『愛してるわ、マイケル』
『ああ。ボクもだよジェニファー』
暗い室内に響き渡る俳優達のつくられた会話。テレビの中の男女は抱き合い、熱く熱烈なキッスの嵐を起こす。この場面の何がどう感動的なのか何もわからないオレは一人しくしくと泣きじゃくるをじっと見る。
ああ。オレだって泣きてぇよ・・・。この絶望的なほどに寒く、いただけない空気。どうしてオレは愛人を隣にしてここまで虚しいのか。
そうか、今わかったぞ。オレととの間の距離が開きすぎている。その間およそ30センチメートル。全長が150センチメートルあるかないかの狭いソファーで、大の大人が二人腰掛けているのにこの隙間は何なんだ。しかも彼女が寄り添っているのは、オレではなく無生物であるソファーだ。・・・なあ、オレたち付き合ってるんだよな?何が悲しくてオレはお前の映画鑑賞に付き合わされて、一人ふてくされてるんだ?何でお前はソファーに身を預ける。傾き方おかしいだろ。普通オレに身を預けるだろ!
「あー。泣いた泣いた。感動的だったなーぁ・・・な?ノブナガ?」
「ああ!絶望的なほどにオレは一人だよ!」
「・・・・・・・・・・。あ?」
誰かを好きになったら、その人のすべてを好きにならないといけないらしい。
「おい。何言い出すんだ突然。意味わかんねーよ」
「ああ!どうせわかんねーだろーな。ああ、悲しいほどに孤独だよオレは全く!」
「・・・おーい。どっかキレたの?病院行くか?」
どこか蔑みを秘めたの目が、オレを見る。言っておくがオレを狂わせたのはお前の態度だからな!何がオレをとち狂わせたのかってのは口に出せない。オレだって男だ。甘えなんて見せられねぇ。ただ、口には出せねぇが一応心の中で吐き出しておく。
寂しかったんだよ!寒かったんだよ!心が!付き合ってるのに妙なこの物理的距離感。そしての体の傾き加減と預けられた先が無機物である現実。それにより感じられない彼女の体温。どれもこれも全部のツンとデレの割合によるもの。ツン:デレ=9:1のは決してのろけないし、可愛げもまれにしか見せない。まあ、映画見ようと誘われた時点で予測してはいた。が、しかしだ。これはあんまりじゃないか!?色気無さすぎだろ!感動して泣くのはいいが、泣くならオレの胸で泣け!!
言葉に出来ないこの思いを知ってか知らずかはしれっと立ち上がり、部屋の出口へと向かう。
「サンキューな。部屋貸してくれて。またビデオ持ってくるから」
「をぃ!!」
一応言っておくが、オレたちは付き合っている。まあ、付き合い始めて間もないと言えばそうだが、暗い室内で映画を見ながら男と女が二人でいるのだから例え彼氏と彼女の関係でなくても、少しの色事はあるはずだろ!?てか、「一緒に見よう」じゃなかったのかよ!?もうオレが映画見せるために部屋貸してるだけみたいな発言だったよ今の!オレは信じられない彼女の行動に居ても立っても居られず、勢いよくソファーから立ち上がった。
「オレは無視かよ!」
「はあ?無視したつもりないけど・・・」
ビデオテープを玩びながら煩わしそうにそういう彼女。・・・ほんっとーにうざそうだ・・・。
「・・・ああ、畜生。もういいよ」
「・・・なんだよ・・・さっきから何か変だぞ?」
はっはー!引っかかったな!押してだめなら引いてみろ大作戦!流石にそこまで冷たい女じゃなかったか。仮にもデレポイントは1点残っているのだから。は尚もビデオテープを玩びながらゆっくりとオレに近寄ってきた。上目遣いでオレの表情を伺おうとする。・・・何か物凄く可愛い。
「どうかした?悩み事か?」
「・・・別に、何でもねぇよ」
「嘘言ってんじゃねーよ。ノブは大体顔に出やすいんだからさ、隠せないだろ。それ自分でちゃんとわかってモノ言ってんのか?」
「・・・るっせー。もう帰れよ」
「あ?何拗ねてんのさ・・・」
は頭を掻いてオレから目を逸らした。流石にさっきのは傷つけたか?てか、オレの気持ちに気付いてもらおうと自身で誘導してる気がするのは気のせいか?女々しいにもある。そう思うが、やはり愛されたい。
「なあ。帰るのはいいが、その後引きずらねぇか?ノブが何で悩んでんのかわかんねーけど、心配はしてるんだ。明日までこのテンションだと楽しくねーぞ?」
「そんなん、お前に関係ねーだろ」
「・・・関係、あるだろ?そんな悲しいこと言うなよ」
「お前こそ嘘つくな。関係ねーって顔に書いてある。上っ面だろそりゃ」
「アタシに何て言おうがそりゃ構わない。ところで、何で孤独なんだ?旅団の中で仲間はずしにでもされてんのか?それが悩み?」
「ちげぇよ。俺たちはそんな幼稚な集団じゃねぇ」
「じゃ、何だ?わかんねーよ。ちゃんと言え!」
いてっ。ミゾオチにストレート食らわされた。と言うか、は鈍感にも程がある。わかれよ!わかるだろ普通!
「・・・わかった。ちゃんと口で言うまで帰らない」
は芯が強い。一度決めたことはやり遂げるまで絶対に折れない人間だ。これはオレが話さない限り一行に進展しない。むしろ好都合だが、フリーズ状態だと何も面白くない。ベストはと和解(?)した後に、彼女をこのオレの部屋にとどめておくこと。なんて下心を懐中に抱くオレの策を知らず、はじーっとオレを見つめてくる。その澄んだ瞳に見つめられると、その下心を急に恥ずかしく思った。結局どうなんだと、自分にも問いたい。
「お前さ・・・オレのことそんなスキじゃねーだろ?」
「・・・・・・・・・・・・?え?」
「お前、オレと一緒にいてあんま楽しくねーんだろ?」
「・・・そんなこと・・・思ってねぇ!」
「ふーん。じゃ、何でお前そんなに冷たいんだ?」
「う・・・やっぱ、冷たい・・・か?アタシ・・・」
よく言われる。そんな顔をしてうーんと唸って考え込む。なんだ、自覚してたのか。まだ付き合いたてだからか?オレものコトまだ全然知らないんだな。
「よく言われるんだ。友達にも、前つきあってた男にも。そいつにはそれが原因で振られたな、そういえば。・・・学習能力無いのかなアタシ。あ、でも、そいつのことはノブほどまで好きじゃなかったからかもしれんし、それでちゃんと思ったんだ。冷たくするのはよそうって。いや、冷たくしてるつもりはないんだけどな。どうなんだ。やっぱ冷たいの?アタシ。もしそうなら、アドバイスくれ!」
「・・・言っていいか?」
「お・・・おう!どんと来い!」
「・・・触れ合いが足りない」
「・・・ん!?」
とうとう言ってしまった。だが、己の心の女々しさを露呈してしまった今、後悔しても今更な話なので、オレは口を噤むことなくナミへの不満を吐露し続けた。
「例えばさっきだ。お前はビデオを見ようと言った。そこまではいい。が、しかし、お前がビデオを見ながら身を預けていたのは何だ?」
「えーと、そ・・・ソファー・・・か?」
「そうだ!正解!それが寂しかったし、第一、座り方にも問題がある。目測だが、その際のオレとお前の距離は約30センチ。広すぎるだろーが!」
「し・・・知らんしそんなん・・・」
「知らんじゃ済まされねー!いいか!?物理的距離ってのは大事だ!その時点でオレはビデオに集中できなくなっていた!もう、楽しいことなんて皆無だった!」
「む・・・そりゃ、ひどいこと・・・したかな。うん」
「ふう。何か力説しちまったな」
「・・・あのさ、ノブ。アタシ経験も少ないし、不器用だから上手くやれなかったのかもしれない。べたべたするのは好きじゃないし、かといって、その所為でノブに嫌われたくもない」
「・・・おう」
「だから、決めた。人前ではべたべたしない。けど、二人でいるときは・・・その・・・」
「ベタベタしてくれんのか?」
「・・・ノブ、オヤジくさい。ニヤニヤするな気持ち悪い!まあ、とにかく、その・・・そーゆーことだとだけ言っておこう・・・」
オレは心の中でガッツポーズを決めた。ただ、表情に出やすいんだったな。下心が顔に出すぎてに気持ち悪いと言われてしまった。だが、まあ、一歩前進・・・か?
「というわけで・・・。、今日はここで寝てけ」
「どーゆーわけだ!そりゃ!・・・でも、まあいいよ。今日は楽しくない思いさせちまったみてーだし。・・・言うこと聞いてやる」
ツンデレもいいが、デレデレなはもっと可愛い。まあ、のデレデレは他のヤツにとってのツンデレくらいなんだろうが、ツンの度合いが少しデレに移項されたことについては嬉しく思う。気付けばはオレに抱きついていて、己の顔を見せないようにしてこうつぶやいた。
「やっぱ・・・アタシ、ノブのこと好きだなぁ・・・」
何だ。身体の奥底からこみ上げてくるような、この気持ちは。ああ、可愛い。可愛すぎるだろ!この言葉にできない気持ちを、オレはどうすべきなんだ!
「お・・・おい、!」
「・・・ん?何だ?」
「・・・我慢・・・すべきか?」
「・・・ん?」
― オレは彼女が好きだから、彼女のすべてを愛するように頑張ります。そう決意した夜だった。