Give Me(w) Your Love!

 ホルマジオがリビングで死んでいた。

 第一発見者は所用を済ませて帰宅したギアッチョだ。もう少しで夕飯担当が夕飯の支度のためにキッチンへ降りてくる。そんな頃のことだった。ギアッチョは定位置について、買ってきた炭酸飲料をテーブルの上に置き、買ってきた雑誌――改造車とかがしこたま載せられた車関係のそれ――を広げ、夕飯まで待っていようというのだが、どうも目の前の死体が気になってしょうがない。黙って死んでいればいいのにたまにうーとかあーとか呻くものだから、ギアッチョはソファーに腰掛けて三分と経たない間に、手元の炭酸飲料が入ったボトルをホルマジオの顔面に投げつけた。

「うるせーんだよこのハゲ!黙って死んどけ!!」

 ホルマジオは顔面にぶち当たって股の間に落ちたボトルを拾いあげ、それを大人しくテーブルの上に置いた。

「いてー。いてーぞこの野郎ギアッチョ……。それよりもっと痛いのはオレの心なんだ……。だからオレの話を聞け」
「知らねーよ!!」
「あれは今日の昼過ぎのことだった……」
「話を聞いてやるとは言ってねェーッ!」
「ぽかぽか陽気で昼寝には最適だって頃」
「無視かッ!?」

 ギアッチョは目を血走らせ大きく見開き極限まで眉根を寄せて口をへの字に曲げていた。ギアッチョのこんな表情は最早デフォルトに近いし、散々怒りを安売りしてきた弊害で、見知った仲間を怯ませるにはハードルがかなり高くなっている。だからホルマジオは話を続けた。

「昼寝でもしようかと、オレはテラスに出たんだ。いつもならがいるんだが、今日はいなかった。どっか行っちまったのか?その辺にまだいやしねーかと、オレは何の気なしに柵のとこから前の道路を見下ろした」
「おう。それでどーした。冥土の土産に聞いてやるぜ」
「そしたら、が誰かとふたり並んで歩いていたんだ」
「誰か……?」
「オレは気になって仕方がねーから、下におりてふたりの後ろをついて歩くことにした」
「ふむ」

 ホルマジオは神妙な面持ちで一呼吸置く。まるで心の整理をつけるように。胸のざわつきを収めるように。そして続ける。

「そしたら、の隣を歩いてるヤツが、の体にテメーの体をこすりつけて、いちゃつき始めやがったんだ……!」
「おめー浮気されてんのか……?」
「おいやめろ!浮気とか言うな!まだそうと決まったワケではねーんだ!……そして、オレは隣を歩いてるヤツのケツを見た」
「……ほう?」

 何故ケツを?そりゃあ後ろ姿を見ているのたがら、ケツは見ようと思えば見ることは出来るだろうが、男のケツ見て何が楽しいってんだ?

 ギアッチョは思ったことを珍しく心の内にとどめ、話の続きを待った。

「そしたら、そいつのケツの穴の下にでけー金玉がぶら下がってたんだよ!!」
「何故だ!?」

 いや、ここで何故とだけ問いかけるのは間違いかもしれない。そりゃあ、男ならケツの穴だって金玉だってあるだろう。ギアッチョが言いたかったのは、何故それらがホルマジオに視認できるのかということだ。ホルマジオがおかしいのか、の隣を歩く男がおかしいのか、そもそもそんな男に隣を歩かせているがおかしいのか、はたまたおかしいのは自分の方なのか。謎である。

「何故って……がカワイすぎてモテるってことだ」
「いや違う。そうなのかもしれねーが問題はそこじゃあねーぞホルマジオ」

 もう話はの浮気現場を目撃したとかそういう次元を超越している。そもそも、例え素っ裸で歩いていたって後ろからじゃ男性器なんか見えやしない。四つん這いになって尻を後ろへ突き出しがに股で進めば見えるかもしれないが、それを隣を歩く男に許しているとは一体何なんだ。前にプロシュートとガレージでSMプレイに執心していたとかしていないとかいう話があったが、実ははドのつくサディストで、男に犬の真似をさせて首輪を付け、素っ裸で連れ回すとかそんな趣味があるとか、そういうアレなのか。だが、ホルマジオがそうなっている所なんて見たことが無いし、正直想像もつかない。……つかんなことしてたらいくら治安の悪いこのあたりだとしても普通に通報されてパクられるだろうが!

「で?……その後どうなったんだよ」
「ふたりは角の向こうに消えていっちまった。……足が動かなかったんだ。あまりのショックで」
「お前は見てみぬふりして帰ってきたわけだな」
「ああ。オレは現実を直視できなくて、今こうしてここで打ちひしがれている」
「それもそうか。……誰だってそうする。オレだってそうするぜ」

 ギアッチョは何故かホルマジオに同情していた。愛する恋人の隣に男がいたというだけでショックなのに、それに輪をかけて男がとんでもない変態で、もしかするとそれを愛する恋人の方が強要していたかもしれないなんて、酷すぎる話だ。

「で、ホルマジオ。お前はこれからどうするんだ。とは別れんのか」
「イヤだ!別れたくねぇよ!オレ……こんなに人を愛したことねーんだ。もう以上にいい女になんか絶対に出会えねーんだ……!」
「お前にとっては今もいい女なのかもしれねーが、さっきの話聞く限りだと引く要素しかねーぞ」
「浮気していたというところがか?」
「ん?いや、まあその上での話なのかもしれねーが……」 

 オレはドのつくサディストとなんて上手くやっていける気がしねーし、そもそも素っ裸の男に犬の真似をさせながら外を歩き回らせるようなゲス女には近づきたくもない。

 そう思っている矢先に、リビングの扉が開いた。

「ただいまー」

 噂をすればなんとやら。紙袋を抱え、キッチンへと向かうの姿があった。ギアッチョはゴクリと喉を鳴らし、冷や汗を流しながらじっと彼女を見つめた。

 カワイイ顔してとんでもねー性癖を持った女だ……。

ッ!」

 向かいに座るホルマジオは身を翻して立ち上がると、バタバタとに詰め寄った。迎えるはきょとんとした顔で取り乱した様子のホルマジオを見つめる。

「どうしたのホルマジオ。そんなに慌てて」
「どうしたもこうしたもあるかァーッ!!お前今日の昼、一緒に隣歩いてたヤツ誰だよ!?」
「ん?……ああ。彼のこと?参っちゃったよ。ずっとついてくるんだもん」

 ふむ。が強要していた訳ではなさそうだ。だがそれならそうと、真っ昼間から恥部を露出させてすり寄ってくるような変態はさっさと警察にでも突き出してやってほしいものである。

「アイツのこと好きなのか!?」
「うーん。……嫌いじゃないよ。カワイイしね」

 カワイイ……?素っ裸で外をうろつく男のどこがカワイイんだ。やっぱりはドのつくサディストなのか?

「カワイイって……!気をつけろよ!妊娠させられたらどーすんだ!」

 妊娠……?なぜそこまで話が飛躍する?

「あははッ!どうにもなんないよ。今季節じゃないし、例え春になって乗っかられたとしても……元に戻れば受精はしないから。たぶんね」
「お前を妊娠させていいのはオレだけなんだからな!?」
「ホ……ホルマジオッ!恥ずかしいからやめて……!ギアッチョがすぐそこにいるのに!」
「ああもう、そうやって顔真っ赤にしてくねくねすんじゃねー。可愛すぎて我慢が効かなくなるだろうが」

 ……一体こいつらは何の話をしているんだ。もうついていけない。素っ裸の変態男がどうなったかと、このふたりの関係がどうなったかは後日聞くとして、とりあえずほとぼりが冷めるまで自室にこもっていよう。

 ギアッチョはテーブルの上の雑誌とボトルを手に取ると、ホルマジオの後ろを通ってそそくさと退散しようとした。

「妊娠もそうだが、ノミとか移されてねーか?」
「あー。野良猫さんっぽかったし、それはあるかもね」

 ギアッチョはぴたりと足を止めた。

「めちゃくちゃスリスリしてきてたろ。人間のオレが嫉妬するくらいしつこかったぜ」
「いやー猫の姿だとオス猫さんにモテまくって困っちゃ――」
「主語ォォオオオオオッ!!!!」
「ドゥふぉッ」

 ギアッチョはホルマジオの背中に踵を蹴り入れた。瞬く間に自分の目の前から姿を消したホルマジオ。はカウンターから身を乗り出すようにしてブチギレモードのギアッチョの足元を見やった。ギアッチョはホルマジオの背中を何度か踏みつけ、のべつ幕なしに怒号を上げ始める。

「主語を!話を始める時はまず、ほかに何をおいても必ずッ!主語を確実に明らかにしてから話はじめろこのハゲ!お前最初なんつった!?オレは覚えてる!よぉーく覚えてるぜホルマジオ!誰かがの隣を歩いていたと言った!誰かだ!確かにそう言った!その誰かってのが猫かよ!?ふざけんなよ!!普通猫に誰かとは言わねーだろうが!?どこぞの猫と言え!!猫は猫と呼ぶんだ!!常識だろーが!!つーか、明らかにミスリードだ!!ハメられた!!ショックだ!!今の今まで、が素っ裸の男に金玉ぶらつかさせながら外を一緒に散歩して悦に入るタイプの変態女で、そんなとんでもねー女が趣味に没頭してるとんでもねー場面に遭遇してしまった可哀想なヤツとお前に同情してたオレは一体何なんだ!?やはり最初から主語が人間の男でなく猫畜生のオスだと分かっていれば、オレはそんなクソしょうもねー話で頭を悩ませなくて済んだんだよふざけんなァァあああッ!!!!」

 まくし立てた後一息ついて一応の落ち着きを取り戻したギアッチョは、白目を向いて足の下でピクピクと体を震わせるホルマジオを満足気に見下ろすと、元の場所――ソファーの定位置――に戻ろうと顔を上げる。すると――

 ドン引きしたような顔で完全にフリーズしていたと目が合った。

「……キモっ……」
「――ッ!!!」

Side Story:
モテる彼女が浮気したっぽいからオレの話を聞け

「なるほど。そういうすれ違いがあったんだ。……仮に素っ裸で外歩いてる男が私にすり寄ってきてたら……瞬殺してるね」
「ああ。よく考えたらそうだ。おまえはそういう女だよな……。問題はそこで伸びてるてめーの男だぜ。たかが猫に嫉妬するかよ。頭が完全にやられちまってる。あと、紛らわしいから猫の姿で外ほっつき歩くんじゃあねーよ」
「えー。だって、嬉しいじゃん。にゃんこが向こうからスリスリきてきてくれるんだよ?」
「おまえはひでー女だな。すり寄ってきたオス猫の気持ちを考えてみたことあんのかよ。絶対に報われることのない恋心をいたずらに抱かせるんじゃあねーよかわいそうに」
「……それもそうか……」
「お前にはホルマジオがいるだろ。浮気なんかもうぜってーすんなよ面倒くせぇからマジで」
「浮気したつもりは無かったけど……猫だし」
「それな」


(fine)