。ってお前人の話聞かねーのな!」
私はフィンクスの顎を掴んで、ウォッカのボトルを口につっこんだ。目を見開いて驚く彼は、ごぽごぽと音を立てて注がれる大量のウォッカを飲み下さざるをえなかった。それが彼を酔わせることができるほどの物では無いことを知りながらも、私はアルコール度数40度の液体を躊躇なく注ぎ続ける。恐らく、常人なら泥酔状態に陥るであろう量の酒を飲み下したフィンクスは、顔を振るってビンの口を吐き出した。
「まじぃ。ただのアルコールだな。ビールが良かった」
「ビールなんて、アルコール度数低いじゃん」
「なんだよ。オレを酔わせたかったのか?」
べつに。
私はそう吐き捨てて、浴槽につかった。彼にまたがって、フィンクスと向き合う。大して驚くこともせず、ポーカーフェイスを決め込む目の前の男が憎らしい。
「あんたさ・・・」
少し乱れた彼のオールバックを整えてやり、そのまま頬へと手を滑らせる。とっても肌がきれいで、何の抵抗もなくスルスルと滑っていく私の指。
「なんでアタシのことなんかかばったの」
かばって欲しいなんて頼んでもいなければ、思ってすらいなかった。
「あ?フツウだろ」
「フツウのオンナならね。庇えばいい。好きなだけ」
そう。私は他人に庇ってもらえるほど弱くない。だから、フィンクスが私を庇って負った傷なんて、バカなことするからだよ。くらいにしか思えない。この傷が、私の所為でついたものだなんて、微塵も思ってない。恩着せがましいこと言うんじゃない。何て癇に障るの。
それよりもっと腹が立つのは、この余裕かましたツラ。裸のオンナが目の前にいるってのに、なんでこいつは顔色ひとつ変えないんだ。私はフィンクスの頬に手をかけたまま親指を彼の口に突っ込んだ。下顎に並ぶ歯列の裏側に指をひっかけて、彼の整った顔を目の前にまで近づける。
「今日はアンタと遊べて楽しかったよ」
少しだけ、フィンクスの頬が赤かった。さっきの酒の所為だろう。恐ろしく代謝のいい体も、大量の酒に少しくらいは反応するらしい。彼の口内から指を外し、その代わりに私の唇を押し付けた。緊張がほぐれて、私の唇を拒まなくなったフィンクスのそれの向こう側から、さっきまで私の親指でもてあそんでいた舌が押し入ってくる。
なんだ。その気になってるんじゃん。
「アンタさ。そうやっていっつもいたいけな女の子かばっては、なんくせつけてご奉仕させてんでしょ?」
「・・・さあな。妬いてんのか?」
「まあさか。アンタがこれから私にご奉仕すんのよ」
バスタブのふちに添えられたフィンクスの腕。その右側の上腕二等筋からそろそろと指を沿わせて手首にまで到達したら掴み、掴んだまま自分の胸元にまで手のひらを移動させる。言ってもないのに乳房を包み込むフィンクスの手のひらを感じ、自然と吐息が漏れる。
「やる気満々だな?」
「あんたが悪いのよ。・・・私をかばったりするから」
思ったことをそのまま顔に出すのは私の悪い癖だ。だから暗殺者には向かないと師匠に言われてコソコソ泥棒なんてやってる。それはさておき、一番コントロールが効かないのは涙腺で、悲しいとか苦しいなんて思いつめてしまった日にはすぐに涙が出てきてぽろぽろ零れ落ち頬を濡らす。けどどうだ。今日はなんだかいつもと原因が違うようだ。
「・・・お前、泣いて・・・」
みなまで言わせない。私は再び彼の唇にしゃぶりつき、舌の根をむさぼった。こうやってだれかとキスをしていると、心のそこからリラックスできる。こんな幸せなキスはだいぶ久しぶりだ。
アタシね。嬉しかったの。
そんなこと、口が裂けても言ってやらない。でも、感謝はしてあげる。
「今日のご褒美。私の身体、好きに使っていいよ。フィンクス」
泣いていることを悟られまいと、無理やりキスをする間にフィンクスは空気を読んだのか、行為を続けた。胸にあてがった大きな手のひらで、それを胸骨に押し付けるように激しく乳房を揉みしだき、もう片方の手は私の知らぬ間に、じわりと湿る感覚のある秘部へあてがわれた。
「んんっ・・・」
「お湯のせいであんまよくわかんねぇが、濡れてきたか?」
胸の刺激を受けて昂った私の秘部は彼の指をなんの抵抗もなく、つっぷりと呑み込んでしまった。そしてゆっくりと、手前側の内壁をこすられる。じわじわと快感が湧いてきて、私の息は荒くなっていった。そのひどく、壊れ物を扱うように優しい彼の手つき。
・・・ああ。つくづく甘い男。
「あんた、優しすぎるのよっ・・・」
私はたまらず、泣きながらフィンクスの顔を見て訴えてしまった。
今まで手を組んできた男は、戦利品の取り分の話を始めると決まって多めの額を言ってきた。それはおかしいと抗議すると、決まってヤらせれば増やしてやるとかなんとか言ってきた。口も上手くないし、男相手に戦闘に持ち込むのもかったるかったので、手っ取り早く抱かせてやるんだけど、決まって毎度のこと後悔する。
もちろんのこと、そこに愛情なんてない。たぶん仕事の後の一杯の酒くらいの感覚だ。ろくに濡れてもいないのに突っ込んできて、半ば強姦まがいなことしてくるヤツ。いやだって言ってるのにアナルプレイを強要してくるやつ。そこに優しさなんてなかった。やってる最中は気にならない。後で一人になった時、急に虚しさに襲われる。ちゃんとした、愛情が欲しい。きっと私が本心で求めてるのは、お宝とか、巨万の富とかじゃなくて、誰かからの深い愛情なんだろう。そして、誰かを本気で愛したいと、ひとりでいたくないと思っているんだろう。
「おい。無理やり犯してオレが泣かしてるみてぇじゃねぇか」
彼の指でナカをほぐされている間、考え事をして、そのせいでずっと涙をこぼし続けてしまっていたみたいだ。彼は頬を伝う涙を親指で拭い、また優しく口づける。そのまま私の耳元へ口を寄せて言った。
「オレはこのままお前としてぇけど・・・やめとくか?」
「いやっ・・・やめないで。お願いっ・・・」
「、お前・・・すっげえカワイイ」
カワイイ?私が?こんなにむずがゆくなるようなこと言われたのだって、もう何年振りだかわかんない。たぶん、この稼業を始めてからは無かったね。遠い昔、生娘だった頃に一度か二度、言われたぶり。
「すまねぇ。。もう我慢できねぇ。入れていいか?」
「そんなの、聞かなくていいからっ・・・」
私は処女じゃないんだぞと言ってやりたかったけど、もう、フィンクスがかけてくる言葉全部が実は嬉しかった。大切にされてるようで。もしこれが一時の幻想でも、もうそれでいいかもしれない。
結局、彼が絶頂に達するまで結構時間がかかった。弁明すると、なかなかイけなかったのではなく、何度かイくのを我慢していたようだった。結構必死そうな顔をして、動きを止める時が何度かあったから。彼と比較してだいぶ劣る体力しか持たない私は、まるで抜け殻のようにバスルームから出て、軽く身支度を済ませた後ヘロヘロの状態でベッドまで戻った。パジャマも纏わずふかふかのマットレスへ顔を突っ伏すと、柔軟剤のいい香りが身を包む。一応ショーツ一枚は身に着けていたんだけど、きちんと寝間着に身を包んだフィンクスが、ふわっとガウンをかぶせてくれた。
「風邪ひくぞ」
「・・・疲れた」
「すまん。つい」
「・・・いいよ。久しぶりに最高に気持ちいいセックスだった」
「ご無沙汰だったのか?」
「ううん。気持ちいいのは、ってこと」
少しはこれで妬きやがれ。と思って発してみた言葉だけど、案外クリティカルヒットかもしれない。この後かなり怒られた。簡単に男に体売るなとか、ちゃんと避妊しろとか。全くどの口が言うのか。体外射精は避妊したとは言えないでしょうに。
「あんたもちゃんとした避妊具つけてなかったよ。さっき」
「オレはいいんだよ。ちゃんと責任取るから」
「は?何言っちゃってんの。そんなの信じないから」
極めつけはこれ。ベッドから私を引きはがし仰向けにさせ、覆いかぶさって床(?)ドン。
「お前、もうオレ以外の男と仕事すんな」
「・・・・・それって、どうゆーこと」
「鈍い女だな。オレのオンナになれってことだよ」
ああ。こんなこと言われて、落ちない女なんている?いや、いるはずがない。嬉しい。たまんない。ねえ、すごく今私幸せ。すごくすごく、すっごおおおおおく嬉しい。
「かっ・・・・・・考えとく」
そう言ってそっぽ向くと、顎をがしっと掴まれて正面を向かされた。
「今答えを聞かせろ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
私は素直じゃないから。変にプライド高いから。本当のことは絶対に言ってあげない。けど・・・。
「あなたのオンナになります」
「声が小さい。もっと大きな声で」
「言ったもん!!!聞こえたでしょ!!」
「聞こえなかった。大事なことだから、もう一回」
意地悪な顔でニヤついてる顔を一発殴ってやりたかったけど、今日のところは勘弁してあげよう。幻想でもいい。死ぬまで一緒にいてとは言わない。でも、芽生えたこの愛を、私は大事にする。
「・・・好き。フィンクス。私を、あなたのモノにして」
「おう。任せろ」
そうして、二つの影は再び重なって、やわらかなベッドに沈み込んだ。