ひなまつり



 どうしてこの男は私にジャポニズム・・・つまり、ジャポンの文化をアタシにいちいち強要しようとするのだろうか。生憎、アタシはジャポンの女性のようにしおらしくもないし、女らしさの“お”の字もないような女だ。そこで上巳の節句だとか雛祭りだとか言われたって意味が分からないことこの上ないし、面倒くさい。

「だからよー、雛祭りってのはだな・・・」

 ああ。まだ3月3日のことについて語っていやがる。いいかげんそのうんちく且つ説教まがいな語りはやめてくれ。・・・頭が痛くなってきた。

「おい!聞いてんのか!」
「うるせーんだよ!この酔っ払い!」
「ああ!!?」






女の子はいくつになっても女の子なんだから、ひなまつりってのは、いくつになっても祝っていいんだよ。







「聞いてないってどーゆー意味だ!?」
「そのまんまだよ!聞いてないんだよ!もう面倒くさいんだよ!」
「おまっ・・・今までの30分にも渡るであろうオレの話を聞いてなかったってのか?全部か!?」
「ああ。聞いてなかった。すまーん」
「謝る気ねぇだろ!?」

 付き合い始めて早3年。だが、まともに会うのは年に3・4回。そんな、カップルなのかただの友達なのかよくわからないような仲をキープしたまま、アタシはノブナガと付き合っていた。

 3月3日午前10時。久々に流星街に戻ってきたらこの始末だ。

 ホームにはノブナガとウボォーギン以外誰もいない上にその二人は昨夜、酒を飲みまくったらしく、酔いどれ状態。そしてさっき、ノブナガがやっとおきてきたかと思えば酔いがさめていないのか、唐突に「ヒナマツリ」について話しはじめたのだ。

 最初は酔っているから相手にするまいと決め適当に受け流していたのだが、どうも正気に戻っていたらしい。表情を見てみても、真剣そのもの。何を考えているのか全く分からないし、アタシを見つめながら口だけ機械の如く動かす様は正に異様。むしろ気持ちが悪いほどだった。

「なあ。いい加減分かってくれよ。オレが言わんとしていることをよぉ」
「何でそんなどーでもいい件からノブの意図することを汲み取ってやんなきゃいけないの。 言いたいことあんならはっきり、且つ手短に話しな」
「だーかーらーよぉ!タマにはしおらしく、女らしくなってみろってことだよ用は!」
「知るかそんなん!夢見てんじゃねぇ!」
「夢だぁ!?」

 ああそうさ!そんなの不可能に決まってる。アタシに女らしさを求めること事態が間違っているのだから。

「大体、アタシが女らしくなったらどーゆー利点があるんだよ!?」
「かわいくなる」
「もうそれ言った時点でお前の言うこと聞きたくなくなるからね。今の明らかに宣戦布告だよね。日々のアタシに対する」
「ちげぇよ!まあ、半分そーだけどな」
「還れ!土に還って地球に優しくなれ!星になれ!」
「まあ、そう怒るんじゃねぇよ。そこで用意したのがこれだ!」

 そう言って、ノブナガはどこからか何かをくるんだ紙袋を取り出した。早々とその包装をはぎとられ、中から現れたのは洋服のようだった。

「これなー。お前が着たらかわいーだろーなーって思ってかっぱらって来たんだぜ」

 もうあえて”かっぱらって来た”という部分には触れないでおく。私やその他一般人にとって異常でも、彼ら幻影旅団にとっては窃盗など序の口。だが、女性向けアイテムしか置いてないショップに一人でノブナガのようなムサい男が入って売り物くすねるとかクソうける。私がショップ店員なら追いかけることなく腹抱えて大爆笑してるところだ。

 それにしてもノブナガの表情が気持ち悪い・・・。もうそれは、思春期の娘が見たら確実にウザガラれるパパの表情だ。というよりは、オヤジか?鼻の下を伸ばしてでれでれしている。そこまでしてくれるのは有難いが、その表情は何とかして欲しい。ニヤニヤして広げられたのは、ミントグリーンをベースにした大花柄ワンピース。なるほど、そろそろ春を迎えるわけで、なかなか選び方はうまい。が、プレゼントする相手を間違えている。常に、ジーパン、Tシャツというシンプル且つクールな格好でいるアタシには絶対に似合わないであろう、乙女的アイテム。

 大事なことなので2回言うが、プレゼントする相手を間違えている。

 アタシだって、そーゆー可愛らしい服を着てみたいと思ったことはある。しかし、心のどこかで「絶対に似合わない」と決め付け着ないでいたのだ。ここで、ノブナガの買って来たその乙女アイテムを着てしまうと、私のくだらないプライドが傷つけられてしまう気がした。だから広げられた瞬間に、アタシはこう言い放っていた。

「ふっざけんな!誰がそんな女々しい服着るか!」
「いーや。今日は是が非でも着てもらうぜ。そして今日一日、乙女でいろ。わかったな?」
「イヤだ!絶対イヤだ!ウボォーだっているだろ?ノブが万が一変だと思わなくても、ウボォーが変に思うかもしれないだろ!今まで積み上げてきたアタシの男らしいイメージがいっきに崩れ去っちゃうだろ!?」
「ああ、そういえば昨日酒の飲んでたときアイツ言ってたなぁ。は、もう少し女らしくするべきだってよぅ」
「知るかぁぁぁ!言わしたいヤツには言わしとけや!」
「とにかく、問題はその言葉遣いだな」
「ああ!?無視すんな!」

 ノブはあごに手をやって何やら考え始めた。何を言われようと、言葉遣いを変えるつもりはない。何があっても!絶対にだ!

「そうだな。これからは語尾を女の子チックにしろ」
「イヤだね。誰が言ってやるか」
「例えばそれは、女の子チックに言うと・・・イヤよ。誰がそんなこと言ってあげるもんですか」

 裏声で人をおちょくったかのように話すノブ。だんだん腹が立ってきた。というか、気色が悪い。

「どうしても言わねぇか?」
「ああ。言わない」
「プリン買ってやらんぞ」
「・・・言う」

 まさかアタシの大好物、プリンを持ち出されるとは思わなかった。プリンには負ける。というか、プリンのためなら何だってする。我ながら自分の信念の弱さに吃驚するが、ここはプリンのためだ。大人しくノブナガの言うことを聞くしかなかった。

「よし。そうと決まればまずこれ着ろ」

 そう言って差し出されたのは、可愛いワンピース。私がしぶって唸っていると、ノブナガがゆっくりと近づいてきた。突然腰に手を回し、Tシャツの裾から両手をつっこみはじめた。

「この変態!!何しやがる!!」
「何って・・・お前が着ようとしないから脱がそうとだな・・・」
「わーったわーったからその手をどけろ!!」
「おい。言葉遣い。こんどそんな喋り方したらプリンは無いと思え」
「は・・・はい。あの、着替えるんで、後ろ向いててくれませんか」
「ぷっ・・・なんからしくねぇな」
「女ぶれって言ってやがるのはどこのどいつだったかしらねえええええ」
「なんか言葉づかい怪しい。マイナス1点」
「それ何点満点でプリン無しの刑ですか」
「3点」
「少なっ!」
「あれだ。仏の顔も3度までってやつだ」
「・・・なるほど」

 これはもうボロが出ないうちにさっさとかわいいワンピースを着て、ノブナガの元から去るに限る。・・・でも去ったらプリンもらえない・・・。どうしたもんか。

 私はノブナガが背を向けたのを確認して、ワンピースに手を伸ばす。Tシャツを脱いで、その可愛らしいワンピースをしぶしぶ着る。

「着ました」
「・・・下脱げ。下」
「・・・こうゆーファッションもあると思うの」
「いや。無い。脱げ」
「・・・くそ・・・」
「はい、マイナス1点」
「・・・・・・・・・・」

 私はしぶしぶとジーパンを脱いだ。てか“クソ”って一言すらダメなのかよ。これくらいその辺の女子の高校生でも日常的に連発してんぞ・・・。

「・・・かわいいじゃねーか」
「・・・嘘だ」
「似合ってるぜ」
「・・・嘘だ」
「嘘じゃねえ。ほら、こっち来い」
「・・・」

 ノブナガは私を抱きしめて、耳元でこんなことを呟いた。

「たくましいお前も好きだ。けどな、たまにしか会えねえんだからたまに会うときくらい、オレに弱みを見せて、そして思いっきり甘えろ。お前、ホントは可愛いオンナなんだからよ。わかったな?・・・」

 反則だ。私はそう思った。耳元で、可愛いだとか、甘えろだとか言われたらいくら私でも・・・。

 そっとノブナガの腰に手を回して、ぎゅっと抱きしめた。もう何ヶ月も感じていなかった体温が、私の心を満たしていく。正直、毎日が寂しかった。ノブナガと会えない毎日が。けれど、そんな弱い自分を見せたら、ノブナガに鬱陶しいと嫌われてしまいそうで、いつしか自分から彼に甘えることはしなくなった。

「・・・ノブナガ・・・・。大好き」
「・・・その言葉、聞くの久しぶりだな」

 ノブナガは頭を撫でて、おでこに軽くキスを落とす。何だか、改めてこんなことをすると気恥ずかしい。けど、甘えていいって言われてることだし、このまましばらくは・・・。

 って思っていた矢先のことだ。ふとももあたりを、何かがさわさわと這う。もちろん、それはノブナガの指。

「・・・ねぇ。その手何」
「この服の利点はだな、脱がしやすいという点だ」
「着た途端それ!!?」
「お前、聞いてなかったのか。ひな祭りってのはだな女子のすこやかな成長を祈る節句の年中行事だって・・・。だからこうしてオレが直々に、お前がすこやかに成長してるか確かめようと・・・」
「プリン食べたい」
「オレがお前を食べたあとな」

 そう言えば、どこかで聞いたことがある。男性が女性に服を贈るという行為は、その服を脱がせたいという欲求から起こると。そんな心理学だかなんだかの統計結果にしっかりと当てはまってしまうノブナガを見て、ああ。いくらA級首の盗賊で、血も涙もないと周りに思われてるとは言っても、やっぱりこいつは男で、性欲には勝てないんだな。ということを、優しくゆっくりと与えられる快感に吐息をこぼしながら思った。

 何はともあれ、とんでもないオアズケを食らった私。ひな祭りなんてクソだ!!