女は十六で嫁いでいった。相手は地元の農家の息子だ。ハタチを超えた、ガタイのいい茶髪で碧眼の男だった。そいつのことは何度か顔を見たことがあったので知っていた。近所の若い女たちにイイ男だと囃し立てられ、まるでアイドルか何かの様にいつも周りを取り巻かれていた。そんな男がイマイチぱっとしない田舎娘を妊娠させた、なんて噂で一時期巷は持ちきりだった。
女の名は・。彼女は近所のガキの面倒をまとめて見ていた酒屋の娘だった。そのガキの中にオレがいた。彼女が嫁いで姿を現さなくなったのは、オレが八歳の頃。まだ恋も愛も、どうやったら子供ができるかなんてことすらよく分からなかった時、ただならない喪失感に見舞われたということだけはよく覚えている。それが何故かなんて、当時の自分にはわからなかった。だが、今は良く分かる。子供ながらに憧れていたんだ。あの優しい眼差しと優しい声音が、オレは好きだった。頭を撫でる手は暖かく、抱きしめられるとほっとした。今でも夢に見る。
――あんたのそれは、今も変わらないのか?
Go down, go down, go down
何の偶然か、リゾットはと再会を果たした。
リゾットはの顔を覚えていたが、彼が最後に彼女と会ったのはもう二十年も近く前のことだ。彼女の姿をそれ以降見ていない彼が、街の通りを歩きながらに彼女の姿を視界に捉え、果てに確信を持って声を掛けることなど絶対に不可能だ。しかも彼女は故郷のシチリアに留まっているはず。もちろんそれはの結婚生活や嫁ぎ先の仕事なんかが二十年間上手くいっていればの話ではあるが、彼女と再会することになる未来など少しも予見できなかったリゾットにとって、彼女はシチリアの女だった。そして過去の甘酸っぱい思い出の中の偶像のようなものだった。彼は彼女に声をかけられた時、自分が幻でも見ているのではないかと目を疑った。当時の面影を残した、美しい女がそこに立っていた。
もまたリゾットの顔を覚えていた。否、顔、というよりも目と言った方がより正確だ。彼の黒い瞳は生まれつきのもので、かなり特徴的だ。幼い頃の彼からは全く予見できない程、今のリゾットは身長も高く体格も良かったが、そのおかげか街を歩けば人目を引いた。右へ左へと行き交う人波の中における、のリゾット発見までのプロセスは恐らくこうだ。高身長でスタイルのいい男に目が留まり、そのルックスが気になって見てみたら瞳が黒かった。人違いだったらごめんなさい。そんな控えめな声掛けが彼女らしかった。
奇跡的とも言えてしまいそうな再会をふたりが果たしたのは、リゾットが暇潰しにひとりバーへ出かけ、店の軒先で軽いつまみを口にしながら瓶ビールを呷っていた時のことだった。
「……か?」
リゾットの口から自分の名前が繰り出されたことをは喜んだ。若い頃とは顔も何も違うだろうに、もう二十年も昔の近所のお姉さんを覚えてくれていたのか。と満面の笑みを浮かべる。その声をもう一度聞ける日が、その笑顔をもう一度見られる日が来ようとは。口にも顔にも出さなかったが、リゾットもまたとの再会を喜んでいた。
「ママー?その人だあれ?知り合い?」
の背後から、二十歳前後と思しき女が顔をひょっこりと覗かせる。見覚えのある赭茶けた髪と碧眼。恐らく父親似のの娘なのだろう。リゾットがと最後に会った日、恐らく彼女の腹の中にいた子供だ。
「ええ。地元が一緒だったのよ」
「なになに!すごいイケメンじゃん?その目って入れ墨?カッコイイな~!ねえお兄さんもパーティに来ない?友達に自慢しちゃいたい!」
リゾットが唐突な話に呆然として黙っていると、が呆れた様子で娘を窘める。
「ちょっとあなたは黙ってなさい。ごめんなさいリゾット。この子パーティが好きで。ミモザの日にかこつけてまでウチでパーティやるって聞かないものだから……」
「あんた、今こっちに住んでるのか?」
「ええ。この娘の学費稼ぐために。私はあっちじゃ大して役に立てないから……」
困ったように笑うの表情は、どこか憂を帯びていた。若くして農家に嫁いで、きっと姑にはさんざんいびられたのだろう。リゾットは常人の結婚生活がどんなものかなど考えたことすらなかったが、の性格は良く知っていたので、肝っ玉の据わった気の強い農家の姑相手だと少なからず苦労しただろうと想像した。そしてその苦労の中で大なり小なり、家族間で不和が生まれてもおかしくはない。
そんなことを考えながらリゾットがから視線を逸らし黙っていると、彼女は慌てた様子で話を続けた。
「久しぶりに会ったのに、不躾にごめんなさい。でも、もし良かったら、うちでご飯でも食べて行って?この子がパーティに呼ぶ友達の数を多めに言ってた所為で、ごはん作り過ぎちゃったの」
「さ!お兄さん行こう行こう!パーティまであと三十分しか無いの!」
特段用事があるわけでも、夜に仕事に出るわけでも無い。腹も空いているし、ただ飯にありつけるというならそれもいいかもしれない。そして何より、と奇跡的な再会を果たしたというのに、このまま味気なく別れるのも寂しい気がする。パーティ会場に身を置くなんて柄じゃないが、飯を食いながら部屋の隅でと話ができるならそれでいい。
リゾットはそう思い、近くのウェイトレスに金を渡して立ちあがった。すると娘の方がおお、と声を上げる。
「身長たっかー!モデルみたい!」
「……来てくれるの?」
が微笑んだ。リゾットはああ、と一言頷いた。そしてが重そうに抱える紙袋を指さした。
「それは何だ?酒か?」
「ええ。買い出しの仕上げに酒屋に行ってきたの」
リゾットは無言のままオレが持とうと仕種で訴えて、から紙袋を受け取った。ワインやら甘そうなリキュールやら、女が好んで飲みそうな瓶入りの酒を買い込んでいるらしいその紙袋は、やはりずっしりと重かった。どうやら彼が飲めそうなものはあまり無さそうだ。
のアパートに着き、部屋に通される。入ってすぐ右手にキッチンがあり、キッチンカウンターの向こうに大きめのダイニングテーブルが見えた。その上には既にが用意したらしい大皿の料理や取り皿、グラスなんかが所狭しと並べられている。リビングには三人掛けのソファーがローテーブルの前に置いてある。リビングとダイニングがひとつながりになっているので部屋はある程度広く見えたが、余裕を持って自由に食べたり飲んだりバカ騒ぎをするのに、招き入れる人数は八人が限界のようにも思えた。
リゾットが部屋の中に進んで探したのは、とふたり静かに話ができるスペースだ。そんなスペースとして使えるとするならば、ダイニングテーブルとキッチンカウンターの間に置かれた背が高めのスツールだろう、と彼は見当を付ける。ここならパーティに夢中になっている学生たちに背を向けることもできる。
彼にはパーティに参加するつもりなど毛頭無い。きっと若者ばかりで自分が気疲れするだろうし、それはも一緒だろうと思った。その間に酒でも飲みながら、彼女の人生について話を聞いてみたい。もし聞かれるのであれば、彼女にだけは自分の話をするのも悪くはないだろう。もちろん人を殺して生計を立てていることなどを話すつもりは無いが。
定刻を迎え、の部屋には続々と娘の友人――大学の寮生達が集まってくる。ホストの母親がパーティ会場にいると知っても集まるのだから、パーティを乱痴気騒ぎの果てに乱交パーティに貶めるような輩では無いのだろう。たまにどっと笑いが起こることはあったが、大して騒ぐ様子も見せない彼らにリゾットは感心した。彼がよく知るギャングという種類の人間達とは別の人種なのだということで納得する。
友達に自慢すると言っていた割に、の娘は友人たちとのおしゃべりに夢中でリゾットには大して絡みにくることもなかった。リゾットはそのことに内心ほっとしていた。おかげでとの会話に専念できたのだ。ふたりはキッチンカウンター前に据え置かれたスツールに腰掛けて、の手料理に舌鼓を打ちながらウイスキーを飲んでいた。鼻を抜けるフレーバーがひどく甘かった。ハニーウイスキーだ。普通のウイスキーよりも頭に響く味だとリゾットは思った。きっと飲み過ぎると、チョコレートを食べ過ぎた時のような、鼻腔の上っ面から突き抜けて脳味噌に直接訴えかけるような、あの何とも言えない不快感が頭を襲うのだろう。そんな予感がする味だった。
遠い記憶の中のは物静かな少女だった。ぎゃあぎゃあ騒いでわんわん泣いてと忙しい聞かん坊たち相手にも、決して怒鳴ったりせず聞きに徹し、優しく接する光景しか思い出せない。そんな彼女も酒が入ると少し饒舌になるようで、彼女は結婚してからの話をざっくりとリゾットに聞かせた。リゾットは黙ってその話を聞いていた。
やはり予想通り嫁ぎ先の家族とは結婚当初から上手くいかなかったらしい。さらに娘の他にふたりの息子を授かったが、彼女が子育てに農場の手伝いにと忙しくしている間に、夫は度々浮気を繰り返したという。それでも彼女は夫を許し、つい最近まで居心地の悪い旦那の実家での生活を続けていた。今も夫を愛しているかどうか、ということについては言及しなかったが、稼ぎのためとは言え実質別居という形を取っている以上、円満とは言えないのだろう。
の苦労話を聞いて初めて、リゾットは自覚した。自分は何かを期待して、彼女の家に足を踏み入れたのだと。その何か、とは成人した自分が彼女の心に入り込むためのスキだった。
幼年期から現在に至るまで引きずった、終ぞ叶わないと思っていた夢だ。恋だとか愛だとか、それを求めて男女がすることが何か分かり始めた頃、真っ先に思い浮かべた女性が今、何の巡り合わせか目の前にいる。自分にチャンスも何も与えないまま、ろくに青春も謳歌しないで母親になってしまった・という女に、自分をひとりの男として受け入れて欲しい。そんな欲望を抱くのに適切な相手でないことは百も承知だった。だが夫を持っているにも関わらず、街のアパートで一人暮らしをしている時点で、彼女も何か期待していたんじゃないか?その期待が、少しはオレに向けられてもいいんじゃないか?そもそも、一般人の言うモラルなんて物を気にするたちなら、オレは暗殺者になんかなってはいない。
「……旦那はここには来ないのか?」
白々しい。リゾットは内心で自嘲しながらへ問いかけた。答えは分かりきっている。
「まさか。あの人はだいぶ昔に私に興味を無くしてるわ。ここにひとりで住むなんて話をしても、文句のひとつも言わなかったもの」
は寂しそうな顔で、ウイスキーを一口啜った。彼女の幸せを思うのならば、当然一緒になって悲しむべきことなのだろう。だがリゾットにはそれとは正反対の感情が生まれていた。
気づくといつの間にか時刻は二十二時を回っていた。パーティーに来ていた学生がに別れを告げに来る。なぜに?とリゾットは思ったが、彼は背後を振り返って見て納得する。娘は酒に酔ってソファーで寝ていたのだ。パーティーホストがそれでいいのか、と言ってやりたくなる体たらく。だがそれは、リゾットにとっては好都合だった。
寮生たちが帰って行った後、彼女はスツールから立ちあがりどこからかタオルケットを持ってきて、熟睡している娘の体にそれをかけてやった。そこかしこに散らばった皿やグラスを持てるだけかき集めて、はキッチンへと足を向ける。リゾットが片付けを手伝うために立ちあがろうとすると、は客にそんなことはさせられないとやんわりと断って皿洗いを始めた。ダイニングテーブルにもローテーブルにも、まだ汚れた皿やグラスなんかが残っているというのに。自分が客に向かって言ったことと作業効率を無視した彼女の行動に、リゾットは内心笑ってしまう。
酔っているのか?それとも何か、良くない考えを払拭しようとして焦っているのか。リゾットはやはり立ちあがり食器を集め、キッチンに足を踏み入れた。水が流れる音と、カチカチと食器が触れ合う音だけが部屋で響いている。沈黙の内にふたりの距離が縮まった。
の視線は娘の寝姿に向けられていた。すぐ隣には、久しく感じていなかった男の熱がある。リゾットはかき集めた食器を流しの隣――ステンレス製のワークトップに置いた。そして唐突に、目の前で眠っている娘を起こさないようにと配慮された囁くような低い声で、の体を震わせた。
「あんたは今も綺麗だ」
は手を止めた。水は蛇口から流し続けたまま、視線をゆっくりとリゾットの顔へと向ける。冗談を言っているつもりはなさそうだ。彼女は思い出せる限りで、幼い頃のリゾットの性格を懐古した。彼は冗談を言ってはしゃぐような子供では無かった。年の割に大人びていて真面目な性格だった。きっと今の彼もそうなのだろう。ほとんど無表情と言ってしまって差支えのなさそうなその表情には、ほんの少しだけ困惑の色が伺えた。対する自分も困惑している。
「いや……あの男に奪われていった時よりずっと、今の方が綺麗だ」
リゾットの手が、の頬に触れた。頬を指先だけで撫でおろされた後、人差し指と親指で顎先を挟むようにして持ち上げられる。黒い瞳に釘付けになる。は息を呑んだ。心臓が早鐘を打ち始めていた。
「からかってるの?」
がそう言って牽制すると、リゾットの唇がの口を塞いだ。からかっているように見えるのか?とでも言いたげな乱暴なキスだった。は驚いて一度目を大きく見開いたが、ひどく甘いその口づけを拒めないまま、やがて瞳をゆっくりと閉じていった。は唇に押し当てられた舌も容易に受け入れ、リゾットに口内を自由に弄らせはじめる。
(ハニーウイスキーのせいだわ……)
蕩けそうなほどに甘い。きっと自分の口の中もそうなんだろう。とはぼんやりと思った。蜜と蜜が混ざり合うような、濃厚なキス。それはまるで毒のようにの理性を侵していった。
リゾットによって蛇口から流れ出ていた水はいつの間にか止められていた。静寂の中、酔ったふたりの熱く乱れた吐息や、口づけを交わす音が互いを昂らせていく。
だがはまだ完全には、ただの女に成りきれていなかった。ソファーの上で娘が寝返りを打ちうわ言を漏らしたとき、彼女はとっさにリゾットの胸を突飛ばし、濡れた口元を手の甲で拭った。そしてリゾットから目線を逸らしたまま、は自分にも言い聞かせるように小声で呟いた。
「ダメよ。私はあなたとこんなこと……していい女じゃない。……いいえ、もう女じゃないの。母親なのよ」
「あんたが自分をどう定義しようとオレには関係ない」
リゾットは再びとの距離を縮め、首に顔を埋めてキスをする。軽く歯を立てた後舌でなぞってやると、は苦悶に満ちた表情でたまらず吐息を漏らす。
「何故オレを家に上げた?」
はその問いには答えられなかった。ダメだと言いながらも、このまま身体を重ねてしまいたいという、どうしようもない渇望感に彼女は駆られていた。リゾットの読みは当たっていたのだ。再会を果たした瞬間から、お互いに求めあっていた。つまりはそういうことだった。
「……帰れと言うなら、オレは今すぐここから出ていく……」
「待って」
きっと後悔することになる。だからきっと、帰ってもらった方がいいに違いない。だが、このまま孤独に枯れ行く自分の未来を思うと惨めで仕方が無かった。未だに目の前の男の真意は掴めないが、例え仮初めでも愛してもらえるならば、それだけで少しは救われるような気がする。
――今夜だけ。今夜だけよ。
はソファーで眠る娘を一瞥した後、リゾットの手を引いて寝室へと誘った。寝室に入り鍵をかけた後、背を向けたまま動かないでいるの体を翻し、リゾットは再び彼女の唇を貪った。服を脱ぐのに一時的に唇を離すことすら惜しむように、ふたりは荒々しくキスを交す。リゾットはそのままをベッドに追いやって押し倒し体に跨ると、暗い室内で露わになった彼女の体をつぶさに観察した。3人の子供を生み育てた母親の体とは、言われても信じられないほどに美しかった。
「……恥ずかしいわ。あまり見ないで」
はリゾットから顔を背け、両腕を使って胸と下腹部を隠した。リゾットはその両腕の手首を取り上げ枕元へと沈めた。
「何故だ?……こんなに綺麗なのに」
リゾットは綺麗だと言ったの体をくまなく愛撫し、キスを落としていった。頬、首、胸、腹、太腿、脹脛につま先まで。長らく男性に触れられていなかった彼女の体は敏感だ。ただ撫でられてキスをされているだけだと言うのに息は上がり、彼女の中心は熱を持っていく。
「男にこんなことをされるのは、久しぶりみたいだな」
「旦那以外としたことないの」
「……何故だ?何度も裏切られたんだろう」
をそんな風に扱った、あの男が許せない。リゾットはそう思った。きっとはもう夫に愛想を尽かしている。信じられないことに、あの男もをもう愛していないのだろう。ならば、腹いせでもなんでもいい。裏切り返してやればいいんだ。彼女が尚も躊躇い、身を硬くしている理由がリゾットにはわからなかった。
「子供が、隣の部屋にいるのに私……」
ああ、原因はそれか。本当に邪魔だ。邪魔で仕方ない。昔からそうだ。あの娘さえいなければ、そもそも彼女は結婚なんてしなかったかもしれない。自分の元から唐突にいなくなったりなど、しなかったかもしれないんだ。
リゾットは口に出せないそんな苛立ちをぶつけるように、再び彼女に唇を押し付けた。甘ったるい唾液がまとわりついた舌で、の口内を侵していく。
「オレのこと以外考えるな」
息継ぎついでに吐き捨てると、リゾットは再びにキスをする。その間に乳房まで手を這わせ、突端を指先で刺激した。の声にならない喘ぎが鼻から抜けていく。胸をいじられるのがいいんだと気づくと、リゾットは胸元に唇を寄せ、硬くなった乳首を口に含んだ。
舌先でそれを転がされると、しくしくと子宮口だか膣口だかが収縮しているような感じがする。生理的だが、十分に欲を煽ってくる自身の身体の反応には身悶える。彼女はたまらず折り曲げた人差指の第二関節あたりを噛みつけた。声を出さないように。娘に、こんなことをしていると悟られないように。しかし、この理性がいつまで保てるだろう。胸をいじられただけで、まるでセックスで得られる快感に味をしめたばかりの少女のように喘いでしまいそうだというのに。
「早く、いれて……」
リゾットを家に入れたときから、こうなることを期待していたはずなのに、急に怖くなって早く終わらせたいと思ってしまう。手前勝手とわかりつつも、は彼を急かした。
「欲しがるな。まだ早い」
嗜虐的なリゾットの表情に、そして子供の頃の可愛らしい声など少しも感じさせない男の声に、ぞくりとした。優しく、時に胸骨に押し付けるように激しく乳房を揉みしだかれ、突端を舌で、指先でこねくりまわされた。
「っあ、ダメ、やめてっ」
「娘が起きるぞ」
「っんん」
声を必死に押し殺すを面白がるように、リゾットは執拗にの胸を攻めた。きっともうオレを受け入れる準備は十分すぎるほどできているはずだ。だが、まだだ。もっと、彼女が欲情している姿をしっかりと見ておきたい。
ゆっくりとした動作で、リゾットはショーツの際にまで手を伸ばした。恥丘の真ん中あたりから中に中指を差し込んで道なりに這わせた先は、濡れてぐずぐずになっていた。予想通り。彼は人が見ても分からない程度に口角を上げた。最初は表面だけを優しく撫でて、の反応を見る。すると彼女は恥ずかしそうに目を瞑り、リゾットの肩に腕を回して引き寄せようとした。顔を見られたくないという意思がひしひしと伝わってきて、リゾットは敢えて彼女と距離を取ることにした。ショーツを取り去った後、彼女の顎を掴んで天井を向かせ、目を開けろと命令する。
薄目を開き、涙を纏った瞳がリゾットの視線を捉える。抱擁を拒絶され困惑しているのも束の間、指を中に突き入れられ、は久方ぶりの異物感に驚いて大きく目を見開いた。リゾットの長い指は躊躇なく彼女の中を掻き乱す。指の腹で上っ面を押し上げられ、何度も何度も擦られる。
「あ、リゾット、ダメ……そこはっ……」
の制止の声も空しく、刺激を与える指の動きは早くなっていった。くちゅくちゅと淫猥な水の音が寝室に響く。
「っ、あ、出る……出ちゃうっ……っああん、あっ、あっ……ひぁっ」
の背中が弓形に反りあがり、張り詰めた緊張が解かれた。リゾットの手のひらとシーツが無色透明の液体で濡れる。肩で息をして、呆然としているを見下ろすリゾットの顔は、余裕が無さそうに歪められていた。
は夫との味気ないセックスを思い返した。最後がいつだったかなどもう思い出すことすらできないが、少なくとも、こんな快感を得られるほど愛されたことなど一度も無かったことだけは確かだ。そして、自分から奉仕してやりたいと思ったのも初めてだった。はおもむろに体を起こしてリゾットをベッドへと押し倒し、熱く膨張したペニスを取り出した。
彼は片肘をついて上体を起こし、自身の肉棒にしゃぶりつくの顔を眺めた。慣れない様子で必死に舌を這わせ、小さな口を命一杯開いて含む姿が扇情的だ。そして何よりも、幼い頃に自分の世話をしていた歳の離れた女に奉仕させるという背徳感がさらに彼のモノを怒張させた。
「慣れて無さそうなのに、なかなか上手いな」
年下のくせに生意気言うなとでも言いたげに、は悔しそうな顔を見せる。亀頭を口に含み、尿道口に舌を割り入れる。その後も執拗に先端を口で刺激しながら、唾液でぬるぬるとした竿を握り上下に動かした。
リゾットの呼吸が早まっていく。先端から滲み出てきた液体を舐めとって、は彼に跨り自ら反り返ったペニスの先端を膣口にあてがった。彼はそれを制止しなかった。腰に手をあて、狙いを外さないようにと補助してやる。始終余裕のなさそうな顔でいるの瞳を少し見つめた後、口づけをした。そうして目を瞑っているうちに、自身が彼女の中に埋められていく。熱く、かすかに蠢いて、締め付けられる。リゾットは彼女を貫いた快感と達成感に打ち震え、眉を顰めた。
「くっ……っ」
もまた眉を顰め唇をきつく閉じ、内壁を押しのけられていく快感に打ち震えていた。太く長く、そして固くて熱い塊を、重力に抗うようにゆっくりと奥へ埋めていく。突き当たったところで、自分から動こうとしないリゾットの肩を支えにしては腰を上下に動かした。
乳房を揺らし、自ずから快感を植え付けるの姿はひどく色っぽい。相変わらず顔を見られないようにと必死な彼女の顎をすくい、リゾットは涙に濡れたの瞳を見つめた。
「綺麗だ」
「……そればっかり。あんまりぬか喜びさせないで……愛してもらえてるんだって、勘違いなんかしたくないのっ……あっ」
唐突に下から突き上げられ、は再び波打つシーツの上に押し倒される。彼女が主導していた時よりも幾分激しい律動が始まった。快感が突き抜けて胸を締め付けるようで、たまらず声を上げてしまいそうになる。はリゾットの背に手を回し、爪を立てた。声を出さないように自分を律するのに、その行動が必要だった。
「愛してる」
「やめてっ、そんな嘘つかないで」
「嘘じゃない。ずっとだ。あんたがオレの前から消えてからずっと……オレはずっと、ずっとこうしたかったんだ」
「っ……信じない」
リゾットは果てしない劣情に身を委ね、何度も腰を打ち付けた。の話はほとんど聞いていなかった。今まで押し殺していた感情が溢れ出す。そして自身の口から零れ落ちていく言葉を制御することなくそのままに浴びせかけた。まるで我慢の効かない子供の様だ。そしてまるで子供の様に彼女にすがる。
「やっとその願いが叶ったんだ……。これが最後だなんて、言わないでくれ」
果てたくない。ずっと繋がっていたい。二十年近く押し殺していたんだ。そして今夜たった一日繋がれたってだけじゃ、足りる訳が無い。
「リゾット……」
悲壮な面持ちだ。青年の行き場の無かった思いを一心に受けるは、彼のそんな顔を見て胸が張り裂けてしまいそうだった。
「私なんかでいいの……?」
「あんたじゃないといけない。愛してるんだ、……愛してる……」
八つも年齢の離れた青年に求められている?これを自身に舞い込んだ幸運だと言ってしまうのはあまりにも背徳的だ。自分には夫も子供もいる。そして夫以外の男と寝ている傍に、今、娘がいる。こうして女として求められている現状に甘んじてよがっているなどと娘に知られたら、彼女は一体何を思うだろう。
はそんな良心の呵責に苛まれながらも満たされていた。男性を愛し、受け入れ、その幸せを享受することなどもう二度とないだろうと諦めていた寂しい心が、途方もない愛で満たされていた。ひどく幸福だと思えた。だから彼女も、次を望んだ。
――そしてまた後悔することになるんだろう。
抜け出せない甘い罠にかかってしまった。汗ばんだ熱い胸板に頬を寄せながら、は暖かなリゾットの体に身を委ね思った。行為を終えた頃には、拒絶すべきと頭で理解していたはずのその熱が離しがたかった。
こうして彼女の愛欲に溺れる日々が始まった。不毛な慰め合い、許されざる背徳。例え世間的にそう揶揄される関係だとしても、体を重ねるごとに、彼女はリゾット・ネエロという青年を求めずにはいられなくなっていった。
まるで甘く美味なハニーウイスキーが止められず、酷い酔いで自滅していくように。