慕い滴る紅に目を細めて笑う僕


 お前は分かってない。分かってない。

 どうしてオレが手枷も足枷も無くお前を囲ってるのか。

 分かってない。分かってほしいのに。

 いや・・・お前は、分かろうとしていない。

 そしてオレも、よく分かってない。







望んで留まったお前が悪い。







 外は雨。きっと。

 窓一つ無い部屋からは、視覚で「雨が降っている」と認識できないから、通気口から入ってくる湿った空気と、微かな雨音はで判断するしかないけど・・・外はきっと、雨が降っている。

 ゆらゆらと揺れる蝋燭のろうが、そろそろ無くなってしまう。そんな時に、彼は新しいろうそくを持ってやってくる。このときを毎日待ち望んでるっていうのは、彼には内緒。だってこんなこと言ったってどうせ彼は、ふっと鼻で笑っていつもの様に情事にふけるだけだもの。

 どうして、ただ強姦されるだけの毎日を、私は享受しているのか。それは私が一番知りたいことだった。



 日々何の不自由も無く生きてきた私が、突然親の所有する宝と一緒に、幻影旅団にさらわれたのはちょうどひと月前のこと。もっとも、私がさらわれたのは旅団の意思じゃなくて、フェイタンの一存だったみたいだけど。

 宝はもちろんのこと、家族も家も焼き討ちにされて奪われて、私に戻る場所は無い。けれど、どうしてだろう。全く悲しいと思えなかった。殺されたのが実の親じゃなかったってことも関係してるんだろうけど、それ以上に私はワクワクしていた。平凡すぎる日常をずっと続けていると、何か変わったことが起きないか、なんてことを心から待ち望むようになっていたのだ。そして、親を殺したと告げられても、それから毎日無理やり犯されても・・・全然「嫌だ」と思えなかった。

 こんな変人に、彼は「非日常」を与えてくれた。

 けれど、さらわれてから1ヶ月だ。そろそろこの繰り返しにも飽きてきたところ。そう思っていたときに、彼は現れた。

「・・・相変わらずおとなしいね。

 彼は雨粒で濡れた傘を折りたたみながら言った。ほら、やっぱり雨が降ってたんだ。

「ねえどうして?どうして私をさらったの?」
「お前がさらて欲しそうな顔、してたからよ」

 新しいろうそくに火を付けて、ベッドに腰掛けた私に近寄るフェイタン。この問いにまともに答えてくれたことは一度たりとも無かった。

 この暗くよどんだ空気の部屋では、ろうそく一本の明かりだけがフェイタンの姿をうつしてくれる。そして、そんな中音を殺して私に近寄るフェイタンの姿を見るとゾクゾクした。いっとき前までは。

「お前・・・どうして逃げないね」
「どうしてって・・・私が一番知りたいよ」

 手錠。冷たいそれで、両手首とベッドの格子を繋いで拘束される。こうして、いつもの情事が始まるわけだけど、今日は違った。今日の彼はよくしゃべる。

「この部屋の鍵・・・いつでも開いてるよ」
「知ってる」
「誰も、お前が逃げるのを止めないよ」
「知ってる」
「なら何で・・・」
「好きだからじゃない・・・?フェイタンのことが」

 嘘じゃない。非日常をくれる彼のことが、私は大好き。男として好きなのか、そう問われると困るけど。好きに違いはないの。けれど、目の前の彼はひどく動揺してる。大きく見開かれた目が・・・狂気に満ちたその瞳が、私の心を射抜く。それと同時に、彼はベッドで仰向けになっていた私に素早くまたがった。

「お前、変ね」
「そんなこと、あなたに言われたくないな・・・」

 そして頬に冷たい感触。

「ナイフ?」
「たぶんワタシ・・・逃げて・・・欲しかたよ。
「・・・?」
「でももう、ダメよ」

 着ていた服もろとも、胸の谷間をそろりとナイフで撫ぜられる。そのあと突如襲い来る熱い焼ける様な痛みに、私は眉を寄せた。

「こうなると、思てたか?」
「・・・ちょっと、予想外」

 上着を破り捨てられ、5センチくらいの赤い軌跡にそって、フェイタンの舌が肌の上を這った。それと同時にまた、ひりひりと痛みが私を襲う。

 変ね。私、こんなことになってもまだ、ゾクゾクしてる。

「きと私・・・お前が死ぬまで、こうやてお前をいたぶるよ」
「・・・ステキ・・・」
「お前・・・とことん狂てるね」
「それは、お互い様でしょう?」

 腕に、腹に、足に・・・。いたるところに赤い筋を付けられて、痛みで意識がもうろうとする。

「ね、え・・・フェイ・・・タン?」
「何か」
「私・・・こんなに痛いの、初めて」

 意識からがらに、私は震える唇でそう彼に告げた。フェイタンは、にっこりと笑って私にこう言った。

「ワタシも、こんなに人を好きになたの初めてね」

 フェイタンから、まさか聞くことになるとは思っていなかった言葉。そしてブツリという音と、右足の小指に感じる・・・今まで感じたことなどない、壮絶な痛み。

「うっ・・・ぐぁっ・・・」
「そそるね。
「痛、い・・・痛いよ・・・」
「かわいい。かわいいよ、・・・」

 彼は信じられない程優しくて甘いキスをしながら、信じられないほど残酷に私の右腕にナイフを突き立てる。呻かなきゃいけない私にとってはそれどころじゃないけれど、キスがすごく官能的で甘いの。それが私にとっては辛いというよりも嬉しかった。こんな真逆な行為を一度に味わうことなんて、普通じゃできない。それがすごく・・・。

「嬉しいの・・・」
「ワタシもよ」






慕い滴る紅に目を細めて笑う僕







 どれだけ時間が経ったのだろう。オレはひどく夢中になっていたようだ。

 ろうそくの日なんて、もうとっくの昔に消えてる。少し前までは・・・真っ暗闇でも、の荒い息遣いを耳で感じることもできたし、生を奪うことで彼女の生をこの体をもってして感じることができた。

 けど、そんなはもう息をしていない。生も感じられない。ひざもとのシーツはカピカピとオレの足に張り付いて、血液の臭いが部屋に充満してる。きっと、白かったベッド一面真っ赤・・・いや、もう真っ黒なのかもしれない。

・・・?」

 そのオレの問いに答えることはない。もう彼女は死んでるから。否、オレが殺したから。

 それに気づくと、虚無感がオレを襲う。



 だから、ドアの鍵もかけなかった。

 逃げようとする彼女を引き止めないと決めた。


 人を愛すれば、きっとオレは殺したくなってしまうから。この手で生を奪いたくなってしまうから。オレはそんな変人だから。

 でも、は唯一オレから逃げなかった。それで、この人の愛しかたを認めてくれたような気がしたから、ここまで夢中になれた・・・。

 彼女を・・・殺せた。

 愛してるから・・・。愛してたから。

 これでよかったのか、それとも普通にオレから逃げてほしかったのか。

 自分じゃ・・・知りようもない。けどひとつだけ確かなことがある。



 それは・・・オレがを愛してしまったこと。