Still Waiting


待っている。じっと待っているの。

貴方を、待ち合わせの場所で。

ずっと夢見ていた、貴方との再会。

約束の期日を過ぎても、貴方はここに現れないけれど

それでも待っている。約束をしたから。

それが、理由。ただ、それだけ・・・。






あるのは偽りと矛盾だけ







 妙に私に構ってくる男。当然初めて見る顔だ。しかし、その男は私のことを知っている風だった。


「それで、ここでずっと待ってるわけ?」


 スーツに身を包んだ、茶髪のその男。切れ長の目で私をじっと見つめる。待ち合わせの場所であるバーのカウンターに座る私はその男の問いに、何と無しに答える。


 私が待つのは、恋人。幻影旅団という悪名高き殺戮集団の人間だ。それが狂言だろうが、事実だろうが、私にはどうでもよかった。彼は私を愛してくれたから。4番、それが彼のナンバーだ。入団する際に刺青を入れるのは、容易に退団を許されない証。メンバーの入れ替えは、殺し合いによって定められるのだから退団とは、死を意味しているのだと、私は思う。


 旅団はここ、ヨークシンで開催される世界一のオークションでひと騒動起こすらしかった。事実オークション会場は火の海、血の海と化し、多くのマフィア関係の人間が死んだことは、1週間前にニュースで騒がれたことだ。しかし、そのニュースも、普段放送されるバラエティ番組をつぶしてまで、ひっきりなしに報道されることもなくなってきて、いよいよ風化してきた様子だ。

 もともと、オークションなど一般市民には全く手の届かない催しごとであり、死んでいったのはどこぞの億万長者かマフィアが大半なので、街が悲しみに暮れ、正気を戻すまでにそう時間はかからなかったようにも思える。私はそんな中、一人取り残されたような感覚に陥っていた。


 彼が現れない。約束の9月頭から一週間後なんて一週間も前に過ぎた。それでも、私は彼の生を信じて待っている。この前までの惨劇で・・・マフィア相手に死んでしまうほど、彼は弱くない。他に原因があるはずだ。きっと、ここに来れない程の重大な出来事があったんだ。

 そう思って・・・そう信じて、私はただバーのカウンターで虚無を感じていた。





 *****





 これはもう何年も前、いや、ごく最近か?何時のことかは忘れた。そう、ボクは過去に興味がないから。殺した男の顔だって忘れたさ。名前も覚えてない。その、ボクに殺された男は死に際、うめきながら何かを必死に伝えようとしていた。不思議なことにボクはその言葉だけは良く覚えていた。


 男は仰向けになって、残り少ないオーラを全て身に収め、絶・・・いや、何もオーラを纏っていない裸の体勢になって必死に懐を探っていた。これはもう降参ってことだ。でも、だからって殺さないわけにはいかない。この男を殺さなければボクは、旅団の頭に近づくことさえ許されないのだから。そして、男は血を吐きながらも必死に何か言う。


「頼みが・・・ある」
「ん?何かな?君は・・・中々にボクのことを楽しませてくれたし、ひとつ位ならお願いを聞いてあげてもいいよ?」


 そのお願いを行動に移すか移さないかはべつの話しとして、ね。


 すると男はやっと目当てのものを懐から見つけ出したのか、それをボクの手のひらへと乗せた。銀製のロケットペンダント。中を開けるとそこには二人の人間の写真。一人は、目の前にいる男。そしてその隣は・・・。


「君のガールフレンドかな?」
だ。・・・そいつと、待ち合わせしてる・・・。けど、オレはそこに行けねぇ・・・みてぇだから」
「ボクに行って欲しいの?」
「ああ。頼む。・・・アイツは、真面目だから。オレが死んだって知らなきゃ・・・死ぬまで、待つ・・・はず」
「何処なの?その待ち合わせの場所」
「ヨークシンの“Long Seaboard”ってバーで待ってる。来年の、9月7日だ。・・・よろしく、頼む」
「・・・君、随分潔いんだね。クールだよ」
「ふっ・・・もういい、さっさと殺せよ」
「その子に伝えたいことは?」
「・・・愛してる。あと、会えなくてごめんとだけ伝えてくれ」
「わかったよ。それじゃ、バイバイ」


 男にロケットを畳んで渡し、彼がそれを胸の前に持っていくまで待ってやったあと、ボクはその男に止めをさした。珍しいことだ。ボクが死に際の男の言うことを聞いてあげる気になったなんて。それにまた、珍しいことに、それを実行してあげる気にもなったのだから、やはりボクは紳士なんだな。と改めて思い、そして、当日を待ったんだ。




 *****



 まあ、9月7日ぴったりに行けたわけじゃない。旅団の頭であるクロロと戦うはずだったけど、そのクロロが念能力を封じられているので、除念師を探してやろうって持ちかけ、打ち合わせをした後だから、1週間ほど時をすぎてしまった。けど、そのって子が真面目に毎日そこに通っていることを信じてバーの扉を開く。するとカウンターには、一人腰掛ける美しい女性。あのペンダントに、男と一緒に映っていた女性だった。18時開店からずっとそこにいるのだろう。カウンターのマスターが気を使って話しかけたり、飲み物をおごったりしているらしい。が、その飲食物には手を付けられた様子がなかった。


「いらっしゃい」


 人のよさそうなマスターがそう言って僕を見る。そして彼は、へと近づくボクを期待に満ちた表情で眺め、邪魔をするまいと、厨房の方へと戻って行った。そのマスターの仕種に違和感を持ったであろう彼女がまた、期待に満ちたその美しい瞳でボクの方を振り向くが・・・何だ、別人かと言わんばかりのがっかりした表情でもとの方へ向き直った。


「隣、空いてるかな?」
「え・・・ええ。どうぞ」


 他に席はたくさん空いているのに。と不思議そうな顔をする彼女。間近で見るとやはり、美しい女性だった。質素な佇まいで派手に着飾ることもない、上品な装いが、余計に彼女の素の美しさを引き立てている。


「あの・・・何か御用ですか?」
「ああ、ごめんね。あまりにも君が美しいから見惚れちゃってたんだ」
「・・・あ・・・ありがとうございます・・・」
「ねえ、君。人を待ってるの?」
「え・・・?何で、それを・・・」
「図星か。ああ、気にしないでね、ただの勘だから」
「勘・・・ですか」
「こんなに綺麗な人を待たせるなんて、罪な男だね」
「・・・ずっと、待ってるんですけどね・・・中々来てくれないんですよ」


 淋しそうな顔をして、遠くを見ている。事実を伝えずに、ずっとこうしてこの女性の側にいたい気もしたが、そんなことをしていたら、団長と戦えなくなってしまう。名残惜しく思いながらも、僕はこう切り出した。


「愛してる。会えなくてごめん」
「え?」


 彼女はぱっと振り向いて、ボクを見つめる。期待か、それとも絶望か。そのどちらかの色を秘めた瞳で。ああ、やはり美しい。自分の中でふつふつと独占欲が湧いてくる。抑えきれなくなったその感情が躍動した末、ボクは彼女の小ぶりなあごをなで上げ、薄紅色の綺麗なその唇に軽く口づけをしてしまった。


「・・・っ!?」


 拒否をしなかった彼女から静かに唇を離す。


「彼は君に、そう伝えてくれって言ってたよ」


 一瞬にして、彼女の瞳は絶望の色で覆われた。そしてその瞳は云っていた。


“この目の前の男が、彼を殺したのだ”と。


「あなた・・・一体」
「幻影旅団の元4番。もう、やめちゃったけどね」
「やめたって・・・どうしてあなた、生きてるの?」
「強いからじゃない?」
「それじゃあ、彼は、生きてるの・・・?」
「ああ・・・彼はボクより弱かったから、死んじゃったよ」


 怒り、悲しみ、憎しみ・・・。彼女から、色んな負の感情が一気に突きつけられた。それをある種のスリルと取って、ボクはそれを楽しんでいた。まだ笑うか、と鋭い視線ではボクを睨みつけるが、次第にその瞳からは涙がこぼれ、彼女はそれを拭う。


「あなたが、殺したのね」
「ああ。でも、ボクは怨まないでね。悪いのは、旅団の入団システムなんだから」


 そんなこと、自分でも無理だろうと思った。しかし事実、自分には全く関係のないことなのだ。ここに来たのも単なる好奇心。彼女がボクを憎悪して殺そうとしたところで、彼女にボクは殺せないのだから、と、そういった感情も交えてのこと。それはも分かっているはず。現にこうして、武器を突きつけることもなく、殴るでもなく、ただ肩を震わせ泣いているだけなのだから。


「・・・そう。彼に・・・彼に頼まれて来たの・・・」
「ああ。だからボクはここにいるんだよ」
「・・・優しい人・・・」
「ああ。そうだね」
「でも、何であなたは・・・ここに来たの?怨まれると知って来てるのよね・・・?もちろん」
「ああ。でも、君に怨まれたところでボクは死なないし、君が、彼が死んだことを知らないでずーっとここで待ち続けるなんて可愛そうだと思う。それに何より、彼の最後の頼みだからね。聞かないわけにはいかないだろう?」



 一番最後に言ったことは捏造だ。自分の性格をよく見せるためのドッキリテクスチャー。今の彼女には、全く効果のない“火に油”だろうけど。


「それにしても、君は彼と同じですごくクールだね。もっと盛大に泣き喚くかと思ったんだけど」
「家に帰ったらね。・・・貴方の前で泣き喚いたところでどうにもならないし、彼はもう帰ってこないもの」
「・・・慰めてあげようか?」


 彼女はようやく、自分の怒りを行動に移した。か弱い、毛ほども痛みを感じない平手打ちが頬を掠める。その威力を半減させたのは、彼女の悲しみ。儚く、今にも崩れてしまいそうなその泣き顔で彼女はこう叫んだ。


「ふざけないで・・・!もう私に構わないで!」


 そう言ってカウンターに御代を叩き置いた後バーを飛び出した。ボクはそれを追いかけなかった。食い逃げかと思って慌てて飛び出してきたさっきのマスターが、ボクの方を戸惑った様子で見た。


「彼女、ちゃんと御代は置いて行ったよ」


 そう伝えてやると、マスターは困った顔をした。


「彼女は始めてここに来て、アイスティーを1杯頼んだあとから、何もオーダーされてないんですよ。だから、これも私の奢りなんです」


 マスターは氷の解けかけたアイスティーを指差しながら言う。


「それに、こんなにたくさん・・・。困ったな・・・明日も来てくれるだろうか」
「よければ、僕が持っていこうか?」



 もともと後を追うつもりで彼女にバンジーガムを発動しておいた。彼女のあとを追う理由として、丁度いいだろう。これを利用しない手はなかった。


「あ・・・ありがとうございます!すみませんね。どうも。よければそこのお飲み物、召し上がってください」
「ああ。ありがとう」


 アイスティーを飲んで一服した後、ボクはバンジーガムの伸びる方へ向かって彼女に会いに行った。今度は何と言われるだろう。そうわくわくしながら。









 私は駆け込むようにして自分の家に入った。鍵もかけず、靴もそろえずにベッドへ倒れこみ、咽び泣いた。


 最初は疑いもしなかったのだ。彼が死んだなんて。きっと、仕事が終わらないんだろう。何か理由があるんだろう。そう信じて疑わなかった。だけど日が経つごとにそれが揺らいできて、不安になってきた頃、まるで私に止めでも刺すかのようにあの男が現れ、こう言ったのだ。

「彼は死んだ」と。

 誰も慰めてくれる人間がいない中、私は街の明かりが少し差し込むだけの暗い部屋で、何十分も泣いた。


 そしていつの間にか私は泣きつかれ、眠ってしまったらしい。


 幻聴がする。これは夢?執拗に、私は名前を呼ばれる。何度も何度も。それは聞き覚えのある声。そう。愛しい愛しい、死んでしまったはずの彼の声。暗闇の中その声は、どんどん遠ざかっていってしまう。それを追いかけるように彼の名前を呼ぶと目が覚めた。

 そして見えたのは、人影。

 霞を帯びていた視界がはっきりしてくると、街の明かりに照らされる、どこか見覚えのある男の顔が現れた。


「・・・っ!!」
「だめじゃないか。ちゃんと鍵を閉めないと」
「・・・どうしてここに・・・!」


 この初対面の男が、私がここに住んでいることを知っているはずがない。目の前の男は、私が困惑した様子を見て冷たく微笑んだ。


「どうしてここを知ってるのかって顔してるね。これはボクの能力さ。・・・君の彼を殺す手伝いをした、ね」
「・・・何で来たの」
「クク・・・そう邪険にならないでよ。御代、返しに来ただけだから」
「・・・用件が済んだなら、さっさと出て行ってくれるかしら?警察を呼ぶわよ」
「おやおや、お礼は無し?酷いなぁ」
「・・・!もう、どうでもいい。さっさと出て行って!!」


 この男は相当頭が沸いているらしい。殺した人間の恋人を訪ねるなんて非常識極まりない。私の怒りさえもスリルとして楽しんでいるこの最低な男。殺意が湧いてくるが、返り討ちにされるのが落ち。それを分かっているからどうしようもない。


「いやだ」
「・・・どうして私に構うの!?」
「一目惚れってヤツかな」
「・・・え?」


 非常識に場違いを兼ね備えた爆弾発言。その効果は絶大だ。一気に抵抗する気力を失わせた。そして言葉を失った私に切れ長の瞳が近づく。


「そもそも、死に際にいた彼のお願いを聞いてあげたこと自体、ボクにとっては珍しいことでね。彼に君の写真を見せられたときから君の事、好きになっちゃってたみたい」
「・・・やめて・・・。何も、何も聞きたくない・・・!」


 目の前の男は両耳を塞ぐ私の両手を引き剥がし壁に私を押し付けた。


「よく考えてみなよ。今、君のこと本気で慰めてあげられるのは・・・ボクだけなんだよ?」


 心が揺らいだ。私が今一番求めているのはもちろん、死んでしまった彼。でも、その彼が死んでしまったとわかってしまえば・・・


「人肌が恋しいだろう?」


 人の弱みに付け込むのが上手い男。そしてその男の行動に、またしても反抗することができなかった私は、虚無感に満ちた心もろとも彼の仇に抱かれ、堕ちて行った。その日の後も、彼は私と会いたいと言った。それを許した私。

 これでも、まだ死んでしまった彼を待っていると思い込んでしまうのは欺瞞でしかないのだろうか。



(じっと待っている。私の心から憎しみが消えるのを。)

(けど、未だにそのワケも、信じるべき希望も見つからない。)