Give Me(w) Your Love!

 夜にチームの誰だかが仕事から帰ってきた後、暗殺者チームの皆がリビングに集まって、労いを兼ねたいつものドンちゃん騒ぎをやっていた。

 この日は珍しくリゾットも宴に参加していた。だからホルマジオはこの機会に宣言しておこうと思った。チームリーダー兼家主である彼に申し伝えておこうと思ったのだ。

 一週間後、を連れてアジトから出る。ここでの居候生活を止め、ふたりで一緒のアパートに住むと。

 ホルマジオがほろ酔いで陽気に言い放った隣で、はちみつがしたたり落ちるほどにかけられたクワトロ・フォルマッジの大きな四分の一ピースの先端にかじりつき、頬を緩ませ目を閉じ幸せを噛み締めていたが、突如として訪れた沈黙に驚き目を開けた。酒に酔ってしまりの無くなっていたはずの皆の顔が一転、陰影に富んだ顔面に変貌を遂げ、その暗がりから鋭い眼光をホルマジオへと向けていた。

 は皆の殺気立った視線――組織ナンバー・ワンの実力を誇る暗殺者チームの暗殺者たちのそれだ――にぞわりと身の毛をよだたせホルマジオの影に隠れた。

 ホルマジオが何か大声で話した後にこうなったということだけは分かったが、手元のとろけるチーズとハチミツがたっぷり乗ったピザに目がくらんでいたので、彼が何を話したのかまでは分からなかった。なのでは、訳もわからずホルマジオの影に隠れて木の葉のように震えていた。

「一体おまえに……」

 静まり返ったリビングで口火を切ったのはメローネだった。

「おまえに何の権限があって、オレたちから唯一の癒しを奪うって言うんだ……。そんなことが許されると思っているのか?」
「ああ?」

 ホルマジオもまた負けじと、殺気に満ちた表情でメローネをねめつけた。

「オレがオレの女をどうしようとオレの勝手だろうがよ」

 それを間近で聞いていたは顔を真っ赤にして身を縮こませた。

「いいや。は皆のものだッ!」
「ちげーよ」

 ホルマジオは決然と言ってのけたのだが、彼と以外の皆は珍しく、メローネに同意するような素振りを見せた。

 最初こそホルマジオ以外の皆とは、不本意にも家族として迎え入れられてすぐの、警戒心丸出しの野良猫といった様相で接していただったが、アジトで共同生活を送る中で徐々にホルマジオ以外とも信頼関係が構築されていき、結果、最近では天真爛漫な可愛らしい笑顔を彼以外にも見せるようになっていた。

 人として成長した結果であるから先輩として喜ばしいということ以上に、女性に笑顔を向けられるなど外に出て自分で求めなければ得られない皆――最も、皆が皆それが困難であるわけではないが――にとっては、用がなければほとんどの時間をアジトで過ごすという存在が身近にあることが、日常のささやかな幸せとなりつつあった。それこそ、美と癒しを兼ね備えた飼い猫がそばで静かに佇んでいるような感覚だ。

 だから皆、ホルマジオに憤慨しているのである。だがホルマジオにとってそんなことは知ったことではない。むしろが皆に笑顔を見せ始めたということには少しばかりの焦りと、今まで一度も抱いたことのない嫉妬心からくるムカつきに苛まれ始めていた。だから自身の精神衛生的観点からも、このアジトから一刻も早くを連れ出さなければならない。彼はもう、随分前からそうと心に決めていた。

 誰がなんと言おうと、ここに留まるつもりはない。お前らは一生のファン止まりだ!

 に心の底から愛されていることこそ、今のホルマジオにとっては最高のアドバンテージであって、皆にどう罵倒されようと痛くも痒くもなかった。もっと言うと、という癒しと、彼女の笑顔、彼女から贈られる愛を独り占めできるという優越感に浸れて心底気分が良かった。

「それに何だ、オレの女をオレがどうしようとオレの勝手、だなんて。まるでDV男の物言いだよなァ。とても危険なニオイがぷんぷんする。、考え直せ」
「メローネ。おまえとを同じ屋根の下で生活させておく方が数億倍危険なんだよ」
「それはそうだ」

 メローネはすぐに目を剥いてリゾットへ視線を投げた。彼の口から今しがた繰り出された言葉を遺憾に思ってのことだったが、チームリーダーである彼に食って掛かる気にまではなれなかったようだ。やがてメローネは下唇を噛んで、ぐぬぬと声にならない声を上げ始めた。

 リゾットはメローネがを誑かして襲おうとしていた時のことを思い出していた。甲斐甲斐しく掃除洗濯といった家事を率先してこなし、自分が作った料理をとてもうまそうに食べ、愛らしく笑うようになった彼女と一緒にいられる時間が著しく減るのは胸が痛む。だが、メローネなんていう倫理観が著しく欠落したヘンタイといつまでも同じ家に住まわせるわけにはいかないというのはリゾットも前々から思っていたことだった。

「住む場所は決まったのか」
「ああ。こっからそう離れちゃいねーよ」
「金は足りるのか」
「……まあ、何とかやっていけるさ」

 手取りの報酬を今より少しは増やしてやれる。このアジトに間借りしている代金として今まで天引きしていた分を乗せてやれるからだ。だが、二人分のそれだけで賄えるほど、このあたりの賃貸物件は安くない。まあ、探せば見つかりはするだろうが、維持管理などほとんどなされていないおんぼろアパートの一室が関の山。それでも構わないから、とにかく二人で出ていこうという思いでいるのだろう。

「……成人した男女が決めたことだ。これ以上、オレは今の話についてとやかく言うつもりはない。ただし、前々から言っていることだが、仕事とプライベートを混同するな。仕事にはきちんと来い。それから――」

 リゾットは他に何か言うことは無いかと考え、少し間を開けた後、続けた。

「――辛くなったらいつでも帰ってこい。お前たちの部屋は空けたままにしておく」

 はリゾットの優しい言葉を聞いて、うるっと涙を滲ませた。まるで嫁入り前の娘の気分だった。

「お義父さんかよ……」

 ホルマジオは頭をかきながらぼやいた。そして彼もまた、まるで結婚の申し出に妻となる女の父親の前にいる気分になっていた。だが、リゾットがいつでも帰ってこいと言っているのはだけでない。リゾットにとっては、ふたりとも大切な部下であり、仲間であり、家族なのである。

「なんか結婚するみてーだな?」

 プロシュートがどこか愉快げにそう言った。彼もつい先程までホルマジオを睨みつけていたが、今ではすっかり朗らかな顔で二人の門出を祝福している様子だ。

「けっ……結婚っ!?」

 プロシュートの言葉に、はまたさらに顔を真っ赤に染め上げて慌てふためいていた。ホルマジオはを見やって、何か確かめるようにじっと見つめた後、プロシュートに向かって言った。

「まあ、役所に届け出たりなんかはしねーけど。事実婚ってやつだな」
「――っ!?」

 は爆発寸前というほどまで潮紅させ、大きく目を見開いて、見開いた目には涙を浮かべ、驚きで声も出せないまま口を両の手のひらで覆ってホルマジオを見やった。

 まさかホルマジオにそんなつもりがあったなんて!

 ホルマジオはまたの顔色を伺った。いつも以上に顔を真っ赤にさせている。

 怒って顔を赤くしてるんじゃない。はオレの前で怒ったことなんか一度もないしな。これはが照れてる時の顔だ。つまり、たぶんイヤじゃあないってことだ。

「こちとら、ただの同居ってつもりじゃあねーんだぞ。覚悟できてんのか?」

 右隣にあるの小さな額を左手の人差し指で小突きながら、ホルマジオは言った。すると彼女は、目を右へ左へと何度か泳がせた後、小さな声で言った。

「つ……つまり、私を、ホルマジオのお嫁さんにしてくれるってこと……ですか……?」
「ああ。。お前はオレの嫁だ」
「じゃ、じゃあ、ホルマジオは私の……私の……」
「旦那だな」
「きゃあああッ!」

 は突然、悲鳴を上げながら立ち上がりリビングから退散した。慌ただしく階段を駆け上がる音がした後、バタンとドアが閉まる音が聞こえてくる。

「喜んでたな」
「ああ。ありゃあ、紛れもなく喜んでるな」

 ホルマジオは優しげな微笑みを浮かべ、背もたれに背中を預けた。そうして思い出したのは、がチームメイトになったその日の夜に歓迎会をやった時のことだった。

 あの日も確か、はピザを美味しそうに頬張っていたし、かわいいやつだな、と思って話しかけたら、今日みたいに顔を真っ赤にして逃げ出した。あの時は何か至らない事でも言ったのかと心配になったが、今はこれっぽっちもそんな気は起きなかった。

 と自分に起きた変化を確かに感じられて、ホルマジオはまたほくほくと幸せを噛み締めた。

「これ以上オレたちを苦しめるんじゃあねーぞ、ホルマジオ!!幸せ一杯かよ!?爆ぜろ!!」

 メローネがゲッソリとした顔で、語調を強めて言った。普段落ち着き払って何かと知識をひけらかしマウントを取ってくるインテリみたいな癇に障る態度でいる彼だが、怒りにとらわれると大抵口が悪くなる。

「今オレたちはいったい何を見せられたんだァ!?プロポーズか!?プロポーズくらい他所で済ましとけやハゲ!もっとこうムードってもんがあるんじゃあねーのかよ!?ほんっとどこまでもハゲだなテメーは!!」

 ハゲとは罵り言葉に違いないが、どこまでもハゲとは一体どう言う意味合いで吐かれたのだろうか。とにかく、ギアッチョが怒り心頭でいるのはいつものことだ。それに、ハゲではない。シャレた坊主頭だと何度言っても、ハゲの方が語感が良く気に入っているのか彼は一向に改める気配が無いので、ホルマジオはすでに抗議することを止めていた。

「良かったな。幸せにしてやれよ。……だが、これだけは覚えておけ。あいつが泣いてここに帰ってきた日にゃあオレがてめーを殺す」

 プロシュートは祝福ついでに殺害予告をかました。ただ、このさらっと祝福を述べられるあたりにモテる男の余裕を感じ取ったホルマジオは、やはりプロシュートはいけ好かないヤツだと思うのである。

「こ、これ。いつも買ってるスモークチーズの売り場。、あれが大好きみたいだから、定期的に買ってあげてくれよ」

 ペッシが一番いい子である。ホルマジオはサンキューといいながら彼からメモ書きを受け取った。その内に、近くからふん、と鼻を鳴らす音が聞こえてくる。

「口では何とでも言えるよなァ。事実婚なんてあって無いようなもんだろ。オレのもんだと囲ったそばからコイツ、きっとあっちへふらふら、こっちへふらふらしだすん――ッてぇな何しやがるッ!!」

 イルーゾォがいつもの憎まれ口を叩くと、プロシュートが彼のスネに靴先を叩き込んだ。

「やめろ。おめーは憎まれ口しか叩けねーのか。いつもいつも雰囲気ぶち壊しやがって」
「あー、いいんだいいんだ。もうオレさ、マジに幸せいっぱいだからこいつに何言われても何とも思わねーよ。だいたい、ひがみやっかみその他悪口の類ってのは、羨ましいオレもああなりたいって感情の裏返しだからよ。お前のそれがたまにしか聞けなくなるってのも寂しいもんだぜ」
「チッ……せいぜい長続きすることを祈るんだな」

 このように、別に求めてもいないのにチームの全員から祝辞みたいなものを述べられた後、ふたりで住む家はどこなのかとか、部屋の広さはどのくらいなのかとか、家具や家電はどうするのかなどの話に花が開いた。

 家はとあるアパートの一室で、ボロ屋には違いないが狭くはない。ワンルームにバスルームとキッチンがあるだけの簡素な造りだが、二人で住むにはじゅうぶん事足りる。ここから街の中心部に背を向け郊外に向かって十五分程度歩いた距離にあった。家具家電付き――とは言え、軒並み古く管理もされていない、前の借り主の置き土産のようなもので、使えるかと言うと疑問が残るが――で日当たりもいい――ただし治安はすこぶる悪い。しかしながら、自分たちも治安を悪化させる輩と対して変わらないし、素人に殺られるほどやわでもない――し、家賃が安かったので、ふたりで入居を即決したのだ。

「家賃……か」

 リゾットがぼそりと呟いた。それを聞いてホルマジオ以外の皆が戦慄した。

「ホルマジオとの手取りは増やせるが、それ以外の手取りは減るな」
「は!?じょーだんじゃあねーぜ!!おいホルマジオ!!やっぱヤメだ!!出ていったりするんじゃあねー!!」
「え、ごめん無理」
「クソがああああ~ッ!!」

 守銭奴のギアッチョが吠えたところで宴もたけなわだがとリゾットが締めると、今宵の暗殺者チームの楽しい酒盛りは徐々に終わりを迎えていくのだった。

Side Story:
猫のいた暮らし

 結婚するということがどういうことかくらいは知っている。愛する人と生計と苦楽を共にして、一生を伴侶として添い遂げると神前に誓うことだ。

 一生の愛を互いに誓いあうということだ。

 はまた、ベッドの中に潜り込み身を丸くして枕に顔を突っ伏した。顔から火が出そうになると、今まで幾度となくこうして落ち着きを取り戻そうとしてきたが、今回ばかりは何の効果も得られそうになかった。視界を遮って聴力を半分削ったら、ホルマジオがニコニコしながら額を小突き言った言葉が、あの光景が脳内によみがえって、どうしようもなく胸が高鳴って、否応なくこみ上げてくる圧力でむせ返りそうだった。

 幸せ過ぎて苦しい。

 そう思って、湿気がこもった毛布の中から顔を出したとき、部屋のドアが向こう側からノックされる音が静かな部屋に響いた。

。……入っていいか」

 は、いいよ、と小声で答えた後、再び亀のように毛布の中へ顔を隠した。扉が開いて、ホルマジオがコツコツと床を鳴らす音が段々近づいてくる。

「なんだァ?また素っ裸でいるのか?」

 けらけら笑いながらホルマジオが言った。そう、あれが始まりだった。彼に、私の好意を悟られた日。あの時、こんなことになるなんて少しも思わなかった。

 大好きな彼に、ここまで愛してもらえる日が来るなんて、想像もできなかった。

「服は……ちゃんと着てる……」
「ほんとか〜?」

 ホルマジオはベッドに腰掛けると、毛布の上からの体を触って、服をきちんと着ているかどうかを確かめた。と、言うよりも、服を着ていると分かった上でに触りたかっただけのような手つきだった。

「く、くすぐったいッ!」

 はたまらず毛布から顔を出して、ホルマジオの手から逃げ出した。まるで、丸くなって寝ていたのに飼い主に触られて、煩わしいと起き上がり他所へ行こうとする猫のようだ。ホルマジオは毛布を掻き抱いて壁側へ逃げようとする、猫のようなを抱き寄せた。

「おまえほんっと……」

 は手と片側の頬を胸に押し付けるようにホルマジオに抱きしめられる。彼の胸もあたたかく、そしていつもよりも鼓動は早く感じられた。

「かわいい。もうなんべん言ったか忘れたが、多分これからもずっと言い続けるぜ。オレはよォ」
「……ホルマジオにそう言ってもらえるだけで、私幸せだよ」

 それだけで死んでもいいくらい幸せなのに、これ以上幸せになっていいんだろうか。

「それはそうとよ。。さっきの話の返事、まだ聞いてないぜ」

 事実婚で、公的に認められはしないもののおまえはオレの嫁で、オレはおまえの旦那だ。ただの同居のつもりはない。覚悟はできてるのか?

 一生、ホルマジオを愛し続け、彼に添い遂げるという覚悟が自分にはあるのか?

 その問いに対する答えを、はまだ返していないのだ。彼女はホルマジオの胸に顔を埋めたまま沈黙した。

「……あんまり突然だったんで困って逃げ出したのか?オレにそんな気があるなんて、少しも思ってなかったんだろ」
「うん。まさか、あんなこと、言ってもらえるなんて……思ってなかったから」
「オレがお前と遊んでるだけだって思ってたのか?」
「ううん。そんなことはないよ。でも、け……結婚なんて、私達にできるわけないって思い込んでたから……だから、そんな言葉が、ホルマジオの口から出てくるとも思ってなかった」
「ああ……殺しをやってるやつは結婚して子供産んで育てたりなんかしない、できやしないって固定観念だな、そりゃあ。……なあ、聞けよ。ブラジルなんかじゃ、麻薬カルテルのドンが政治家になって票集めたり、殺し屋が大邸宅おっ建てて大手を振ってその辺を普通に歩いてたりするんだぜ?」
「そうなの?」
「ああ。……とは言え、ここはブラジルじゃあねーし、この国でそんな傍若無人な輩がいるかどうかも知らねーがな。でも殺し屋だって人間だから恋だってするし、愛されたいと思う。だから愛するやつと一生一緒にいたいと思って結婚だってするし子供だって作るさ。……要するに、何が言いたいかっていうとだ」

 ホルマジオはを自分の胸から引き離し、彼女の目を見て続けた。

「それって、愛するものを一生守り抜くって覚悟なんだよ。オレたちは生きながら敵を作りまくってる。そんな中でお前と一生一緒にいたいっていうのはワガママでもなんでもねー。それ相応のリスクを背負ってるんだ。愛するものをいつ失ったっておかしくないっていうリスクをだ」

 ホルマジオはじっとを見つめたまま、の手を取った。そして続ける。

「オレには、オレの目の黒い内は、お前を守り続けるって覚悟がある。お前を一生、愛し続けると誓う。だから……もし、おまえがオレと同じ気持ちでいるのなら……結婚してくれよ。

 真摯な愛を、どこまでも優しい眼差しを、ホルマジオに向けられているのは紛れもなくこの私だ。それが確かに分かった。もう、私なんかでいいの?なんて聞き返すことはしない。そんなことを聞いたら、ホルマジオに失礼だと思った。代わりに、はこくりとうなずいて、目尻に涙を浮かべにこりと微笑んだ。

「私をホルマジオの、お嫁さんに……してくださいっ……!」
「ああ。……決まりだな」

 ホルマジオは握っていたの手を上に持ち上げて言った。

「ほら、見てみろよ」

 いつの間にか、左手の薬指にキラリと光るシルバーのリングがめられていた。

「わあっ……!」

 は思わず声を上げた。嬉しいとか、大事にするとかいった言葉を口にすることも忘れて、窓から射し込む月明かりに照らされ、きらりと光る指輪をしげしげと見つめる。絶対に誰からもプレゼントされないし、はめることなんか一生ないと思っていた憧れの――そう、確かに、ドラマとか映画で見ていると羨ましいと思ったし、実は憧れが高じてホルマジオにもらうシーンを想像したりもしていた――エンゲージリングが、今、自分の指にはめられている。やはり感動で言葉もでなかった。

「首輪の次は指輪だ。……我ながら独占欲が強いなと今さらながら気づいたんだが、よくよく考えれば、指輪の方はフツーだし、何なら世界中の男共が毎日のようにやってることだよな」

 照れ隠しにそんな話をしながら、彼もまた自分の左手の薬指に、ズボンのポケットから取り出した同じデザインの指輪をはめた。そして再び、をぎゅっと抱きしめた。

「愛してる」
「うん。……私も、愛してる」

 真実の愛を確かめあって、ふたりはキスを交わした。

「楽しみだな。引っ越し」
「うん」
「……続きは引っ越してからだな」

 ホルマジオはそう言い残して立ち上がり、の頭をくしゃりと撫でた後、手を振って部屋から出て行った。

「続き……?」

 は、ホルマジオが扉の向こうに消えてからしばらくの間ぽかんとして、彼の言う続きの内容とは何だろうと考えた。何か思い至ってすぐには顔を真っ赤にした。胸は再び早鐘を打ちはじめる。だから彼女はまたベッドの中に潜り込んで、落ち着きを取り戻そうと枕に顔を埋めるのだが、今度は左手の薬指が気になって仕方がなくなった。毛布から顔を出して、左腕を持ち上げ手を広げ手の甲を顔に向けると、にこにこと笑みを浮かべながら“永遠の愛の証”を見つめ、その後きゃあああ、なんて言いながらベッドの上で転げ回り、また左手をじっと見つめる。そんなことを繰り返すうちに、はいつの間にか深い眠りに落ちていた。


(fine)