部屋の白壁に見る虚構と真実

 プロシュートに部屋に呼ばれた。一緒に映画を見ようって。

 え? 何。変なこと考えてるだろって?

 そんなバカな。考えてなんかない。私なんかが、おこがましい。彼の隣を歩くにふさわしい美女なんて、世界中探したって指折り数えるくらいしかいないんだから。絶対に私なんか恋愛対象外だし。あの、自分に厳しく他人にも厳しい、歩く規律、みたいな人が、女を――しかも仕事仲間を部屋に呼んでどうこうしようなんて思ってる訳が無いもの。

 でも、ほら。妄想するだけならタダだし? ――って考えてるじゃん。自分ですぐに気付けた訳だから、私ってば素直でいい子。

 でも、素直ないい子でいるのは内側でだけ。だって、最初から行く行くって軽い感じに答えたら、言動の通り軽い女って思われかねないでしょ。他の誰にビッチって思われたって構わないけど、プロシュートにだけはそうは思われたくないじゃない。と言うか、このチームで部屋に呼ばれて危険じゃないのってプロシュートかペッシくらい。そもそもペッシは絶対に部屋に呼んでくれない――彼はめちゃくちゃシャイだから。そんな彼がかわいくてもっと仲良くなりたいんだけど、彼には何故か距離を置かれている気がする――から、私がこのアジトでお呼ばれして行くにしたって――お呼びがかかるかどうかはまた別の話だけど――プロシュートの部屋以外には無いわけだ。という結論が出ているんだけど、さっきも言った通り、最初は突き返さなきゃね。

「……リビングじゃダメなの?」

 私が言ったのはあの、いつもサッカー中継ばっかり映してるリビングにいるポンコツ君のこと。たまに映りが悪くなって、ホルマジオに頭を叩かれてるあいつ。でもちゃんとカラーではあるし、映画一本満足に鑑賞しきれないほどのポンコツってわけでもない。それに、あれはニュースかサッカー中継を見るためにある、みたいな位置づけなのか、ビデオデッキはついてない。でも今どきビデオデッキなんか安くで売ってるし、できないことじゃない。だけど彼は首を横に振った。

「あれじゃあダメだ」

 どうやら画質か音質か、鑑賞する環境にはこだわりがあるらしい。正直、プロシュートのこだわりには心の底から感謝した。だって、それもそうだなって折れられたら、有頂天の私は一気に天国から地獄だもん。

「部屋の壁が白いだろ」

 唐突に始まった壁の話。私は何の話を始めるのかと首を傾げて続きを待った。

「だから壁をスクリーンに、プロジェクターを映写機代わりにしていつも映画見てんだ」
「うわ、素敵。なんかツウっぽいね」
「まあな」

 プロシュートが映画マニアみたいな話は、今まで聞いたとき無かったけど。とりあえず、彼の意外な一面が垣間見れたようで嬉しくなる。

 ちなみに私はといえば、そこそこ映画は好きな方。たまの休みにお金に余裕があればひとりで映画を見に行ったりするの。まあ、流行ってるのとか、話題になってるのを見るくらいのミーハーだから、全然ツウじゃないんだけどね。

「で、来んのか?」

 ふたりで夕食の買出しに行った帰り道。夕焼けのなかまるで恋人同士みたいに――これは私の妄想だけど――肩を並べて歩いている時のこと。プロシュートがふいに私の方へ顔を向けた。

 プロシュートはどこから見ても完璧だけど、私は長いまつ毛が長いと分かって、きれいな鼻筋がきれいだって分かる横顔がとても好き。近くに彼がいると、ついつい目で追ってしまう。だって、どっちも私よりきれいで、見ているだけで幸せになれる。そう。プロシュートは私にとって、手をいくら伸ばしても手には届かない、高嶺に気高く咲く花だ。

 そんなプロシュートが顔を横に向けて、ぼうっとしていた私の腕を軽く肘でつついた。

「おい。何呆けた顔してんだ」

 つつかれたところが変に熱を持ったように感じた。つつかれたってことは、体をこっちに寄せられたってこと。そう気付いた途端に顔が火を吹きそうなくらいに熱を持つ。夕焼けの中だし、たぶんそれはプロシュートにバレてない。バレてない……はず。バレていませんように。

 なんか面白がられてるけど。

「行っていいの?」

 私なんかが。と、心の中で付け足して聞いた。

「オレがおまえを誘ってんだから、いいに決まってんだろ。何言ってんだよ」

 プロシュートは私の頭をワシャワシャとかき混ぜながら言った。あーもう。せっかくセットしたのが台無しじゃない! 一体誰のために、たかが買出しでここまでおめかししたと思ってるの?

 ぐちゃぐちゃにされた頭をできる限りで元に戻しながら、私は気付いた。全部、自分のためだ。プロシュートの隣を歩いていて恥ずかしくないように。彼に迷惑をかけたくないし。背伸びしても届かないような高嶺に、少しでも近づきたかった。滅多に履かないハイヒールなんか用意してね。

 だからプロシュートに誘われた時、本当に、自分は今天国にいるんじゃないかって言うくらい嬉しかった。頑張った――いや、現在進行系でめちゃくちゃ頑張ってる。死ぬほど足痛いから――甲斐があったって。だって隣を通り過ぎる人という人、男女問わず、みんな振り返るようなプロシュートにだよ。聞いて聞いてって、女友だちがいたら言いふらしてた。幸い、言いふらせるようなお友達なんかいないけど。

 それにさっきの買い出しで、私は目撃してしまったのだ。プロシュートがあるものをカートに入れているところを。へーそんなの食べるんだって意外に思ったあれが、買い物袋の中に入ってる。そう、ポップコーンだ。塩味とキャラメルでコーティングされたのが一つずつ。彼の部屋での映画鑑賞に誘われた今なら分かる。あれは今日、映画を見ながら食べるつもりで買ったんだ。精製された砂糖は老化の元だって口酸っぱく言ってるし、あんまり甘い物を食べてるイメージのないプロシュートが、キャラメルポップコーンを買ったんだ。それって甘党な私のために買ってくれたんじゃないかって思う。

 だから断るなんて、なんかちょっと可愛そうじゃない? うーん。可愛そうとか、何様?

「どんな映画?」
「見てのお楽しみだ。オレもよくは知らん」
「ホラー?」
「いや。……なるほど、それでも良かったかもな」
「ん?」
「いや、何でもねぇよ」
 
 微笑んで、プロシュートは前を向いた。気付けばもうアジト前の通り。あと百メートルも歩けば着いてしまう。

「ほら。来るのか来ねーのか、はっきりしろ」

 アジトが目の前に迫ってきて焦ったのか、プロシュートはまた私の頭をぐちゃぐちゃになでまわしはじめた。わしゃわしゃ攻撃の間、彼の行き交う腕の間から垣間見えた顔が、少しだけ赤くなってるように見えた。何か恥ずかしがってる? プロシュートの意外なカワイイ一面を見た気がした。
  
「行きます、行きますってば、だから頭をぐちゃぐちゃにしないで」
「よし」

 私はやっとプロシュートの手から頭を解放される。髪を乱されるのはアレだけど、頭を撫でられてる気がして、それはそれで良かったな、なんて名残惜しく感じた。

「なら、メシのあと好きな飲み物持ってオレの部屋に来い」

 そう言って、プロシュートは玄関のドアを開けてくれた。ああ。どこまでも紳士的。こんな私でもきちんと女性扱いしてくれるんだから、プロシュートはきっと博愛主義者だ。

「ああ、おい。楽な格好してこいよ。結構長めの映画だからな」
「はーい」

 こうして私はキッチンに立った。プロシュートの部屋で、ふたりきりで映画鑑賞をするという、突然舞い込んだお誘いに胸を踊らせながら。



 当然と言えば当然なのか、プロシュートの部屋は整然としていた。とは言っても生活感はしっかりと感じられる程度にだ。乱れているところなんかはもちろん無い。環境の乱れは心の乱れと、まるでドイツ兵みたいなことをいつも言っている彼らしい部屋だ。

「いつまでボケっとそこでつっ立ってるつもりだ?」
「あー、うん。部屋が綺麗で……さすがだなって」

 あと、ありえないくらい心臓が大きな音を立てていて、これが聞こえてるのって、私だけ? そんな疑問と心配が沸き起こっていたから。

「ここ、座れよ」

 そう言って手招きされたのは、プロシュートのベッドの上。向かいにはテーブルと、その上に映写機代わりのプロジェクターが乗っていた。

「おじゃましまーす……」

 私はおずおずとベッドに向かい――ああ、待って。今まであんまり考えたこと無かったけど、プロシュートの寝姿ってきっと世界一美しいよね――ゆっくりとマットレスにおしりを乗せた。なんか、プロシュートのベッドという神聖なものにおしりを乗せるなんて不敬に値する気がした。……変なの、普段こんなこと考えないのに。普段ならね。今のこの状況って全然普段じゃない。私にとっては、映画のワンシーンっていうくらいのあり得ないことだ。

 私があれやこれやといろいろ考えてぼけっとしている間に、プロシュートはてきぱきと準備を進めていた。どこからか引っ張り出されたらしいビデオデッキとプロジェクターはすでに赤や黄色、白の絶縁キャップを被った端子同士で繋がれていて、今はプロジェクターの傾き加減を確かめたりしている段階だった。そうしていい具合に調整された後、最終的に明るい部屋の白壁にはブルーの画面が映し出された。プロシュートは、近くのレンタルビデオ屋が貸出しのときに使う紺色をしたナイロン製のバッグから、一本のビデオを取り出してデッキに挿入し、再生ボタンを押した。

 映画が始まると、プロシュートは部屋の入口までいって壁の照明用スイッチを押す。一気に部屋は暗くなり、前のプロジェクターから出てくる光だけが部屋を照らす。スクリーンとプロジェクターの間を横切って私のそばに戻ってきたプロシュートは、私のすぐ隣に――ベッドの縁に背中を預けて床に座った。

 こんな、薄暗い閉ざされた空間にふたりきり。そもそも男の人とそうなるのが初めてだし、相手が相手なだけにドキドキしかしない。緊張で喉はすでにカラカラなんだけど、喉が乾いた時のためにって思って持ってきた缶ジュースに手も付けられず、ぬるくなっていく一方。――ああ、つまり、身動き一つ取れないくらいに緊張してるってこと。映画の内容なんてほとんど頭に入ってこない。

「おい、飲むつもりで持ってきたんじゃねーのか?」

 私の緊張を悟ったのか、ただの何気ない気遣いなのかは知らないけど、プロシュートが缶ジュースを手に取って私に手渡した。

「あ、ありがと」

 あー助かった! 喉カラカラだったんだよね。なんて心のなかで言いながら、私はタブを引いて缶を開けた。その後すごい勢いでごくごく飲んだ。そうしてすこし緊張がほぐれて落ち着いて、やっとのことで少しだけ映画に集中できるようになった。

「わりぃ。床が固くてケツが痛くなった。隣、寝転がっていいか」

 途中でそんなことを言われて、また私は変に緊張しはじめる。

「も、もちろん。これはあなたのベッドだもん! 当たり前じゃない!」

 ちょっと上ずった声で私は言った。あーやばい。絶対変なやつと思われたぞこれは……。なんて、もっと自然に振る舞えなかったものだろうかと後悔までし始め、気が重くなる。プロシュートは壁にクッションを立てかけて、そこに頭を乗せて寝そべるようにしていた。私は同じ壁に背中を預けて映画の映る白壁に視線を固定していた。そうしていても私の全神経は映画でなくすぐ隣のプロシュートに集中している。多分暗いからなんだろうけど、視覚以外の感覚が過敏になって、プロシュートの息遣いとか、熱とか、普段は全く意識しないようなもの意識して感じ取ってしまう。全くもって、映画どころの話ではない。

 そう思っていたのに、今度は映画の方に意識が持っていかれる。盛大にベッドシーンが始まったのだ。膝を抱える手に力が入る。ごくりと喉を鳴らさずにはいられなかった。そして、早く終われ早く終われと願う。見なきゃいい。まぶたを閉じて見なきゃいいんだけど、何か意識してるってプロシュートに思われたくなくて、私は平静を装おうと必死になった。全然装えてないけどね!

 私だけで見ていたならどうしたか? 当然、どうとも思わなかっただろう。私だってね、経験が無いわけじゃないし、今目の前で繰り広げられていることを嫌悪しているわけでもない。そりゃあ、愛する人と愛を交わせるなんてとても幸せなことでしょうよ。でもだからって今ここでおっぱじめなくてもよくないか。空気を読め。

 ……それにしても長い。ぬれ場が長すぎる。私はこんな映画見たことない。そう、私はテレビコマーシャルで宣伝されるような映画しか選んで見てこなかった。たぶんこれは、俗に言うB級映画で、興行収入より自分の頭の中の空想世界を表現することに重きを置いているやつだ。監督が自分の好きな映画を好きなように作った結果だ。創作の鏡。本来創作とはこうあるべきだよね。大衆の受けを狙いにいったらイノベーションは生まれないからね。でも今はほんとやめて?

 ……ポルノでもやりたかったんだろうか。――ぬればは続くよどこまでも――今までのくだりはすべて、このシーンのための前置きだったのだろうか。意識があっちへ行ったりこっちへ行ったりしていた私には、監督の伝えたかったことが何なのかを全く汲めずにいた。

 やっとのことで問題のシーンが終わると、私はついついふっと息を抜いて壁に背中を預けてしまった。

「ふっ……ぷ、くくくッ」

 すると隣から、笑いをこらえきれなかった人の笑い声が聞こえてきた。

「な、なに、どうしたの」
「いや……ッ、おまえがあんまり緊張してるもんだから、そっちに意識が持っていかれちまってな」

 やっぱりダメだった! 私は動揺を全く隠しきれていなかったらしい。

「なあ、おまえってウブなのか?」
「……ご想像にお任せします」
「はあ。……ダメだな」

 何が? そう言い返そうと思った矢先、私はプロシュートに押し倒されていた。ベッドの上に。まるでカラテの技みたいに、素早く、そして力強く。そうと分かったときからまた、もともと早鐘を打っていた心臓がうるさいくらいに高鳴りだした。

 映像に合わせて暗くなったり明るくなったりするプロシュートの顔はどこまでも色っぽくて。どうしてこんなに美しい人に私は見つめられているのだろうと、その原因を考えるよりも、もっと見つめていたいとか、逆に早く開放されたいとか、そんな思いばかりが頭に浮かぶ。そしてどっちの気持ちも同じくらいに膨らみ合って爆発しそうでわけがわからなくなってくる。訳がわからないけれど体の方は至極本能的で単純な反応を示していた。私は喉の引きつったような感覚と相変わらずうるさい鼓動を感じながら、プロシュートから目が離せずにいた。

「気になって映画どころじゃなくなっちまった」

 映画は流れたまま、話は私たちを置いて進んでいく。私は現状からどうにか抜け出そうと、わざと映画の話が気掛かりなふりをすることにした。

「お話、分かんなくなっちゃう」

 そう言ってプロシュートから顔を逸らすと、下になろうとする私の頬にプロシュートの手のひらが滑り込んできた。そのまま優しく持ち上げられて、顔は正面に戻る。
 
「ふん。オレの見立てじゃあ、オレが隣に寝っ転がった頃から、おまえは映画どころじゃなくなってた。違うか?」
「っ、違うよ」
「嘘つけ。じゃなんで、リリーはジョシュアを裏切って、マイケルとセックスしたんだ?」

 頬に手は当てられたまま。静かに、深みのある声で優しく問われて、私の心臓が飛び跳ねた。皮を突き破って出ていくかと思うほど。やめて、やめてやめて! これ以上、私をいじめないで!
 
「……あ、あの、恥ずかしいんだけど」
「おい、問題に答えろよ。恥ずかしがってないで」

 あれはリリーの裏切りだったの? というか、ジョシュアってそもそも誰だっけ。いくら考えてもわからない。抜き打ちテストには不合格となりそうだ。
 
「ごめんなさい。わかりません」
「ほらな。オレの見立ては正しかったってことだ」
 
 そう。その通りです。リゾットの次に古株のプロシュートは、暗殺のプロ。洞察力に優れていて、些細なことにもよく気が付く男。そんな彼が、すぐ隣にいる私の動揺を察せないわけがなかった。

 けど、ちょっとまって。だから何だって言うの? それを突き止めてあなたは何がしたいの? どうしてこんな状態がずっと続いているの?

「なあ。。おまえは何で、オレが隣に来た途端、普通じゃいられなくなった?」

 そう。こんなふうに、質問っていうのは言葉に出さないと質問にはならない。自分にする質問じゃなかったら、声に出すのは鉄則というのは言うまでもない。だから私は一方的に質問攻めにあうばかり。プロシュートの部屋――つまり私にはアウェーで、彼の独壇場だからって、攻撃ばかり許していていいの?

「そ、それは。男の人の部屋に入るのが、初めてで」
「その男ってのがオレだから、だろう?」

 さっき頭に思い浮かべた質問を、ちゃんと三連発で口にできていたらこんな卑怯な質問はされなかったかも。そんな後悔が沸き起こる。

「自信満々なんだね」
「そりゃあな。おまえをこの部屋に招き入れることに成功した時点で、オレは勝利を確信したからな」
「ねえ。それって一体、なんのゲームなの?」
「ゲームなんかじゃあねーよ」

 そう言って、プロシュートは私の頬に当てていた手のひらを頭の方へ滑らせていった。彼の長い指は私の髪の毛の束をかき分けながら後頭部へ回り込む。ぞくぞくとした快感が、背筋を通って全身へ広がっていった。興奮を悟られたくなくて、私はとっさに目を逸らしたけど、時既に遅しなのは言うまでもない。私はもう、逃れられない。

「オレにとっては真剣勝負だぜ。生死のかかったな」
「なに。じゃあ私はこれからグレイトフル・デッドで直触りにあうってわけ?」
「いいや。……オレがだよ。この真剣勝負に負けたら死んじまうってくらい傷付く。オレはな、。おまえのことを――」
『愛してる』
『ああ、私もよ。ジョシュア――』

 聞こえてきたのは映画の中のセリフ。私はついつい、目を大きく見開いてしまった。

「……ま、まさか」

 そして、そう呟いてしまった。まさか、プロシュートが私のことを愛してるなんて。

 プロシュートも私と同じように目を丸くしていた。そしてふっと息を吹き出して、優しい微笑みを浮かべて言った。

「そのまさか、だぜ。。オレはおまえのことを愛してるんだ」
「嘘よ」
「オレは嘘はつかねぇ。よく知ってるだろ」

 私はゆっくりと頷いた。

「愛してるって言われたら、何て返すんだ?」
「……あ――」

 言っちゃうの? 今までずっと、言わずに我慢していた思いを、今ここで。なんて軽はずみな動機なの? でもきっと、この機会を逃したら、もう二度と言うチャンスには恵まれない。それに、私のこの思いに軽率さなんて少しも無い。私の――今日まで、一度だって報われるはずと期待したことなんて無かったけど――この、プロシュートへの思いだって、真剣なものだ。

 私はだいぶ長いこと言い淀んで間を置いた。プロシュートは待ってくれた。――そんな優しいところも、どうしようもなく好きだった。

「愛してる」
「主語と目的語がねーな。やり直し」
「私は、あなたのことを――」
「もっと具体的に」
「私は、プロシュートのことを……愛してる」
「よく言えたな、。これはそのご褒美だ」

 私の告白を聞いてプロシュートはまた、優しく微笑んで私の頬にキスを落とした。喉がきゅっと縮み上がって、息が止まってしまいそうだった。

「……なんだ、物足りなさそうな顔しやがって」
「そんな顔、してません。……嬉しくて、恥ずかしくて。真っ赤になった顔、見られたくないだけ」

 そう言うと、プロシュートは何か大切なものでも愛でるみたいに――ついさっき大切だって、愛してるって言われたはずなのに、まだ虚構の中にでもいるみたいに錯覚している。信じられない――私の頭をゆっくりと撫でた後、半身を抱え起こして抱きしめた。

「なあ、。今夜はずっと、ここにいろよ。帰したくねーんだ」
「そ、それは――」
「嫌か? おまえが嫌だって言うなら無理にとは言わねーがな」

 言葉とは裏腹に、プロシュートは私を解放しようとはしなかった。ああ、ダメ。この香り、いつも微かに感じていたプロシュートの香水の香りが、彼自身の香りと一緒になって私をふわりと包んだ。どうしようもない安心感と温かさ。――私だって、帰りたくない。

「嫌じゃ、ないよ」
「そうか。それは良かった」

 ちらと見えた白壁のスクリーン。物語の終わりを告げる白の三文字が黒い背景に浮かび上がっていた。私は急に不安になって、しがみつくように、プロシュートを抱きしめ返した。

「お願い、プロシュート」
「ん? どうした」
「もう一回、言って? あなたの気持ちが、嘘じゃないって……言って聞かせてほしいの」
「何度だって言うさ、

 プロシュートは優しく体を引き離すと、私の目を見つめて言った。

「愛してる。。オレはおまえのことを、心から愛してる」

 その真剣でどこまでも真っ直ぐな眼差しは、プロシュートの思いが本物だと――物語はこれから始まり、続いていくのだと、私に教えてくれているような気がした。




(fine)