ペッシが自室にこもり釣り具の手入れをしていると、ドアが控えめにノックされた。両足の裏で挟んで固定したペンに新品のボビンを通し、ボビンから伸びる新品の釣糸をリールに既に巻き付けてある釣糸の末端に結び付け、リールのハンドルを回し釣糸を巻き付けている最中だった。手も足もふさがっている彼は声を上げて、今は手が離せないので扉を開けてくれと、扉の向こうに佇む人物に依頼した。すると、ゆっくりと開けられた扉の向こうからがひょっこりと顔を出す。
「……ペッシのお部屋は初めてね。なんだかドキドキしちゃう」
「あっ……姉貴!どうかしたんですかい?」
は一体何をやっているんだろうとペッシの姿を見て不思議に思いながら、床に座り込んで作業にいそしんでいる彼の傍へと近寄った。そして彼女は、ペッシの前に手のひらサイズの紙袋を差し出した。
「これ、車のトランクに忘れていたって言っていたわよね。遅くなってごめんなさい。さっき洗車が終わったのよ」
「あ、ありがとう!別に急ぎじゃあ無かったからいいんだ」
はペッシを見下ろし続けるのに気が引けたのか、手渡すついでにその場でしゃがみ込んだ。急に彼女の顔が近づいてドキッとしたペッシだったが、持っていたリールを床に置き紙袋を受け取るとすぐから顔を逸らし、その中身を確認することで心を落ち着かせる。
「それなあに?ルアーって言っていたけれど」
ペッシはそんなの質問に答えるべく、紙袋の中身を取り出しながらとても楽しそうに説明を始める。柔らかい樹脂製の細長い形をしたワームが数本入った袋からそのうちの一本を取り出すと、ペッシはそれをの手のひらに乗せた。キラキラとラメの入ったそれをはとても興味深そうに見ていた。
「擬餌だよ。魚釣る時にこいつを釣糸の先端に括り付けてやって、魚を誘うんだ」
「へえー。こんなニセモノでも釣れるんだ……」
アジトから海まではそう遠くない。ペッシはたまに暇があれば近場の防波堤まで足を伸ばして釣りに没頭した。大物など滅多に釣れることはなかったが、小さいアジや鯛なんかが釣れた時は、それをアクアパッツァにしてチームの夕食で振舞ったこともあった。だが、彼が今回狙うのは大物だ。たまには大物を釣って皆を驚かせてやりたい。そう思って彼は、との買い出しついでに釣具屋へ寄ってもらい、ルアーを購入したのだ。
「この時期はアジが釣れるよ。普通ならサビキってのを使うんだけど、それだとあんまり大物が釣れないから、今回はこいつを使ってみようと思ったんだ」
「サビキ?それってどんなの?」
はとても興味深そうにペッシの話を聞いていた。釣りになんて興味ないだろうに、と思いながらも、聞かれると自慢げに答えたくなるマニアの性が、ペッシを饒舌にさせた。ペッシの説明を聞いて納得したが次に興味を示したのは、彼が先程まで行っていた作業だった。
「さっきは何をしていたの?なんだか邪魔しちゃったみたいだったけれど」
「あっ、ああ。あれは、リールに巻いてた糸が釣りの間に何回か切れて短くなってたから、新しいのを巻き付けていたんだ」
「なるほど……。足を使ってるみたいね。手伝ってあげましょうか?」
「え、いいんですかい?実は足で押さえてるとボビンの向きの所為かスムーズに巻き取れないし、ペンの上の方からボビンが抜けたりするもんで、あんまり進捗良くなかったんだ。だから手伝ってくれるんならすげェー助かるぜッ!」
「ふふっ。お役に立てて光栄よペッシ。何なら毎回呼びつけてくれたって構わないわよ」
「いや、それはさすがに気が引けるかなァ」
はペッシの足で挟まれたボビンとペンを手に取ると、ペッシにこれでいいかと確認した。大丈夫と応答したペッシは、床に置いていたリールの足を握り、もう片方の手でハンドルを持ってくるくると回し始めた。は手元で水平に保たれたペンを軸にボビンが左右に触れながらくるくると回転し、糸が巻き取られていく様をしばらく面白そうに眺めていた。カタカタと言う音が静かな室内に響くだけだったが、ペッシは意外と心静かにとの時間を過ごせそうだと安堵した。が、それも束の間、は彼の心拍数を上げるようなことを言い始めた。
「ねえペッシ。私も釣り、してみたいわ。竿って一本しか持ってない?もしそうなら、私自分の分買って来るんだけど……」
「えっ……いや。竿はもう一本あるぜ」
「本当?なら、私に釣りを教えてくれない?」
「えと……他は誘わないんですかい?」
「あら、他に釣りが趣味な人いるの?そんな辛抱強そうな人、ペッシ以外いそうにないけれど。ギアッチョなんて海に餌投げ入れて秒で釣れねーって言って帰っちゃうんじゃない?ふふっ!想像したら笑えて来たわっ」
の姉貴と、二人っきりで、釣りィぃぃぃいいいいッ!!?
が言う通り、釣りは辛抱強く魚が罠にかかるのを待たなければならない。つまり、待っている間は沈黙することになるのだが、複数人で行った場合会話をすることになるだろう。しかも今回は指導を頼まれてしまっている。ルアーを知らないところから察するに、は完全に初心者だ。
キャスティングは初心者には少し難しいところがある。沖に向かって餌を投げ込む動作は、見ているだけなら簡単そうに見えるが、初心者が口で言われただけで理解して実践できるようなものではない。したがって、身体の使い方だとか手元の操作だとかを現地で指導する際、おそらくとは身体を接近させなければならない。そんな高難易度なことが果たして自分にできるだろうか。ペッシは困惑した。が、は竿が二本あるのなら断る理由は無いだろうと、釣りに行く気満々でいるように見えた。
「ダメかしら?」
そう言ってにっこりと笑って首をかしげるに、ペッシはダメとは言えなかった。
Don't Worry Baby
「残念ね。せっかくなら、ギアッチョの車で出かけられたらよかったのに……」
「姉貴すげぇよなァ。ギアッチョってスゲェ怖いのに、わざと怒らせに行くんだもんなァ……」
「怒らせに行ってるつもりはないんだけれど、なんだかいつも怒鳴られるのよね。どうしたらいいのかしら?」
「まずは勝手に車使うの止めるところから始めたらいいんじゃ……」
ペッシが至極真っ当な返答をすると、それは無理。とが答えるので、ペッシは彼女が問題の根本を解決するつもりが毛ほども無いことを察した。そして、2人の押し問答は恐らくふたりが同じチームであり続ける限り永遠に続くのだろうと溜息をついた。
しかし今日に限っては、ギアッチョが自分の車を勝手に使われて怒り狂う様を拝まずに済みそうだ。今ペッシとの2人が先端を目指して歩いている防波堤は、ペッシがよく釣り場にしている場所で、アジトからはバスを乗り継いで三十分もすれば着く場所だった。釣り竿はもちろんのこと、クーラーボックスや釣った魚を一時的に入れておく水汲みバケツだとか荷物は多いので車で行くに越したことはないのだが、手に持てない量でもないのでペッシはバスで行くことを提案した。
もちろん、は出かけるにあたり、真っ先にギアッチョの車を使うことを提案した。だが、ペッシは考えた。チームのための買い出し目的で使用されているから、ギアッチョの怒りはあの程度――が3分~5分程度で宥められる程度で抑えられているのかもしれない。と2人きりで、しかも自分の趣味のために使ったんじゃ、少なく見積もっても怒りは10倍増し。そしてその首謀者は“釣り”というワードからペッシであると認定され、怒鳴られるのは確実に自分になる。そういう懸念も手伝って、ペッシは断固としての提案を却下したのだった。
「まあでも、たまにはバスとか使うのもいいものね。ペッシとのおしゃべりに集中できるから」
そう言ってがペッシの顔を覗き込むと、ペッシは顔を真っ赤にさせてすぐさま彼女から顔をそむける。そんなあからさまに照れている姿がの母性本能をくすぐるので、彼女はときめきを隠せず顔をにんまりさせた。
あんまりいじめると、プロシュートに怒られちゃうからほどほどにしないと……。でもやっぱりかわいくってたまんない。
釣りに興味はあった。ペッシが楽しそうに釣りについて語るのに、聞き入っていたのも本当だ。それに、自分で釣った魚を調理して、皆に振舞うなんて素敵じゃないか。はそう思っていた。だが、それより何より、未だにを見て動揺を隠さないペッシと、仲良くなりたいという気持ちが一番にあった。そして、彼を“攻略”し信頼を勝ち取る過程で味わうときめきを、存分に邪魔が入らない環境――つまりメローネがいない環境で楽しみたい。そのためには、2人きりで遠出をする必要がある。が考えていた遠出には、少しばかり距離とかける時間が足らなかったが、初歩としてはまずまずなデートなので、はそこそこに満足していた。
釣りを始めて一時間が経ったが、何の釣果も得られずにはルアーを失くし続けていた。魚が擬餌をつつく感覚は何度かあったとはペッシへ主張する。それを受けてペッシは、針に食いつかれる前に擬餌を持っていかれている。つまり、擬餌の括り付け方が甘いのだと指摘した。
「……餌を針に通すのも難しいのね」
「針には気を付けてくれよ姉貴。返しが付いているから、指なんかに刺さっちまったら抜くときが痛いぜ」
「わかった。気を付けるわペッシ。ありがとう。……ねえ、ペッシ?怒ってない?」
「え?怒るって、なんでだい?」
「ルアーを何個か失くしちゃったから……」
本気でショックを受けているのか、しゃがみ込んだまま悲しそうに眉を寄せ自分を見上げるの姿に、ペッシは衝撃を受ける。
女性とのやり取りの中でこんな風に上目遣いをされることなどペッシにとっては初めての経験だった。は死にたがりの変な女ではあったが、見た目が良いという点はプロシュート兄貴をはじめ、チームの多くが認めるところである。そんな彼女の姿に、ペッシが心を奪われない訳が無かった。
「きっ……気にしないでくれよ姉貴ィ。そんな高いもんでもないしよォ」
「でも、下手くそな私と一緒でイライラしてないかしらって心配で」
「イライラなんてしてねぇよ!」
「本当?ペッシは本当に優しいのね。一緒にいてホッとするわ」
そんなの言葉を受けて、ペッシはますます気恥ずかしくなって頭を掻いた。は手元に目線を戻し、擬餌の括り付けに一生懸命になっている。その間に、ペッシは浮ついた心を落ち着けようと、胸に手を当てて軽く深呼吸をした。だが、彼の胸の高鳴りは落ち着く気配を見せなかったので、何とかこの場から一度逃亡したいと思った。
「の姉貴!オレ、ちょいと便所に行ってくるぜっ!」
「分かった。じゃあ、私は何とか一人で続けてみるわ」
そう言ってが擬餌を取り付け、何とかひとりでキャストするところまでを見届けると、ペッシは近場の海水浴場に備え付けられた公衆トイレまで向かった。
釣り場から公衆トイレ間の往復で何とか平常心に戻れたペッシ。彼は防波堤の先端でが海に向かって竿を向けている姿を見ながら、彼女の元へ戻ろうと小走りする。別に恋仲であるわけでも何でもないので、そこまで気にする必要は無いのかもしれないが、ふたりきりで釣りをしている以上、あまり長い間をひとりにしておくのも気が引けたのだ。
の傍まであと三十メートルというところで、がペッシが戻ってきたことに気づき、竿を片手に持ったまま手を振った。すると、は何故か突然身体をぐらつかせ、まるで釣糸の先の何かに海へ引きずり込まれるかのように、防波堤から足を滑らせそのまま海へと転落してしまった。
ペッシはぎょっとして、すぐさまのいた場所まで駆け寄った。
「ビーチ・ボーイ!!」
そう叫んでペッシは右手から手品のように釣り竿を引き出す。彼のスタンドがそれだった。実体を伴ったそれは、趣味用の釣り竿と似ているといえば似ていたが、リール部分に何か小動物の頭蓋骨のようなものが付いておりその頭蓋骨の口から糸が繰り出されている。浮きの先に付いた釣針を、海で藻掻くの背中めがけてロッドを振りキャストすると、釣針がズズズっとの体内へと潜り込んでいった。それを確認したペッシは、魚釣りと全く同じ要領でリールのハンドルを素早く回し、彼の腕力だけでの身体を引き上げた。勢い良く引き上げて、頭上三メートルのところから落ちてくるの身体を、ペッシはしっかりとその逞しい両腕でキャッチし、スタンド能力を解除した。救出成功である。
「ごほっ……ぐっ……鼻に水、入っちゃった……」
「姉貴!大丈夫か!?」
「え、ええ。大丈夫……。ありがとう」
「それより、いったい何があったんだよ?」
「あなたが帰ってきたから、手を振ったでしょう?あの時、ちょうど魚がかかったみたいで……。結構引きが強くて……バランス崩しちゃったみたい。間抜けよねぇ……」
「いや、無事でよかったよ」
「でも私、釣竿……手放しちゃった」
「そんなこと気にすんなよ。釣竿なんてまた買えばいいしよォ」
「……ホント、ごめんなさい。弁償させてね」
は完璧に意気消沈していた。そして彼女は、ペッシの腕の中でぐったりとしている。その様を見て、ペッシは失敗した、と思った。
「ペッシ。……私、さっきからずっと頑張って動こうとしてるの。……だって、ずっとあなたに抱っこされてるのって……私は嬉しいんだけれど、あなたに迷惑だろうと思って……。でも、何でか分からないんだけれど、身体がすごく怠くって……変、よね……身体がぴくりとも動かないのよ……」
「あぁ……ごめんよ姉貴。おいら、すっかり忘れてたんだ。オレ、さっき自分のスタンド能力で、の姉貴のこと引き上げたんだけどよォ」
「へえ……。何が起こったのか全然分からなかったんだけど……そうだったのね」
「見た目は普通の釣竿なんだ……けど、釣糸に伝わった衝撃って釣り上げた対象に返るようになっちまってるんだよ。オレ焦ってたのかすげー勢いでの姉貴のこと釣り上げちまったみてーで、そのダメージが釣糸に伝わって……それが釣糸からの姉貴にまで伝わっちまったのかもしれねぇー。オレのスタンドの釣針は、相手の神経に絡みつくからよォ……」
「そういう事なのね。理解、したわ……。っくしゅっ……ねぇ、ペッシ。寒いわ。……でも、動けない。私、このままだと風邪ひいちゃう。……私、死なないけど、風邪はひくのよペッシ。だから……セクハラだなんて思わないで、聞いてちょうだい」
「え……な、なんだい、姉貴」
「服、脱がせて」
――防波堤に打ち付ける波の音。突如訪れた静寂の中で響くのはそれだけだった。本来その音はヒーリングミュージックなどにも利用されるくらい癒し効果がある物のはずだったが、ペッシには全く精神統一の効果など与えなかった。彼の思考回路は今、の口から飛び出してきた衝撃的な依頼によって完全にショートしている。のびしょびしょに濡れそぼった身体を抱いたまま、ペッシはの顔を真顔で凝視していた。
対するは、恥じらいで顔を赤くさせながらも、他に手立ては無いと確信していた。全く身体が動く気配が無いのだ。ものすごい倦怠感だった。もしかするとあと一時間もすれば、自分で着替えを済ませられるまでに回復するかもしれないが、身体は冷えて震えはじめている。このままだと完璧に風邪をひく。明日は表の仕事で納車の日だ。明日は自分以外、運転して納車する資格を持つ者がいないので、絶対に休めない。風邪をひいた状態で納車など、顧客の信頼に関わるので、そんなことあってはならない。完全に自分の落ち度ではあるが、ここはペッシの助けを借りるしかなかった。
「今、何て……?」
「やるのよペッシ。着替えは私のリュックの中に、あるから……」
「きっ……着替えまで!?たっ……タオルって持ってきてるよなァ?それで拭くってだけじゃあ……」
「完璧に乾く間に風邪ひいちゃうわ」
「でっ……でもよぉ。オレ、女の人の服なんか脱がせたこと……」
「……ペッシ。私がはじめてになって……本当に申し訳ないんだけれど……お願いよ。私、明日仕事休めないの」
ペッシはショートして使い物にならないはずの思考回路をフル回転させて、これから必要となる行為を改めて順序立てて考えることにした。
まず、服を脱がす。最早この時点で精神をしっかり保てるかどうか分からなかった。そもそも下着は?下着までどうにかしろと言われたら自分がどうにかなってしまいそうだ!
次に、身体を拭く。これもアウトだ。肌が露わになったの身体を見ながら、布を一枚かませるにしても、入念に撫でまわすなんて自分にできるわけがない。
最後に、服を着せる。これは前の二つに比べれば大丈夫そうだ。だが、前の行程で精神崩壊を来す可能性大なので、この最終ミッションを成し遂げられるかどうかがかなり怪しい。
「心配しないでペッシ。私が、ちゃんとリードするから……」
こうして、ペッシは次々と心臓から送られてくる大量の血液の所為で全身の動脈がはち切れんばかりに脈打つのを感じながら、に指示されるがまま彼女の服を脱がせ、身体を拭き、替えの服を着せた。一つの動作が終わる度に、まだ少しも動けないのかと聞いたペッシ。はどうもダメだ。動かない。と何十回も答える羽目になった。
「ああ。ペッシ。本当にごめんなさい……。私、嫌われて当然よね……」
「姉貴ィ……。オレ、ほんと情けねェよなァ」
プロシュートの兄貴ならどうしただろう。だが、兄貴ならとっさに海に飛び込んで姉貴を助け上げるだろうから、そもそも姉貴が全身疲労になんてならないか……。
そんなことを考えながら、自分のスタンドを使ってを助けたことをただただ後悔しつつ、未だに身体に力が入らないを背負ってアジトまでの帰路についたのだった。
アジトに着くと、あのハプニングの所為で何の釣果も上げられなかったふたりを、プロシュート、メローネ、ギアッチョの三人が出迎えた。幸い、はひとりで歩けるようになっていたので、何があったのかと問われることはなかった。
ふたりは手を洗ったり、濡れた服を洗濯機に放り込むために一緒にバスルームへと入った。ペッシの後に続く形ではバスルームの扉を後ろ手に閉めると、手を洗おうと洗面台に向かうペッシの腕を引き留めた。
「ペッシ。お願いがあるの」
そう言うは顔を真っ赤にさせていた。
「な、何だい姉貴」
「あのことは、ふたりだけの秘密にしてほしいの。……その、私が、あんな恥ずかしいことをあなたに強要したなんてプロシュートに知れたらっ……」
「お、おお、オレだって!オレがの姉貴の服脱がせたなんて知られたくないぜ!だから、秘密は守るよ!」
「……ペッシ。お願い。私のこと、嫌いになったりしないでね」
はそれだけペッシに訴えると洗濯物を洗濯機に放り込んで手洗いを済ませ、急ぎ足でバスルームを抜け出した。バスルームに一人取り残されたペッシは洗面台の縁に手をついて、しばらく呆然と排水口を眺めていた。
――心臓がやけに五月蠅い。今日はほとんどずっとそうだった。
嫌いになんか……。
その日の夜、ペッシが寝ようと寝床につくと、の柔らかな肌の感触、恥じらいに満ちた表情、その他五感で感じた彼女の反応全てが嫌でも脳裏をちらついた。その所為でなかなか寝付けず、彼は午前三時を回るころまで幾度となく頭を抱えて寝返りを打ち続けることになった。