暗殺嬢は轢死したい。
Side Story

「そんなに着込んでないから大丈夫よペッシ。すぐに終わるわ。それに、下着まで脱がせてなんて言わないから安心して」

 海に落ちてずぶ濡れになったが身に着けていたのは、通気性のいいグレーのスポーツブラジャーと、それとセットで売られていた同じ生地のショーツだ。男性に見られることになるとは少しも思っていなかった彼女の、色気も何も無いそれ。だが今回に限っては選択を間違っていなかった。ボクサーパンツで興奮する男などいるはずがない。多分。と、は安堵した。

 一方では只ならぬ自責の念にかられていた。恐らく、女性と肉体関係を持ったことが無いであろう10代のペッシに、あろうことかこんな形で女性の服の脱がし方について手ほどきすることになろうとは。いや、こんな形でも何も、そもそも彼女がペッシにそんな手解きをする理由も予定も微塵も無かった。なので、は自分が何か犯罪めいたことをしでかしているのではないかとイケナイ気分になっていた。

 ちなみにペッシはつい最近成人を迎えているので、例え、万が一、がペッシに性的行為を強要したとしても犯罪にはならない。がしかし、カワイイ弟のように思っている彼に、よもや濡れそぼった自分の体に纏わりついている服を脱がせてくれと頼むことになるとは、彼女は海に落ちて引き上げられ、身体が全く動かないことを認知するまで少しも思わなかった。

 は釣り竿――ペッシのスタンド、ビーチ・ボーイで魚の様に防波堤の上へと引き上げられた。どうやらそのスタンドが装備している釣糸に与えられた衝撃は、そのままターゲットの体に跳ね返ってくるらしい。ペッシ曰く、慌てて彼女を釣り上げた衝撃で釣糸が張った結果、体にそのダメージが与えられたのだという。たったそれだけで身体が少しも動かせない程にまでなってしまうというのだから、彼の能力は中々に侮れないし、今後の成長が楽しみだ。はプロシュートがペッシを可愛がっている理由が分かった気がした。小さな芽を出しているだけの苗だった植物が、やがて大きな木となって果実を実らせるまでに成長していく様を観察するのは楽しい物だ。

 ……いや、別にペッシのことを植物と思っているわけではないのだけれども……。

 は尚も真顔で氷漬けにでもなっているかのように固まったままのペッシをじっと見つめた。

「どうしても……できそうにない?」

 ならば仕方ない。そもそも自分が気を抜いて、大物かどうかも分からない水面下の魚ごときに海へ引き込まれてしまったのが悪いのだ。

 が諦めて、自分の持ってきたリュックサックの中にある大判のフェイスタオルを取る様に言おうと口を開いた瞬間、ペッシの手が、上着のジッパーの持ち手に添えられた。は鎖骨の間の少し下あたりにいくばくかの圧力を感じた。

「いや。の姉貴に風邪は……ひいてほしくない」

 そう言うペッシの手で、ゆっくりとジッパーが降ろされていく。ぎこちなくもどこか男らしく感じる彼の表情。そんな彼がごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。彼も彼でかなり緊張しているようだ。そして自分の心音も五月蠅い。はいつになく自分の心臓が高鳴っているのを感じた。ゆっくりと彼女が身に纏っているマウンテンパーカーの、前のジッパーが開かれていく。

 うなじに当てられたペッシの二の腕は固く、逞しい筋肉が骨を軸に纏わりついていることがにはよく分かった。ペッシの親指が、パーカーを剥ぎ取ろうとして彼女の胸元を掠めた。彼女は声を出しそうになるのを懸命に堪えて、目をつむった。まるで、自分を抱こうと身ぐるみを剥がそうとする男の腕の中に納まっているような感覚だ。

(ダメよ、私ったら……何考えてるの)

 眉間に皺が寄るほどに目を固く瞑っていると、何か癇に障るようなことでもしただろうかと、ペッシが心配そうにを見つめた。が、彼女を抱くペッシの腕には、寒さに凍え震える彼女からの振動が伝わっていた。早くタオルで拭って、乾いた服を着せてあげないと。とペッシは思った。

 パーカーを彼女の上半身から剥ぎ取る。露わになったのは長袖のTシャツだった。これは腹からたくし上げるようにして脱がせなければならない。ペッシは一度の体を防波堤のコンクリート上へ寝かせ、自然と彼女の体に跨った。くびれ部分の素肌に、ペッシの手が触れる。

「んっ……」

 顔を赤くして声を喉から漏らす。そんな彼女を前にしてペッシもまた顔を赤くさせた。

「ご、ごめん……」
「い、いいえ気にしないで、そのまま続けて。この下はもう、下着だけだがら……あとはもうタオルで身体を拭いて、替えのTシャツ着せるだけよペッシ……頑張って」

 下着と聞いてペッシはまたも顔を強張らせる。

「まだ、身体全然動きそうにないのかい?」
「……ごめんなさい。全然動きそうにないわ。……下着って言ったって、色気も何もないのだから気にしないで。こんなことになるんだったら、もっとカワイイの着けてくれば良かったって、後悔するくらいのものだから」

 そう聞いてこくりと頷くと、ペッシはのくびれより少し上の部分まで服をたくし上げながら手を上へ向かってスライドさせ、彼女の上体を持ち上げた。完全に脱力しきっている体を持ち上げるのには相当の力が必要になるが、男に比べれば華奢な彼女の体は軽く、ペッシの腕力にかかればどうと言うことは無かった。項垂れたの上半身がペッシの前面にもたれかかる。の顎が肩にかかり、彼女の吐息がペッシの耳もとにかかる。当然、ペッシの心臓は今まで経験したこともにない程にバクバクと音を立てており、にもそれが聞こえていた。あまり羞恥心を煽るようなことを言うのは賢明ではないだろうが、初心なペッシがそんな反応を見せてくれるのが嬉しくて、彼女はついペッシに話しかけてしまった。

「すごくドキドキしてるみたいねペッシ」
「――っ!よ、よしてくれよ姉貴。耳元で声出さないでくれっ」
「ごめんなさい。でも、ドキドキしてるのは私も一緒だから安心して」

 のそんなコメントを聞いたところで、ペッシは少しも安心できなかったが、きっとやってしまえばなんてことは無いはずだと自分を鼓舞し、彼女の体から一気にシャツを剥ぎ取った。べちゃりと地面へシャツを投げ、のうなじに手のひらを添えて一旦横たえさせる。そうして彼はタオルと着替えをリュックの中から取り出した。

 なるほど。確かに、スポーツジムなんかに行けばよく見る格好だ。とペッシは思った。だが、何とも思っていない女性のそれではない。目の前にあるのは、アジトで皆が虎視眈々と狙っている女性のそれなのだ。いつもよりも多分に露出している絹のようになめらかで柔らかそうな肌。海水に濡れたその肌を、自分はこれからタオルで撫でまわさなければならない。そう思うと眩暈がしそうになった。

「まだ動かないんだよな?」
「ええ。まだ全然」

 ペッシは落胆した様子で彼女の傍に座り込んだ。

「そんなにイヤそうな顔されるとショックだわペッシ」
「あ……いや、イヤとかじゃなくてさ。ただ自分が情けなくって……」
「どうして?何がそんなに情けないの?」
「この年で女と寝たこともないのかって思ってるだろう?経験があれば、こんなことでわざわざ動揺しなくて済むのになって思ってよォ」
「そんなことないわペッシ。まるで経験値稼ぐみたいにたくさんの女の子と寝ればいいってもんじゃないんだから。それに貴方の年齢で手慣れてたら逆に引くわよ」
「そんなもんかな……」
「少なくとも私はそう思うわ」

 まあ、がそう思うならいい。この際覚悟を決めて早く終わらせよう。ペッシは彼女の上半身を再度持ち上げ自分の膝の上に乗せると、頭部をタオルで覆った。

 美容室に行くと味わうことになる感覚だ。優しく頭部を撫でられると心地が良い。は目を閉じて、その心地い感覚に身を委ねた。ある程度水分が拭い取られると、今度はタオルを纏ったペッシの手が首から徐々に下へと向かっていく。両腕と背中と胸より下の腹部をざっと拭き終わると、ペッシは替えのシャツを手に取った。明らかに胸を避けたその動きを受け、は笑って茶々を入れた。

「胸とショーツの部分はいいからね。通気性がいい生地だから、もう乾き始めてるし。まあ、あなたがしたいならしてくれて構わないけれど。私が変な気を起こしそうになっちゃう」
「わ……!分かってるよ!だから、もう服着せようとしてるんじゃあないかよォ!」
「ああ、怒らないでペッシ!カワイイわペッシ大好き」
「茶化してるようにしか聞こえねぇ……」
「あら、あなたのこと大好きなのは本当よ」

 は顔を真っ赤にさせて狼狽えるペッシの顔を見てにんまりした。
 ペッシには分かっている。自分に向けられるその言葉は、自分のことを弟か何かのように思っている彼女の感情でしかないということを。服を剥ぎ取られようとも、ドキドキしていると口では言っているが、自分をひとりの男として全く認識していない。これが自分以外の誰かならどうするつもりなんだ?

 だが、海から助け出すことで彼女が全身疲労を起こしてしまう事態に陥るのは自分の能力だけ。そもそも他のメンバーなら、は自分で着替えを済ませられる。やっぱりこんなことになっているのは自分のせいだという結果に行きつき、尚更に情けない気分になったところで彼は考えることを止めた。

「ズボン、脱がすよ」
「ええ。お願い」

 青い空が夕焼けに染まりつつあった。は仰向けでその空を眺めながら、ペッシが彼女の尻を浮かせるために、太腿の下のあたりに膝を敷く感覚に身悶えた。

 ダメダメだめだめ……。変なこと考えちゃダメよ

 その間は、何度もそう自分に言い聞かせる。だが、今自分たちは、傍から見れば完全に正常位で混じりあわんとする男女の格好になっているはずだ。

 ペッシよ。かわいいペッシなのよ?彼のことそんな風に思っちゃダメよ!こんなこと考えてるだなんてプロシュートに知れてみなさいよ!殺されるわ!死なないけど!

 きっと自分が変なことを考えて死にそうなくらいにドキドキしていることなどペッシは知らないのだろう。今はそれだけが救いだ。などと思いながら、は必死に平常心を保とうとしていた。

 ペッシの手がカーゴパンツの腰紐を解き、ズボンを引き下げようと腰骨に触れる。尻の突き出た部分を穿き口が過ぎると、ペッシは身を引くのと同時にズボンを引き下ろした。

 この前ギアッチョと洗車する前に買い物に出かけた時、が穿いていたショート丈のジーパンみたいなものだ。前に見てる。あの格好を初めて見たときもかなり衝撃的であったのは確かだが、初めてじゃない。落ち着け……。ペッシはそう念じて、ショーツが覆っているところ以外をまたタオルで拭き始めた。

 対するは、太腿から下へ向かって足をなぞられる感覚に身悶えていた。身悶えると言っても身体は動かせなかったが、肌が粟立つ感覚があった。これにはたまらず彼女も声を上げてしまう。

「んっ……くすぐったい」
「……姉貴。頼むからへんな声出さないでくれよ……」
「ごめんなさい。男の人にこんなことされるの久しぶりだから」
「やめてくれよ!そーゆーとき何するかとかよくわかんねーのにっ!知っちまったじゃあねーか!!」
「ごめん、ごめんなさいペッシ!気を悪くしないで!」

 拭き残した部分は無いかとペッシに聞かれ、の大丈夫そうだという答えを聞くと、ペッシは彼女に乾いた方のパンツを穿かせた。これで帰途に就く準備が整った。後はを背負ってアジトまで帰るだけだ。

「まだ力入らないかい?」

 そう言われては手や足を動かそうと試みる。やっと指先を動かせる程に回復はしたようだが、依然として大々的に体を動かせるほどの力は入らない。

「うーん。無理そう……」

 こうなると、ペッシに背負われても落ちないようにと腕に力を入れることもできない。釣り竿は一本無くなっているので荷物は減るには減ったが、大丈夫だろうか?は心配そうにペッシを見やった。
 
「荷物のことは大丈夫、何とか全部担いで帰れそうだ」

 ペッシは荷物をまとめると、の持参したリュックだけを仰向けになっている彼女の胸のあたりに置くと、肩紐をの腕に通して固定した。

「こいつだけはこうやって持っててくれるかい?」

 が頷くと、ペッシは彼女の体を横抱きにして持ち上げた。

「ありがとうペッシ。本当に、無理させちゃってごめんなさい」
「……いや、オレが悪いんだ。後先考えずに動くなって兄貴にはよく叱られるのに」
「いいえ。私が魚なんかに引っ張られて海に落ちちゃったのがそもそもいけなかったのよ。ああ。ペッシ。本当にごめんなさい……。私、嫌われて当然よね……」
「姉貴ィ……。オレ、ほんと情けねェよなァ」

 会話のキャッチボールも上手くできない程、ふたりは意気消沈していた。しかし、は思った。水に濡れて凍えていた体の震えは、今こうやってペッシに抱きかかえてもらっているおかげか、いつの間にか治まっている。

「ペッシ。あなたの腕の中、あったかくって心地いいいわ」
「寒くないかい?明日風邪ひきそうか?」
「いいえ、大丈夫。ペッシのおかげね」

 がそう言って笑いかけると、ペッシは頬を染めて、なら良かったと呟いた。



Walk This Way



 ペッシはある晩、夕食後のリビングで右隣に座っていたホルマジオに肩を抱かれ、左隣に座っていたプロシュートに説教を聞かされていた。ちなみにふたりともしっかりと酔っている。酔っ払いの先輩方に絡まれるかわいそうなペッシの姿を、キッチンで洗い物をしていたが眺めていた。

 今晩は珍しく皆が揃っている。そして皆が楽しそうに酒を煽っていた。3人が腰掛けるソファーのホルマジオの向かいにギアッチョが座っていて、リゾットはいつもの定位置である上座で瓶ビールを呷っていた。イルーゾォはリゾットの向かいにある一人掛け用のソファーにどかっと座り込んで、メローネはと言うと、助手などいらないと言うの断りも聞かずに彼女の手伝いに勤しんでいた。おかげで洗い物もそろそろ終わる。そんな時に、ホルマジオの口からいつもの下世話な話が飛び出した。

「ところでよーペッシ。お前、女抱いたことあんのかよ?」

 何故突然そんな話になるんだと困惑するペッシをよそに、話は進んでいく。

「それはオレも気になってたとこだ」
「おお、珍しく気があうじゃあねーかイルーゾォ」

 素面だといつも張り合っているホルマジオとイルーゾォのふたりだったが、酔うと垣根を無くして下世話な話で盛り上がる節があった。要は、ふたりともそういった類の話が好きなのだ。ギアッチョは自分が標的にならずに済んだと人知れず安堵し、リゾットは聞いているのか聞いていないのかよく分からない表情で、テーブルの上のつまみに手を伸ばす。

「で、どーなんだペッシ」
「え、ええ。兄貴まで……」

 今晩は兄貴もノリノリの様子だ。酒が入っているからなのか、そんな下世話な話をするなと制止に入る者は一人もいない。酒もあまり得意でないペッシはほぼ素面の状態で完全に酔っ払い共の餌食となっていた。

「ペッシが絡まれてるわ。かわいそうに」
「あれもマンモーニのペッシには勉強のうちだぜ。それにしてもディ・モールト気になる話だ。、もう片付けは終わったろう?ささ、席に着くんだ」

 メローネはの背中を押しながらリビングへと向かう。ギアッチョの隣にメローネが腰掛けた。半ば強引にメローネの隣に座らされたは、向かいのソファーで片身を狭くして、両隣から迫られているペッシを心配そうな顔で眺める。

「オレの質問全てに正直に答えるまで今日は寝かせねーぞマンモーニ」
「う……お、女なんか、抱いたこと……ない」
「おいおいおいペッシペッシペッシよォ……」

 プロシュートはペッシの顔を両手で挟みグイッと自分の方へ彼の顔を向けると、キスでもしだすんじゃないかという距離感で弟分へ説教をしはじめた。これはプロシュートがペッシへお説教する時よく見る光景なので誰も何も言わなかったが、それを初めて見ただけがその狂った距離感に息を呑んでいた。

「女を知らねえなんて何も知らねえのと一緒だぜペッシ。いいか。お前がいずれ仕事を一人でこなせるようになったとしてもだ。それまでに女の一人や二人抱いてなかったら、到底一人前とは言えねェーんだ。いつまでもベッドに隠れてこそこそと妄想ばっかするようなマンモーニでいちゃあいけねーんだぜ。実際やってみりゃ自慰よりオンナ抱く方がいいって分かる日が来るもんだ」

 その言葉に、ホルマジオとイルーゾォとメローネの三人がおお、と声を上げプロシュートに拍手を送る。金言だ格言だと三人が囃し立てる中、ギアッチョははあと溜息を吐き、リゾットは無表情で瓶ビールを呷った。は、じゃあ女が暗殺者として一人前になるにはどうすればいいのか、と的外れなことを考えていた。そんな中、唐突にホルマジオがへ話を振る。

「なあ。どうやったら女が悦ぶかってことをよー、この際ペッシに教えてやったらどうだ?」
!ディ・モールト気になる!どうやれば君は感じるんだ!?」
「……私がどうとかそういう話は置いておいて、性教育程度の話ならできるけど」
「そうじゃあない!君が!どういった仕方でセックスしたいか!それが、君の好みこそがディ・モールト重要なんだ!!今まで君のことを母体にしようなんて考えたことが無かったんで聞いたこともなかったが、よくよく考えるとベイビィとじゃなく、オレとの子をこさえるのにディ・モール――どぶっ!!」
「るっせーぞメローネ!てめー隣で黙って聞いてりゃあ気色の悪い話ばっかりしやがって!!万年発情期のテメーは去勢手術でもした方が世のためだ死ねえええっ!」
「落ち着けギアッチョ。食い物を粗末にするんじゃあない。メローネ。お前が顔面をくっつけたそのマルゲリータはお前が全部食え」

 一通りのやり取りは完全にセクシュアル・ハラスメントと言っていい内容だったが、はメローネに鼻息荒く詰め寄られたのに身をかわしただけで、嫌悪感を表情や言葉で露わにすることは無かった。チーム唯一の女性が拒絶の意を示さないのを良いことに、話は段々ヒートアップしていく。

「お前はいったいどんな女が好みなんだ?」
「わ、わかんねーよ!女を好きになるってどんなかがよォ」
「しょうがねぇなぁ。オレはコイバナをしてるんじゃあねーんだよ。別に好きじゃあなくったってよお、お前の顔とか体とかの好みに合ってて相手がその気ならやっちまっていいんだぜ。そうだな……例えばだ!にはムラっと来るのか?」
「ムラって何だよ!?わかんねーよ!!」
「勃起すんのかしねーのか」
「いやさすがに服着てるには勃起しねーだろ。メローネじゃあるまいし」
「服を着てたって脳内で脱がせば問題ないだろ」
「まああのド変態の言うことはともかく、の服脱がしてやりたいって思うか思わないか考えてみろ」

 ペッシはそう言われて一時フリーズする。そしてとふたりで釣りに出かけた時のことを思い出す。途端に冷や汗をかき始め、ペッシは慌てふためいた。

 脱がしたいも何も、オレの姉貴のこと脱がしちまってるんだよ!

 このまま追求され続けるとまずい。この状況から早く脱さなければ。ペッシはその一心で先輩たちを前に大口を叩いた。

「あ、あんたら頭おかしいんじゃあないのか!?の姉貴すぐそこにいるってーのに!?」
「おいこらペッシ。先輩に向かって頭おかしいって何だ」
「兄貴もですぜ!?今日絶対おかしい!」
「お前がいつまでも乳くせーマンモーニだから説教してやってんだろーがありがたく思え」
「で?の服を、脱がしたいのか脱がしたくねーのか」
「脱がしたくなんかねーよ!!もうやめてくれよ!!」
「いいかペッシ。胸に手を当ててもう一回しっかりと考えてみるんだ。それはディ・モールトおかしい。のこと脱がしたいって思わない男なんているわけがないんだ。思わないやつがいるとしたらもうそいつは男じゃあない。もちろん服を脱がせないまま突っ込む方法もあるにはあるが、脱がしてお互いを視覚的に高めあうのが定石だ」
「じゃあもうオレ男やめるよ!!」
「よし!じゃあテメーの股間についてるもんを出せ。男やめるってんならついてたらおかしからなァ」
「ひいいいい!あ、姉貴ぃいい!この酔っ払い達どうにかしてくれよおおお」
「あ!?お前!あろうことかに泣きつこうとしてんのか!?情けねー情けねーぞペッシ!!」

 はホルマジオに上体を拘束され、プロシュートにズボンを降ろされそうになっているペッシがあまりにも可哀想になり、何とかしなければと使命感に駆られる。そしておもむろに立ちあがり、プロシュートとペッシの間に割り込んで半べそをかくペッシに手を差し伸べた。

「ペッシ。私が色々教えてあげる。だから私と来て」

 リビングが一時的に静寂に包まれる。ペッシは藁にも縋る思いで差し伸べられたの手を取った。彼には優しく微笑むの姿が、天女か何かのように見えた。立ちあがりリビングから出ていく二人の後姿を、皆(リゾット以外)が黙って眺めていた。

「……お、おい。今のやつなんて言った?」

 皆が呆気に取られ押し黙っていたが、そんな中でホルマジオが口火を切った。

「色々教えてやるって言ってたぞ」
「は……!?ディ・モールト羨ましいぞ!?体でか!?体でなのかギアッチョ!?」
「知るかボケェ!!」
「お……オレのペッシが……童貞卒業……」
「お前ペッシのナニ切り落とそうとしてなかったかプロシュート。何泣きそうな顔してんだよ」
「ちょいと脅かしてやる気出してやろうって思っただけだ。……それが、まさかあんな形で……。リゾット。オレはどうしたらいい。一皮むけたアイツを……オレは今後どう指導してやればいい」
「オレはここで酒を飲んでいるだけだ。お前らの下世話なバカ騒ぎにオレを巻き込むな」

 リゾットのそんな言葉で場は静まり返る。しばらくしてメローネが、便所に行くと言って席を立った。

「ありゃ便所じゃあねーな」
「おいメローネ。野暮はよせよな……ってプロシュート。お前まで何席立ってんだ」
「……がペッシを誑かそうとしてんだぜ。黙ってられるかよ。見届けてくる」
「しょうがねーな。お前は一体何を期待して何を見届けるつもりなんだよ」
「つかよ、何なんだよ。童貞捨てろって言ってたくせによォ。愛情表現が複雑でペッシが可哀想になってくる。お前は一体ペッシをどうしたいんだよ」

 そんなイルーゾォの声掛けも空しく、メローネとプロシュートは音を立てないように静かに、そしてゆっくりととペッシの後を追っていった。