猫が猫を可愛がる日


 酷く雨の降る日。は暇をもてあまして散歩に出かけた。先ほどまでは雨も小降りだったが、だからと言って雨の日に散歩に出かけるやつがいるか。それに散歩と言ったって、特に森林浴ができるような森も、軽く買い物できるような街も辺りに無い。

 行動が突発的で、ホームに帰ってくるのも気まぐれ。中々会うことが出来ないが、久々にホームにいるとなるとこれだ。そんな気まぐれを極めた彼女に淡い恋心を抱くオレはやはり、今でも窓辺に居座って、外をぼーっと眺め続けていた。






にゃんがつにゃにゃにち







 しばらくして、前の通りに黒い傘が現れた。少し急ぐようにして走ってくるそれは。何かを抱えて小走りしているが、何を抱えているのかまでは確認することができない。やがては軒先で傘を折りたたみ、オレ達のホームとしている廃墟の中へと入って行った。

 オレもオレで特に仕事も無く、暇をもてあましてごろごろしていただけだ。それで、あまり仲間が入ってくることも無い廃墟の一室にこもっているわけだが、よく考えると、旅団員の人気者であるがここに来るはずが無かった。いつもリビングでシャルナークやパクノダ、マチの相手をしているのだから。

 オレは少し興ざめした。何をそんなにが現れるのを心待ちにしていたのか。女子中学生じゃあるまいし、男のオレがまさか。そう思うものの、さっきから何回もソファーと窓辺とを往復するという、傍から見れば意味不明な行動をとっていたわけだ。結局オレは相当に惚れているらしい。

 色々考えていると、2階の階段を誰かが急ぎ足で駆け上がる音が聞こえてきた。まあ、誰だろうと何も無いこの部屋には入ってこないだろう。そう思っている矢先に、この部屋のドアが静かに開いた。ドアを背にして置いてあるソファーに寝転がっていたオレに気付いていないのだろうか。誰だろうと確認すると、部屋を隅々まで見回してきょろきょろしているの姿。少し服の端を雨で濡らした彼女は、その腕に小さなダンボールを抱えていた。

「おい。こんなトコで何やってんだよ」
「うわっ!」


 かなり肝っ玉の小さいは、飛び上がる勢いで驚いた。ソファーからオレの足ははみ出していたはずだが、それに気付かなかったとでもいうのだろうか。は驚いたままの状態で停止し、オレはオレでを見続けるだけ。そんな中、生活感のかけらも無いこの寂しい部屋に何かの鳴き声が響いた。

ミーッ。

 何か、と言うよりもこれは確実にあれだろう。猫だ。しかも子猫。授乳期ちょっとすぎた後くらいの。その鳴き声の発生源はもちろん、の腕に抱えられたダンボール箱の中。

「な・・・何よ。何か文句あるわけ?」

 オレの顔はただ見続けるということをするだけで、睨みを効かせたヤンキーみたいな効果があるらしい。特に何も文句などないのに、勝手にそう決め付けられてしまった。

「別に」

端的にそう答えたものの、このまま彼女の存在を無視して眠りにつけば何をし始めるかわからない。だから監視の意味も込めてオレはを見続けた。で緊張状態は解けないらしい。オレから守るようにして段ボール箱を抱え込み、なかなかそれを床に置こうとしなかった。すると辛抱ならなかったのかから言葉を発した。

「だって・・・だって今日、2月22日じゃない!!」
「・・・は?」

 何の脈絡も無く発されたそれは、正に意味不明と言うほか無かった。2月22日だから何だ。そう問うと今度はこう喚く。

「だ・・・だから!にゃ・・・にゃん月にゃにゃ日!つまりは、猫の日よ!猫を崇め奉り可愛がって撫で放題の日よ!!」
「・・・で?」
「ま・・・まだわかんないの!!?」

 いや、ようやく意味は分かったが、何か反応が面白いからいじりたくなってしまう。にゃん月にゃにゃ日だと・・・?可愛いこと言うじゃねーか。

「それ、拾ってきてどーすんだよ?」
「・・・か・・・飼う」
「ダメです元に戻してきなさい」
「アンタは私のお母さんか何かか!!」
「どーせそんなこったろうと思ったぜ。しかも飼うってどこでだよ」
「ここでだよ」
「やめろ。捨てて来い」
「いーでしょ別に!迷惑はかけないし、それに餌代だって・・・最初はフィンクスにお願いしようと思ってたけど、自分で何とかするから!」
「最初オレに猫の餌代集ろうとしてた時点でアウトだな。捨てて来い」

 別に飼いたいってんならそれはそれで構わない。ただ、をいじめるのが楽しいから、からかってみてるだけだ。それに、散々からかった挙句に猫を飼うことを許可すれば、一気にオレのカブが上がるかもしれない。それは願ったり叶ったりだ。

「で・・・でもこの雨の中一人で鳴いてたんだよ?やせ細ってるし、寒そうだったし・・・かわいそうじゃん」
「そーやって猫は強くなっていくんだよ」
「知ったようなこと言わないでよ」
「でも、飼うとしてもどうするんだよ。お前ずっとこのホームにいるわけじゃねーだろ?」
「・・・いる!じゃあ、いるから!お願い!!」
「じゃあ、ってお前・・・」

ミーッ。ミーッ。

 突然、たけり狂ったかのような甲高い鳴き声が室内に響いた。するとが慌てた様子でダンボール箱を床に置き中の様子を見る。

「ごめんね。このうっさいおにぃさんがアンタここで飼っちゃダメって言うの。ひどいよね。自分はごはんたらふく食べられるし、お家に屋根もあるから雨に濡れなくて済むし、あったかい布団もあって全然寒くないし、仲間もいるから寂しくもない。<だからそんなこと言えるんだよね。ホント、ひどいよねー」

 オレをチラ見しながらダンボールの中の子猫に向かって話す

「おい。何だその目は」
「だって、この子も酷いって目で訴えてる」
「勝手に猫の気持ちを捏造するな」
「あのね、何度も言うけど2月22日は・・・つまりにゃん月にゃにゃ日は猫を崇め奉り可愛がるべき猫の日なのよ?崇め、奉って、可愛がらなきゃいけないの!この日に私がこの子見つけたのもきっと偶然じゃないはずよ。猫好きの私に神様がプレゼントをくださったのよ!」
「猫を崇め、奉り、可愛がる日・・・か」

 それで、撫で放題・・・。

「わかった。もういい勝手にしろ」
「え?い・・・いいの!!?」
「ああ。勝手にしろよ」
「やった!ありがとうフィンクス!他の皆には内緒だよ?」
「・・・いずれバレると思うけどな。その代わり、クソとかの始末はちゃんとやれよ?」
「そりゃ、ちゃんとやるけど・・・何で?」
「ここはオレの昼寝場所だ」
「・・・だからソファーがあるのね。ここに前までソファーなんてなかったよなって思ってたのよね」
「まあ、そういうわけだ。臭いと寝られやしねぇ」
「了解!ありがとうフィンクス!」

 そう言ってはオレにニコッと笑いかけた。ああ。ダンボールの中身は見ちゃいねーが、絶対お前の方がかわいいぜ。なんて思いながら、自分の頬が染まるのを感じた。そんな様子のオレを気にすることもなく尚も鳴き続けるその子猫を撫でている。

「フィンクスも見なよ!かなり可愛いよこの子」

 正直猫に興味はないが、に近づく絶好のチャンスだ。オレは言われるがままにのとなりに腰を下ろした。ダンボールの中にいたのは、濡れそぼった雉模様の小さな子猫。口をめい一杯大きく開いて鳴いている。良く見るとその子猫の体は震えていた。するとはどこから取り出したのか、タオルを一枚猫の体に巻いた。必死に抵抗するその子猫の小さな額を撫でて宥めながら微笑む彼女。

「ね?可愛いでしょ?」

 そうだな。お前がな。

 そう心の中で呟き、オレはの頭を撫でた。

「な・・・何よ突然」

 そう。お前は猫みたいだ。気まぐれでホームに戻ってきて、ひたすら皆に愛でられた後は、また気まぐれでホームを去っていく。そんなお前に恋焦がれるオレは、その現金さに戸惑うばかり。今度は何時会えるのか。今お前とこうして一緒にいる最中も、そんなことを考えてしまう。どれだけ振り回せば気が済むのだろう。

 まあ、当の本人には振り回している気などないのだろう。そこもまた猫っぽい。

「なあ?今日は猫の日なんだよな?」
「そうよ。何度も言ったじゃない」

 によると2月22日は猫を崇め奉り可愛がって撫で放題の日だ。つまりは・・・。

「てこたぁ、あれだな。お前を崇め奉って可愛がり・・・」
「・・・何言ってんの・・・?」
「撫で放題の日だな」
「・・・私が猫みたいってこと?それで撫でたのね」

 は少し頬を染めていた。照れ隠しのためか只管子猫の濡れた体を拭き続けている。そんなが可愛くて、オレは調子に乗った。

「ほら、頭は撫でてやったぜ?次は何処がいい?喉か?腹か?それともケ・・・ゴフッ」
「スケベ!!んなとこ撫でられてたまるかアホ!!涅槃へ行け!!」

 空いた方の手でオレの喉にチョップを食らわせたは、耳を真っ赤にしてそっぽを向いた。

「ったく。もう、やっぱり猫の餌代払いなさい!」
「な・・・何でそーなるんだよ!!?」
「セクハラ発言への罰よ!」

 はニヤケてそう言った。・・・そーゆーとこが猫っぽいってんだ。調子いいって言うか、ずるがしこいって言うか・・・。













 あれから1週間が過ぎた。あの日からは毎日オレの昼寝部屋に訪れ、猫の世話をしていった。オレは毎日2匹の猫の相手をした。これが最近当たり前になってきている。以前よりもと一緒にいる時間が格段に増えたし、親密度もそれなりに増えた気がする。



 最近迷っているのは、いつに「オレはお前の飼い主だ」は宣言をするか、だ。