「あーあ。ウゼェ。ただ待つ身はつれーな」
そうぼやいたオレをにやけ面で見たシャルとフェイが、このオレ様に向かって下らんことを言いやがったので、そこらに落ちてた木材やら何やらを投げつけて追い掛け回してやっていた時のことだ。
「おいっ!俺たち怪我人だぞ!?」
シャルはそう言って逃げるがオレは攻撃をやめない。
「怪我と言えば・・・」
フェイが突然足を止め、オレの投げた木材を難なく避けこう言った。
「フィンクス。お前ここに彼女いたね。会わなくていいか?」
「あ!そういえば!がいるよ!」
オレが驚いたのは、幼い頃、怪我したオレ達の応急処置を、はままごとついでにやってくれていたということを、怪我で彼女を連想したことだ。癪だが、案外よく覚えているなと感心してしまった。
「益々フィンクスが乙女ちくに見えてきたよ」
「どっちかって言うと、のが男らしかったよね」
男としての誇りとでも言うのか。そうゆうのがシャルの一言で一気に壊された気がして、オレはさっきの何倍も力を入れて物を投げ攻撃した。
「フィン。顔が赤くなってるよ」
しずくが悪気なさげな顔で言ってくるから、ますます顔が熱を持って赤くなるのが分かる。
「俺たち、ケガもしてることだし、んとこ行って手当てしてもらおうか」
「そうするね」
「へえ、フィンに彼女なんていたの。すごい意外」
そんなこんなでオレ達は幼馴染のの元へと向かうのだった。
あなたのただいま。は、あたりまえじゃないから。
彼女・・・。そう言って仲間にもてはやされてた・・・いや、からかわれてたのはいつのことだったか・・・。ここを最期に出た時だから・・・ひぃふぅみぃよぉ・・・ああダメだ。おれは計算が不得意だし記憶力もそんなによくない。とにかく、何年も前の話しだ。あいつ結構いい女だし、流星街から出ることだってある。だから、下世話なことを考えてしまえばオレ以外の男と体を交えてることだってあるわけで・・・。ますますこのドアを叩く勇気がない。
「はやくするねフィン。いい加減腕がいたいね」
「早くしないとオレが襲っちゃうよ」
そんなこと誰がさせるか!いや、俺がさせねぇ!むしろオレがするし!とか心の中で葛藤しながらもやはり勇気がでない。だってどうする?もしドアを叩いて開かれたその向こうでイケメンやろうがツラぁ出したら・・・?そんなもんオレは認めん。
「やっぱ、フィン乙女ちくね」
「この根性なし」
後方からブーイングが飛んでくるが知ったこっちゃ無い。そのとき。ノックもしないのにドアが開かれた。そこにいたのは男。しかもかなりイケメンの。なあ。・・・殺していいか?
「それじゃ。またね」
またね?はっはっは残念だったなぁ!?お前に明日なんてねぇ!そう思ってその男に殴りかかろうと腕を回し始めた瞬間目に映った影。それは次第に鮮明になっていき、何年か前の彼女の姿と重ねあわせる。そう。彼女だ。
「・・・え・・・フィン!?」
「・・・」
はおもむろにオレに近づいてこう言った。
「おかえり」
後、軽く頬にキスをされた。人目を気にして後ろを見たが、連中(フェイやシャル)はもういなかった。
「なあ、?」
「何?フィン」
「さっきの男は何だ?」
「うちのお得意さん。いつもアタシんとこにかかってくれる人」
「かかってくれる人?何だそりゃ?」
「アタシ、今お医者さんよ?」
こりゃ驚いた。何年もしない間にはお医者さん気取りの少女から、モノホンの美人女医へと大変身を遂げていたのだ。
「なあフェイ。どう思う?はアイツのことまだ好きなのかなー?」
「そんなことしたこちゃないね。どうでもいいよ」
「しずくはどう思う?」
「うーん。フィンはずっと彼女のこと言ってたけど
彼女にはその気が無くてもう他の男できてるって線はあるよね」
「つまり、長い時を経て片思いになっちゃったってこと?」
それじゃ、あまりに残酷だ。そうオレは思った。だから、出来れば二人の思いはまだ同じであってほしいとそう願う。
まあ、振られるにせよ、まだ愛し合っているにせよ、長い時間暇をつぶす必要はあるわけだ。関係を取り戻すための、フィンクスによる必死の訴えが展開されるか、甘い吐息が次々に繰り出されるベッド上での戦争になるのか・・・。すごく興味はあるが、二人の仲は邪魔しちゃいけない。
「とにかく、どっか暇つぶしにいかない?」
「賛成」
この流星街で暇をつぶすところがあるのかはなはだ疑問だが、皆あの二人の仲を邪魔しちゃいけないということは分かっているみたいなので、意義を唱えるものは誰もいなかった。
「・・・あーっ。俺たちの怪我どーしよっか。フェイ」
「まあ、そこまでいたくないよ。我慢するね」
おれたちってばどこまで優しいんだ。感謝しろよフィン!!
「え!?これから仕事が入るまで流星街にいるの!?」
「ああ。他にやることねーしな。団長まだ念能力使えねぇし」
「よかった。て言うか団長ってクロロのこと?ヨークシンでのお仕事しんどかったってこと?」
「まあ、しんどいってかめんどい仕事ではあったよな」
「ふーん。あ、そうだ・・・他の皆も元気?今日来てるのはフィンだけ?」
がキッチンで淹れたコーヒーをマグカップに注ぎながら聞いた。コイツはパクのことも、ウボォーのことも知っている。むしろ大親友みたいなもんだ。正直に話すべきか、ごまかすべきか迷った。でもいずれわかることだし、その場しのぎで嘘をついてもが苦しむだけだ。そう思ってヨークシンでの出来事を包み隠さずに話した。事実を告げ終わったとき、彼女の顔は青ざめていた。
「嘘よ・・・そ・・・そんな」
目じりに溜まった涙が頬をすべり落ちた。・・・いたたまれない。
「パクもウボォーも・・・死んじゃったの?」
その涙の量も次第に増えていって、とうとうは泣き崩れた。再会したその日に彼女を泣かせる俺ってどうなんだ。オレはの側によって大きく震える彼女の肩を抱きしめる。舌っ足らずなオレは泣き続けるに優しい言葉一つかけることができず、ただ抱きしめるだけだった。
日々軽々しく人の命を奪うオレだが、なかなかどうして、仲間の死だけは認めたくなっちまう。事実、まだ実感なんてもんは湧いてなくて、それが原因で自分だっていまいち状況がよくつかめてないんだ。鎖野朗を憎く思う。今目の前にいるんならすぐにでもぶっ殺してやりてえ。
長い間会うことも無かった親友の死を悲しんでくれるをオレは嬉しく思った。それが彼女の優しさで、その涙は決して意図したものなんかじゃない。仲間の死を思って涙を見せるやつなんてノブナガ以外いなかったし旅団の中にいたら人間的な感情が麻痺しちまうってのは確かなことだ。だから、の感情に違和感は感じるものの嫌な気はしねぇ。
「フィン・・・悲しいよ・・・」
その後何分も泣き続け、泣き疲れたはそのままオレの膝で眠っちまった。起こさないように膝から頭をどかして、彼女を抱きかかえベッドへと運んだ。時刻は午後11時30分。寝るには早すぎる気もしたが、その日は黙ってベッドの脇で寝た。
「・・・!?」
目を覚ますと午前6:00。驚いた。昨日の夕方からずっと眠ってしまっていたみたい。何だか顔が重たい気がして両手で被ってみると、目が腫れている。そう言えば、昨日はずっと泣いてて、それで泣きつかれて眠ってしまっていたんだ。・・・内容を思い出すだけで悲しくなってしまう。忘れたいけど忘れられない。
「・・・いけない!」
私は頭に浮かんだものを振り飛ばすようにして頭を左右に振り、両手で被っていた頬を一度ぱちんと挟み、気持ちを晴らす。晴れるようなもんじゃないけど、いくらかマシになった気がした。せっかくフィンが帰ってきてくれたのに私がずっと悲しんでちゃダメ。
そう思って私はベッドから下りた。寝室にはフィンの姿は無い。寝室を出て、階下へと向かう途中、パンが焦げたような、香しいとも臭いとも、何とも言えない匂いに私は顔をしかめた。
「・・・フィン・・・?」
「あ゛ちぃ!!」
「・・・!?」
先ほど顔をしかめさせられた匂いの発祥地はどうやらキッチンのよう。犯人はフィンクス。熱されたフライパンのふちにでも手を付けてしまったのだろう。床にうずくまって怪我した部分をさすってうめき声を上げている。それはそれで面白かったが、火傷なら水で冷やさないといけない。
「バカ。何やってるのよ。火傷なら水でしょ。水」
「・・・うぅ・・・・・・?」
戸棚から大き目のボウルを出し、その中に水をためる。もう少しでフライパンを空焚きしてしまうという寸前で、ガスコンロの火を止め、床にうずくまるフィンクスと、目線を合わせるためにしゃがみ込む。
「さ。手を見せて」
「だ・・・大丈夫だって。こんなん、火傷じゃねぇし」
厳重に彼の片方の手に隠されているフィンクスの手の甲を無理矢理引き出して患部を見る。
・・・水ぶくれしかけている。これは火傷以外の何物でもない。
「いや。これ完全に火傷だから。痩せ我慢しないの」
尚もガンコに渋る彼を母親のように優しく諭して彼の手の甲を、水を張ったボウルにそっと入れる。
「ヴっ・・・」
「痛い?しみる?」
「はっ。じょ・・・冗談」
「はいはい。じゃ、保冷剤持ってくるからそのままじっとしててね」
「・・・うーっす」
冷凍庫からカチカチに凍った保冷剤を取り出し、それをタオルに巻いて準備完了。
「はい。もういいよ」
「ああ、どーも」
患部にタオル巻き保冷剤を当てて応急処置終了。あの程度の火傷なら応急処置だけでいいだろう。あとは作りかけの朝食を完成させるだけ。
「ねえフィン。朝食の準備してくれてたの?」
聞くまでもない質問に、フィンクスはすこし唖然として、照れくさそうに頬を膨らましていた。焦げ臭い匂いを放ってトースターの中に放置されているまる焦げの食パン2枚を、横目で見ながら、とうとう観念した彼は申し訳なさそうに・・・。
「すまん。。食パン2枚ダメにした・・・」
とぼやく。
ああもう!何てかわいいの!?彼は到底カワイイといえるような容姿ではないけれど、机に突っ伏してぶーたれるその姿は、私の母性本能をくすぐるには十分すぎるものだった。その感情を堪えきれなかった私はさっと彼の背後に回って彼の大きな背中を抱く。
「・・・フィン・・・。かなりカワイイ」
「う・・・うっせぇ!カワイイなんて言うんじゃねぇよ!」
「だって、仕方ないじゃない。カワイイんだから」
「お・・・お前なぁ・・・」
「フィーン?こっち向いて?」
「ああ?」
振り向いた彼の唇に軽く自分のそれを触れさせる。彼は一気に頬を赤く染め、途端に席を立った。
「!!」
「う・・・うお!?」
ひんやりする壁に背中を押し付けられて今度は深く、長いキスをする。
「・・・なあ?お前、ちょっと積極的になったか?」
「そうかな?今まで会えなかった分愛情が溜まってたんじゃないかな」
「・・・そうか。オレもだ」
くすくすと二人して笑った。溜まってるって、私のそれとアンタのそれとじゃ、意味が違うでしょ?なんてことを言えば、今度は二人同時に噴出して、大爆笑していた。そこまで笑うほどの内容じゃないのに。
でも、凄く幸せな気分。こんな時間がずーっと続けばいいなぁ何て思う。でも彼はまた、すぐにここを出ていくんだろう。
「ねえ。フィン」
「あ?」
死んでしまった大親友。もう二度と会えない。そう思うとこみ上げてくるこの悲しみ。次はもしアナタの番だとしたら私は一体そのときに何を思うのだろう。
「お願い。フィンは・・・」
「・・・」
「死なないでね」
二度ということが出来ないかもしれない言葉を、一音一音かみ締めて言う。
「おかえり」
「ああ。・・・ただいま」
彼が帰ってきてから二度目となる“おかえり”。それをおかしいと指摘することも無く彼は返事をしてくれて、温かく抱きしめてくれた。