サタニストのクリスマス


 毎年のことだ。イヤでも耳に入ってくるクリスマスソングと、幸せそうな家族の笑み。憎たらしくにかっと笑い、その肥えた腹を膨張色である真っ赤な生地の服に包んだ髭面じじいのマスコット人形。毎年この雰囲気にいらいらさせられる。それら全てが集まり溢れかえる街中のショッピング街の―――私にとっては悪夢よりも性質の悪いー――光景を目の当たりにしながらクロロのヤツに頼まれていた「おつかい」とは名ばかりのパシリをすませ、蜘蛛が集まるアジトへと向かう。

 お遣い内容はもちろん、蜘蛛でのクリスマスパティー用のグッズや菓子、食材などだった。あの盗賊団もそんなパティーを開くらしい。彼らはただの殺人集団じゃないとそこで悟った。

 ちなみに私は旅団員でないために、クロロ、つまりは団長の命令を受けて実行する責任はない。でも、たまたま暇だったので出てきてみたらこの様だ。もうクリスマスシーズンで買い物なんかに行けば確実にクリスマスムードに浸ることになるかもしれない。そう気付いたのは彼にパシられ、アジトから一歩踏み出したそのときだった。

 失敗した。そう思った。

 クリスマスがキライな人はいるだろうか?まあ、いたとしても少数だろう。その少数の中に私は含まれるのだ。無宗教主義、いやむしろ悪魔崇拝主義の自分が、何の間違いでキリストの生誕を祝うだろう。だから例年、クリスマスパーティーなどに参加はせず自分の部屋にこもりヘビメタを大音量で聞いてクリスマスを乗り切った。これが私のクリスマスイブ。

 いや、ただの12月24日だ。






悪魔信仰における9の罪を知ってる?







「おつかれ。済まなかったな、

 ホームに戻り、皆がいつも集まる部屋(リビングとでも銘打っておこうか)に足を踏み入れた瞬間目に付いたのはクロロ。人をパシっておいて、当の本人はホームの定位置で読書中だった。私に向けられたその言葉も他人事といった雰囲気がぷんぷんした。普段の私ならば確実にキレるムードではあるが、生憎今日は声を張り上げて文句を言う気分ではなかった。

「いいよ、別に。暇だったし」

 買った品を彼に渡して踵を返し、部屋の出口へと向かうと、キッチンから出てきたらしいパクノダが私を引き止めた。

、今年も参加しないつもり?」
「ああ。しないよ」
「・・・年に一度あるかないかの集まりなのよ?」
「だからこそ、蜘蛛の皆さんには邪魔な存在だろアタシは。あ・そうそう。メシは残しといて。腹減ったら食うからさ」
「アンタねぇ・・・」

 パクのため息が聞こえ、直後に私は部屋を出た。クリスマスって肩書きさえなければ私だって参加したい。でも今年のクリスマスはご丁寧にクリスマスツリーまで飾ってある。そんなところで悪魔崇拝者の私が皆と仲良くお食事なんてできるか。

「おい!」

 部屋を出たあとすぐに誰かに名を呼ばれた。それはノブナガだった。・・・コイツもクリスマスを祝うのか。そんなことを考えながら、ノブナガを見る。

「お前、今年も参加しねぇのかよ?酔いつぶれたときはお前の調合する薬だけが頼りだってぇのによぅ・・・」
「随時呼べばいいだろう。しかも、金はとるぞ?」
「な・・・何!?お前何時からそんな金にがめつく・・・」
「こちとらそれが仕事なんだよ。ボランティアじゃない」

 いいか?ノブナガ。私は今疲れてるんだ。無駄なお喋りをさせるんじゃない。心の中でそう悪態をつきながらも不思議と落ち着いている自分がいた。彼と一緒にいると、何故か心が落ち着く。それがなぜかはわからないが、クロロの前に立っていたときよりも喋る気は起こる。

「・・・気が向いたら来いよ?」
「万が一、気が向けばな」

 私はそう言って、自分の部屋へと戻る足を速めた。それは胸の高鳴りと比例するらしい。胸が高鳴る度に、速度は増していく。あの男とならば、世間一般的に言うクリスマスを世間一般的な過ごし方で、恋人同士として過ごすのも悪くないと思ったことはあった。しかし随分も前のこと。そんな淡い恋心など、彼が盗賊となって流星街を出て行った時に置いてきてしまった。過去に戻ることが出来ないのと同じで、過去に置き忘れた思いを引き戻すことなどできはしない。そう割り切って、自分の部屋へ急いだ。私には崇拝するべき悪魔がいる。―――それは自分。





 悪魔崇拝とはキリスト教の様に崇める対象物が無い。故に悪魔崇拝者は各々自由に崇拝するものを決める。何も本当に悪魔を崇拝しているわけではない。悪魔崇拝とは、少数派の人間の、少数派の人間による、少数派の人間のための概念なんだ。

 オレが流星街を離れた後、久しぶりにに会ったら彼女は悪魔崇拝者になっていた。4・5年前のことだ。初めてを旅団のクリスマスパーティーに誘ったとき彼女は発狂して、上記のくだりから始まり、悪魔崇拝のすばらしさやらヘビメタのかっこよさやら自分がいかにクリスマス嫌いであるかって話をトクトクと語られた。その後も彼女がクリスマスパーティーに出席することは無く、旅団の皆が寂しい思いをした。少なくとも流星街出身の連中(オレも含む)はが好きだ。いくら血も涙も無い幻影旅団のメンバーだとしても、一般的なイベントくらい一般人程度に楽しむくらいのことはやる。だから毎年、を呼ぶことに必死になる。

 今年はフェイタン以外の流星街出身の奴らがを誘った。パクやマチも一緒になって誘っていたし、団長もああ見えて結構チームの和を重んじる。フィンクスとウボーは祭ごとが好きで人数は多いほうがいいと言ってはばからなかったし、フランクリンだって情には厚い。フェイタンも口には出さないが、には参加してほしいと思っている風だった。オレだって・・・。

「ノブナガ!そろそろ始めるよ!」
「早く食おうぜ!腹が減った!」

 ドアからひょっこりと顔を出したシャルとウボーがオレを呼ぶ。リビングの方を見ると、メンバーが勢ぞろい。旅団員は、だ。オレにはそれが欠けて見えた。クリスマスうんぬんじゃなく、皆で集まることを重視して見ると、明らかに何かが足りない。が・・・いない。だが彼女はそう簡単に自分の意思を曲げる人間じゃない。他人が干渉してきたら尚更のこと。オレが・・・いや、他の誰が何と言おうと、彼女に取ってのクリスマスはただの12月25日なのだ。オレはため息をついて、料理が並ぶテーブルへと向かった。

「あいつ、何が好きだったかな・・・」




「唐揚げは食いたかったなぁ・・・」

 ヘヴィーメタルの重低音が心地よく響く室内で、ぼんやりと物思いにふける私。下の階で皆が騒いで楽しそうな声が聞こえる。別に参加したいなんて思ってない。はず。だ。ただ唐揚げが食べたいなと思っただけだ。まあ、ここまで来るとただの意地っ張り女だな私は。本当は皆と食って騒いではしゃいでってやりたいけど、心のどこかでその気持ちが抑制されてる。それが自分でも分かってるのに、どうしてその抑制を解いて思い通りの行動をとらないのか、自分でも良くわからない。ただ、芯を曲げたくない自分。ふと、何年も前のことを思い出した。




 暗い室内。皆がいないホーム。その日はクリスマスだというのに、誰もいなかった。自分が拠り所としていた者たちが突然消えたのだ。早くからクリスマスパーティーの準備に取り掛かって、その日を凄く楽しみにしていたのに、そんな私をあざ笑うかのように、幻影旅団はこの街から姿を消した。その次の年も、いつか帰ってくるだろうと思って、友人達のためにクリスマスパーティーの準備をした。しかし彼らは誰も帰ってこなかった。そうやって月日が流れるごとに、毎年の12月24日が憎らしく思えてきた。あの虚無感はもう二度と思い出したくない。そう思って、拠り所を求めて、結局は自分しか信じられなくなった。思いを寄せていたノブナガには二度と会えないのかと、失望感にも苛まれた。とにかく、弱い私は、彼らがいないとまるで抜け殻のようだった。何か支えが欲しい。虚無感を生み出す溝を何かで埋めてしまいたい。そう思って、私は心に逆十字を掲げたのだ。




 それが、私が普通の女の子から悪魔崇拝主義のひねくれた女に変身した経緯だ。つまり、ひねくれた私は、誰も干渉してこなくていいと自分から他人を拒否しているだけにすぎないのだ。

 ただ、自分がサタニズムにおける9つの罪のうち2つを犯していることに、気づいていないわけではない。虚栄、そして非生産的なプライド。その言い訳として屁理屈をこねるとこうだ。悪魔崇拝者がキリストの誕生日なんて祝わない。
 そんな非生産的な葛藤を心のうちで繰り広げているうちに、部屋のドアが開いた。部屋に入ってきたのはノブナガだ。

「オイオイオイなんだこの音楽は!大音量でならすな!地響きしてんじゃねーか」
「あんたらが下で騒いでっから聞こえづらかったんだ。好きにさせろ。てかノックしろ」

 無礼極まりない男だ。女性の部屋にノックもせずに入ってくるなんて。それとも何か。私と女相手の付き合いをするつもりが無いのだろうか。そうなると、腹が立つを通り越して切なくなってきた。だから私はそこで反撃をやめた。

「なあ・・・」

 何故かノブナガは私が座っている狭いソファーに無理矢理座ってきた。何か話をしたいらしいがまともに聞いてやるつもりはない。どうせ、例年通り、皆で集まるのがどれほど楽しいことか説きだすに違いない。

「なあ、、おめぇ何でクリスマスキライなんだよ」

 もう何度も話したことだ。今更言う必要もないことをくどくど説明する方もされる方もいい気分はしないだろう。だから私は答えなかった。それも承知の上での問いかけだったのか、ノブナガは私の返答をさほど待つ様子も見せずに語り始めた。

「お前がクリスマス嫌いってこたぁ重々承知してるんだよ。旅団の皆もだ。でもよ、よく考えてみろ。オレたちクモとお前がいっぺんに集まる機会なんざあんまりねぇだろう?みんなお前のこと好きなんだぜ?みんな、お前と過ごしたいって思ってる」
「別にクリスマスの一日くらいいいだろ?家族の団欒一日パスしたからって何か問題でもあんのか?」
「その1日が大切なんだよ」
「はっ。意味わかんね」

 反抗心むき出しの私をいつものやる気のなさそうな表情でじっと見つめてくるノブナガ。今私たち二人が座しているのは二人用の小さなソファーだ。えらく顔と体が近い。そんな距離で見つめられてはいくら男勝りな私でもドキドキする。しかも相手はノブナガだ。その緊張は何年も前に抱いていた彼に対する淡い恋心に酷似している気がした。

 少し間が開いた。もういいと言って部屋を出て行くのかと思いきや、まだこの部屋に居座るつもりらしい。今まで私のほうに向けていた顔は正面を向いていて、彼の長い黒髪で表情はうかがうことが出来なかった。

「何の行事にしろ・・・祭りごとのときは好きな連中とどんちゃん騒ぎが一番だと思わねぇか?
「・・・」
「だからさ・・・」

「今年はせめて、オレと一緒にいてくんねーか?」
「え?」

 意味が瞬時に理解できなかった。しかし、つまりは・・・。

「それ・・・って・・・」
。オレはお前が好きなんだ」
「・・・・・・」

 思えば、それは一度も忘れたことは無かった。ただ自覚症状がなく心の奥底に封印されていただけだった思い。過去のものだと自分に言い聞かせ、無理矢理押し込めていただけの思い。彼のいない何年かを過ごすため、自分だけを信じることに専念するしかなかったために、押し込められたその思い。それはすべて同一のもので、先ほどの彼の言葉で全てがわかった。否、自覚したのだ。

 私も、ノブナガが好きだ。

 今すぐにこの気持ちを伝えたい。しかし、舌が空回りするだけで言葉にできなかった。それを察したのか、ノブナガは私を抱き寄せた。言葉に出来ないのならば、態度で示してくれたらいい。と、そう言っているようだった。今、私が取るべき行動は、彼を抱きしめ返すこと。突き飛ばすのではなく、抱きしめて、言葉に出来ないこの思いを伝えること。

 無気力に垂れているだけだった私の腕は、徐々にノブナガの広い背中へと距離を縮めていく。やっと彼の温かな背に触れることができ、今度は彼との隙間を埋めるように体を寄せた。ここ何年か誰とも触れ合うことが無かったのに、まるでそれが当然の如く自然に出来た自分に驚き、彼もまたそれに驚いているようだった。

・・・。愛してる」
「私も・・・。うん。そうだ。私も好きなんだ・・・ノブナガのこと・・・」

 何時の間にか地響きを起こすくらいの大音量で鳴っていたヘビー・メタルは止んでいて、隠しトラックの優しいアコースティックギターのメロディーが鳴り始めた。それはまるで図られたように。

「なんだ。いい曲じゃねーか」
「だろ?」

 向き合って、ふたり微笑みあった。何年も前にそうしたことがあったような気がする。そのときから、私の思いは空回りしていたわけではなかったらしい。それがわかってとても嬉しい。ああ。今日はクリスマスなのに、どうしてこうも気分がいいんだろう。



 俯き加減だった私が顔を上げると、正面にノブナガの顔があった。とても恥ずかしい気もしたが、今日はいいだろう。なんだってできそうだ。自然に引き寄せあうように二人の唇が触れた。皮肉にも、大嫌いだったクリスマスに結ばれた私たち。いつの間にか過去形になっているクリスマス嫌い。知らなかった。クリスマスが、ただクリスマスだというだけで幸せを何倍も増幅させてくれるものだったなんて。

「・・・。うん。クリスマス・・・悪くねぇな」
「そうだろ?」

 下ではまだ皆がどたばたと騒いでいる。

「まだ遅くねぇぞ?」
「そだな。行くか!唐揚げも食べたいし」







 群れに従うことも罪だけど、それでも彼と、家族と過ごしたいと思ったクリスマス・イヴの夜だった。