ホルマジオ?つい一時間前まで抱きかかえて、鼻の下を無様に伸ばしきって眺めていた女をお持ち帰りするんじゃなかったのか?は律動を受けながら困惑した。そして、そもそも何故イルーゾォが動きを止めないのか理解できなかった。誰かが来たら止めなきゃいけなくなると言ったのはどこのどいつだった?というか、そもそも今どういう状況だ?
には見えていなかったが、バスタブの横幅3分の2程度が厚手のシャワーカーテンで覆われ隠れていた。つい先ほどまで、カーテンで覆われたところにイルーゾォが、覆われていない部分にがいたのだ。イルーゾォのとっさの判断でカーテンの影に隠されたの姿が、ホルマジオに見られることは無かった。彼は恐らく、便器に顔を向けて迫りくる吐き気と戦っている。なので、ふたりがバスタブでセックスに興じているなどとは気付きもしないだろう。オエ、オエと情けない声が響く。幸い吐瀉物の臭いまでは、まだ漂ってきていない。
だが、は気が気では無かった。声を出したらバレてしまうかもしれないという状況で、尚も止むことなく続く律動に、確実に絶頂へと攻め立てられていたからだ。ホルマジオが傍にいるという緊張感も相まって、与えられる快感は通常よりも強く感じられる。
「っあっ……い、イクっ……」
は溜まらず声を上げる。だが、律動は止まらない。その律動を続けている本人は、の背後でニヤリと笑っている。彼も彼で、この状況に興奮していた。
チームの誰も、がオレの女だってことを知らない。ホルマジオのやつはカーテンの向こうで、がオレにあられもない姿にひん剥かれて犯されてるなんて、想像だにしてないだろう。――彼の独占欲を満たすのには、これ以上無いシチュエーションだ。
「やっぱ、誰かいるよなぁ……?か?」
「うっ……うんっ、あっ……その、シャワー浴びたくてっ……んっ……あ、吐いたらっ、早く、出てって、よねっ」
ひと通り胃の内容物を吐き終えたホルマジオは、便器の水を流してふらふらと立ちあがった。そして洗面台に向かい口を濯ぐついでに坊主頭に水を浴びせた。おかげで幾分意識が明瞭になったような気になった彼は、怪しげに揺らめくバスタブのカーテンを黙って眺めた。カーテンはの体でも触れているのか、たまにかしゃりと音を立てて揺らめいている。
バスタブの近くには脱いだ服なんかを放るバスケットが置かれてあるが、そこにの例のワンピースは無い。もっと言うと、履物もない。そして、カツカツと何か鋭利な物が、バスタブの底のセラミックをつついたり、掻いたりするような音も聞こえてくる。彼女が履いていたパンプスのヒールか?この状況から推察すると、は服も靴も脱がずにバスタブで何かやっている。
「おいよォ。……お前、服どうした」
「!?っ、まだいるの!?はやく、出てってっ……てばァっ!」
「服だけじゃあねー。靴も脱がねーでなんでバスタブなんかに入ってんだよ。ヒールの高い履物なんか慣れてなくて、脱ぎ方もわかんねーのかァ?」
「んっ……や、っ……わかってる、から、放っておいてっ」
「服も靴も脱げねーってんなら、手伝ってやろうか」
「!?」
ホルマジオは苛立たし気に頭をかく。オレは一体何を口走っているんだと思いながら。まったく、つい最近まで女性として少しも意識していなかったのことを、劣情に任せてひん剥いてやりたいだなんて、どうかしている。
彼は今宵、バーで女を捕まえ損ねていた。と言うのも、イルーゾォがの後を追って慌ただし気にひとり退散してから、イルーゾォを落とそうと躍起になっていた女が気を悪くして、連れていた他の女ふたりを連れて席を立ってしまったからだ。あの豊満な体をした女を抱けるとばかり思い込んでいたホルマジオは、突如として自分の腕の中から女が抜けていくショックで呆然とした。そしてやり場のない怒りに打ち震えながら酒を何杯も呷り、今に至っていた。
「なあ。もうお前でいいから抱かせろ」
「!?ふっ……ふざけ、てんの!?早く、出ていきなさいって……言ってんのよこのハゲ!!」
「あの女と比べれば、胸の大きさはちょいと足りねーが……ケツとか太ももの大きさは申し分ねー。よくよく考えりゃあ、顔もお前の方が好みだ。今まで妹みてーにしか思えてなかったが、最近のお前は妙に色っぽい。だから、もうお前でいい」
コツコツと、ホルマジオの革靴がバスルームのタイルを叩く音が、バスタブに迫りくる。はイルーゾォに早くこの状況をどうにかするように伝えたかったが、イルーゾォが背後にいるなどと知られる訳にはいかない。
この期に及んでまだ突いてくるとかっ――
まるでホルマジオが同じ空間になんていないように、イルーゾォは己が男根をに打ち付け続ける。は視界も手の自由も奪われたままだ。どうしようもない。
ま、まさか……このまま私のことふたりで……。
は息を呑んだ。必死に唇を引き結んで声を漏らすまいと耐える。だが、口を開かなくとも、くぐもった嬌声が喉のあたりから漏れ出ていた。バスタブまで近づいてきたホルマジオには、それが聞こえてしまっていた。そして、もしかするとひとりではなく、誰かと何かいやらしいことでもしているんじゃないか、と感づき始めていた。
じゃあ、その相手は誰だ?答えは簡単だ。一番最初に、慌てた様子でバーの席から立ったイルーゾォだ。酒の席にいたその他のメンバーとは全員一緒にアジトまで戻ったし、リゾットはリビングで仕事をしていた。ソルベとジェラートはそもそも酒の席には来ていなかったし、アジトとは別にある、ふたりの愛の巣にでも籠りきっていることだろう。
――彼の好奇心は抑えられなかった。このカーテンの向こうで何が起こっているのか?がひとりでいても、イルーゾォとふたりでいたとしても、カーテンの向こうの事実を、彼は確認しておきたかった。
そしてホルマジオの足が、バスタブのすぐ手前で止まる。彼はカーテンの端に手をかけ、それを一気にスライドさせ、隠されていた部分を露わにする。
「ん?おかしいな……」
の悲鳴のようなものが聞こえた気がしたが、そこには誰もいなかった。自分は相当酔っていたのか?がバスタブにいる幻想でも見ていたのか?ひと時ぼんやりと考えた後、いや、今まで確かにここに人がいたと思いなおす。そして首を左右に振って周囲を確認する。
バスタブに向かって左手の壁には鏡があった。ホルマジオがその鏡を見ても、当然鏡に映る自分の顔しか見えない。しかし、バスタブの底に視線を落とすと、残っていた水滴に泥が溶けたような汚れがあった。おそらくふたり分だ。それを見てホルマジオは確信した。つい先ほどまで、ここにはとイルーゾォがいた。そして眉根を寄せて不機嫌そうな顔で鏡を覗き込み、舌打ちをした。
……イルーゾォのやつに先越されちまったか。確かに、あんな格好のを見たらヤりたくもなる。それは分かるがあまり気分のいいもんじゃあねーな。
彼らが正式に交際しているのか、それとも今晩だけの、体だけの関係なのか、そんなことはホルマジオにとってはどうでも良かった。狙った獲物を目前で他の雄に奪われたようで、どうにも気分が良くない。完全にやり場を失くした情欲をイルーゾォへの憎悪に変え、ホルマジオはバスルームを後にした。
イルーゾォのやつ……覚えていやがれ。
05: 貴方に許された世界を謳歌する
「いやあああっ!!」
はカーテンレールをリングがスライドし始める音を聞き、布と一緒に空気が動くのを身体の側面で感じて絶叫した。ホルマジオにイルーゾォと繋がっているなんていうあられもない姿を見られてしまう!
「ひどい、イルーゾォっ、何で……」
だが、ホルマジオが驚いたような声を上げることは無かった。そして薄壁一枚隔てた向う側で、おかしいな、と呟くホルマジオの声が聞こえてきた気がした。は思い出した。シャワーヘッドの設置されている方とは反対側の壁に細長い鏡があることを。普段あまり見ることが無かったその存在を思い出すのには少し時間を要した。今の今まで、洗面台から離れ、バスタブに突き入れられたら逃げ場は無いと思い込んでいた。
「お前、ホルマジオのヤツが部屋に入ってきた時も、服を脱がせてやると言われた時も抱かせろとかふざけたこと言われた時もカーテン開けられた時も……オレのことをぎゅうぎゅうと絞めつけやがって。お前はとことん淫乱なんだな。ホルマジオに見られたかったってのか?なんならアイツにも犯されたかったか!?オレなんかじゃあ満足できねーってのかよ!!」
「ひっ!!」
怒りに任せ、張り裂ける程に膨らみあがった男根を激しく中へ打ち込まれる。ずきずきとすごい速さで何度も奥を刺激され、はたまらず悲鳴を上げた。幸いここは鏡の中の死の世界。彼女の嬌声が外に漏れ出ることは無い。だがそのことについて安堵するのも束の間、イルーゾォが激しく攻め立ててくるので、彼女はまともに意見することもできなかった。
「っあ、イルーゾォっ、激しいっ!いっちゃう、いっちゃうからっ……ああっ、あ、やめて、あっ、あっ、ああっ、やめ、てっお願いっ!」
「質問に答えろッ」
「違う、違うよ!ホルマジオのことなんか、何とも思って、ないっ!あんた以外に、こんなこと、されたくなんかないっ!」
「それをどうやって証明する!?口だけならなんとでも言える」
「ね、イルーゾォ、っ、お願い、タオル、外してっ、あんたの顔が見たい。もう暗いの、いや……あんたがアタシで感じてる顔、見たいのっ」
は理不尽に突然視界と自由を奪われ、ひどく罵られながら犯されていたことについて怒る気持ちが、今となっては消え失せていた。確かに、水責めにでもあうのかという恐怖はあったし、ホルマジオが部屋に入ってきたにも関わらず行為を止めようとしなかったことについては驚愕したが、結局彼はすんでのところで、もろとも鏡の中へと逃げてくれた。もし自分のことを少しも彼女として大切に思わず、最悪ホルマジオとふたりで犯してやろうなんて考えがあれば彼はそうしなかったはずだ。そもそも、リッカルドのことで怒っているのもイルーゾォの独占欲が暴走した結果だとすれば、その根底には自分に対する愛があるはず。
そして彼女もまた、イルーゾォに対して途方もない愛を感じていた。今まで彼女が付き合ってきた男には、怒り狂うほどの独占欲をぶつけられたこともなければ、これほど激しく愛されたこともなかった。イルーゾォと付き合い始めて彼女が初めてだと思うことも多かった。彼女は今まで付き合ってきたどの男よりも、イルーゾォが愛しかった。
「お願い、イルーゾォっ……好き、好きなのっ、あんたのこと、どうしようもないくらい、好きになっちゃったのっ……!」
「ッ……!いいだろう。外してやる。そしてオレを納得させてみろ。お前が言ってることが、嘘じゃあねーってことをなァ」
「んあっ!!」
熱い塊がずるりと抜け出ていく感覚にが打ち震えているうちに、後頭部で結び目を作り彼女の目を覆っていたタオルが外される。視界が晴れると眩しさに目を細め、眉を顰める。その間には身体を翻されイルーゾォと対面し、彼女はゆっくりと彼の顔を見上げた。
ひどく余裕がなさそうな顔だ。は狂おしげに歪められたイルーゾォのそんな表情を見ると、途端に途方もない愛しさが込み上げてくるのを実感した。
そんなに私のことを愛してくれているのか?最初はただむらっときて襲っただけで、たまたま体の相性が良かったから良く分からない流れで付き合うことになっただけだったのに。今じゃ、過去に思っていた男やチームメイトに並々ならぬ嫉妬心を抱いて、そんな狂おしそうな表情で私を見つめるほどに、愛してくれているのか。
はたまらず手首を拘束されたままの腕をイルーゾォの首に回し顔を近づけると、噛みつくようなキスをした。幾度となく角度を変え、情熱的にイルーゾォの唇を、舌を貪った。イルーゾォもそれを拒むことなく、熱烈なキスの嵐に身を任せた。しばらくそうやって体液を交換し合ったあと、は名残惜し気に唇を離し、再度イルーゾォの瞳を見つめて言った。
「――これで分かった?あたしもう、あんたのことしか考えられない。愛してる。愛してるわイルーゾォ。リッカルドなんてもうどうでもいいの。今となっては、なんであんなやつのこと好きだったのか分からないくらい、もうあなたのことしか見えてない」
は溢れ出る愛を、素直に、飾らない言葉で次々と吐き出していく。イルーゾォはそんな彼女の恍惚とした表情を黙って眺めた。冷静を装おうと黙っていたはずだが、彼女の言葉を聞き入れる内に、イルーゾォの鼓動は段々と早くなっていく。
「あんたが今日、バーで他の女を隣に座らせてたの、本気で許せなかったの。女のこと殺してやろうかって思ったくらい。あんたが、私にはもったいないくらいかっこよくて、イイ男だってわかってるから、他の女があんたのこと放っておかないのはわかってたの。だから、どうしようもなく不安になって……。だって、付き合う前まであんた私のことなんて女とも思ってなかったでしょう?だから、簡単に捨てられちゃうんじゃないかって心配だったの。あんたにすり寄ってくる女のこと殺すのなんて簡単だけど、あんたの心まで離さないようにする術なんて、私にはわからないから。どうしたら、あんたはずっと私のものでいてくれるんだろうって本気で考えてた」
は瞳を潤ませて訴えた。彼女は強い。強いからこそ、男は彼女に支えはいらないと察して去っていった。彼女もこれまで付き合ってきた男に、なるべく自分の弱さを晒さないように振舞ってきた。それが、恋人関係が長続きしない要因でもあった。だが今、彼女は目の前の恋人に、自分の弱さを曝け出していた。今まで女らしさの欠片も見せなかった自分を、ひとりの女として扱ってくれる愛しい男に、思いの丈をぶつけていた。
「……リッカルドのことは偶然なの。アイツがあのバーに入り浸ってるなんて知らなかったし、今日あいつに会うことになるなんて思わなかった。そしたらアイツが言ったの。キスしてるとこ見せつけて、気をひいてやろうって。私がキスを断ろうとしたら、アイツ、私の了承も得ないまま唇を押し付けて来て……。あんなやつとキスなんてするつもり無かったの。お願いよイルーゾォ。私のこと信じて?私もう、あんた以外の男の前でこんな格好しない。絶対しないから。許してくれないなら、許してもらえるまで、私なんだってやるわ。だから、今私のことどう思ってるか、聞かせて?私はどうしようもなく、イルーゾォ、あなたが愛しい。もっと、もっとあなたを感じさせてほしい。もっと私のこと愛して欲しい」
「――っ!!!」
イルーゾォの胸は最高に高鳴っていた。愛しい自分の女を見つめ、沸々と湧き起こってくる愛欲に耐えかねて、乱暴に彼女の体を掻き抱いた。骨が軋み音を立てそうな程に抱きしめて、彼女の熱を堪能した。瞳に涙を浮かべ、自分への愛を語る目の前の女を、彼もまたどうしようもなく愛しく思っていた。
「……怖かったか?」
「え?」
イルーゾォはの耳元でささやいた。それは、彼が今までにしてきたことを後悔して吐いた言葉だった。
「拘束されて、目隠しまでされて、乱暴に抱かれて……。今お前が泣きそうな顔してるのは、怖かったからなんじゃあないのか」
イルーゾォはのこめかみに親指を宛がい、彼女の瞳の奥をじっと見つめた。確かに潤んではいるが、彼女の瞳に恐怖心や猜疑心といった感情は読み取れない。その瞳はキラキラと輝いていて、イルーゾォだけを見つめている。
「違う」
は再びイルーゾォの唇に自身のそれを近づけた。触れるだけの優しいキスを贈ると、彼女は幸せそうに微笑んだ。
「あんたに求められてるって今が、どうしようもなく幸せなの。だから、もっと、私のこと愛して。好きにして。あんたになら、どうされたっていい。この心も体も、もう全部、あんたの物よ」
「やっぱり、オレの目に狂いはなかったんだな。――お前は最高にいいオンナだ。お前は他の男が放っておけないほど、イイ女なんだ。あの情報管理チームのいけすかねぇ男だって、ホルマジオだって、お前のことを狙ってる。オレだってお前には離れていってほしくない。……だから、もうオレから離れるな、。オレもお前を……どうしようもないくらいに愛してる」
こうしてふたりは、鏡の中の世界でお互いの気持ちを確認し、存分に愛し合った。互いに許し合い、底知れぬ愛欲に身を委ね、時を忘れて互いの体を貪り合った。鏡の中の世界では邪魔など入らない。たまに扉が開く音が聞こえたり、水洗トイレが音を立てたり、頭上から温かなお湯が降りかかったりもしたが、そんなことなどお構いなく、とイルーゾォのふたりは気が済むまでバスタブで愛し合った。
我慢に我慢を重ね、ようやくイルーゾォが己の欲を吐き出す。白濁した体液が、の腹に撒かれると、彼女は恍惚とした表情でそれを指に絡ませて唇に運んだ。ぺろりと精液を舐め取ると、は微笑みを浮かべながらイルーゾォを見つめて言った。
「なんか……美味しいかも」
バスタブの縁に腕を置き、憔悴しきって息を荒げるに覆いかぶさる形で、イルーゾォはにキスを落とした。
「気のせいだろ」
「そうかな。……どうせなら、中に出してくれたって構わなかったのに。あんたとの子なら、私……生んだっていいわ。最高に愛して、育て上げられる自信がある」
イルーゾォはたまらずを抱きしめた。汗にまみれたふたりの体は、これまでに無い程に密着している。密着して互いの熱が均され、熱平衡状態に陥った。ふたりが完全にひとつになれたと実感できた瞬間だった。
「それならやっぱりリゾットに聞かないとな。産休とか育休とかもらえるのかってな」
イルーゾォが前にも言ったような冗談を吐くと、ふたりは笑い合った。が以前そんなジョークを耳にしたとき、何をバカげたことを宣っているんだとイルーゾォには不信感しか抱けなかった。だが、今は違う。本気で愛し合っているふたりの間に新しい命が宿るなら、それはそれでいいと、今のには思えた。
「愛してる。イルーゾォ。ねえ、もっと、もっと私を抱いて、愛して?」
「……今日はもう無理だ。また明日な」
イルーゾォはの額にキスを落とす。そしておもむろに立ちあがると、の手を取って彼は彼女を立ちあがらせた。立ちあがり前のめりになりかけた彼女の体を抱きとめると、イルーゾォが耳元でささやく。
「一緒に寝よう。今夜はお前と離れたくない」
鏡の中の世界で軽くシャワーを浴びた後、鏡を通してふたりは同じ部屋へと移動した。ベッドへと身を投げたイルーゾォに覆いかぶさると、は彼の首筋に顔を埋め首筋にキスを落とす。
「愛してる。イルーゾォ」
何度も繰り返されるその言葉を擽ったく思いながらも、イルーゾォは頷く。
「オレも愛してる」
まるで猫みたいに頭を胸板に擦り付けてくるがひどく可愛らしい。イルーゾォは思った。猫が人間に体を擦り付けるのは、自分の所有物だと他の猫にアピールするためだと言うが、のそれも同じなのだろうか。それなら、これから毎日でもこうやって一緒に寝たい。
長い時間鏡の中の世界を維持したことで、イルーゾォはスタンドパワーを使い果たしていた。体を激しく動かしていたこともあって、珍しく疲労困憊していた。そして眠気がすぐに襲ってきた。まどろみのなかで、が何度も愛していると呟くのが聞こえた。
ふたりは抱き合って、朝遅くまで泥の様に眠った。
「おい。お前、昨晩風呂で何してやがった」
「いったいぜんたいなんのことでしょーかホルマジオさん」
「とぼけんな。お前がイルーゾォと鏡の中にしけこんだってことは割れてるんだぜ」
翌日イルーゾォは、ホルマジオに壁際へと追い立てられ何やら追及されているの姿を発見する。バスルームの向かい、階段下の壁だった。イルーゾォは踊り場から顔を覗かせて、ふたりの様子を伺った。
「私達、付き合ってるの」
「そんなこたぁ関係ねーんだよ。大事なのは、イルーゾォの奴がことごとくオレから女を抱く機会を奪っていったってことなんだ。お前がアイツと付き合ってるってんなら好都合。独占欲強そうだもんな?オレにお前が犯されたと知れば怒り狂いそうだ。それがいい。だから抱かせろ」
「黙って聞いてりゃ私をオナホか何かみたいにぺらぺらと喋りやがってこのハゲ誰が抱かすか!」
「ほんっと口悪いよなぁ。お前みたいなじゃじゃ馬娘に誰が欲情なんかするかよってつい最近まで思ってたってのに……。なあ、イルーゾォのやつがお前を女にしちまったのか?気分わりーな」
まただ。この状態は、昨晩リッカルドとかいう間男に言い寄られていた時と同じだ。は必死に近づく胸板を押し返そうと腕を張っているが、男の力に押し負けそうになっていた。
いくら彼女の精神が他の男を拒もうとも、倫理観の破綻したホルマジオのような男に力を行使されれば、女のは成す術もなく犯されてしまうだろう。そんな危険性はある。だが、彼女もまた暗殺者でスタンド使いだ。固い意志を瞳に宿した彼女の精神が、彼女の背後で具現化しようと揺らめいた。
「私昨日決めたの。イルーゾォのこと悲しませるようなこともう二度としないって。だから、あんたが無理にでもアタシのこと抱こうってんなら……殺し合いになるよ」
「いいね。お前が負けたら、ボロボロになったお前のこと抱いて慰めてやるよ」
「私が勝ったら二度と私にちょっかい出さないでよね」
「いーや。ちょっかい出したくなったらちょっかい出すぜ。その度にバトルになるってんならそれでいい」
「粘着質!めんどくさ!!あきらめなさいよね」
「気に入ったぜ。お前のその一途なところがよ。なんでよりにもよってイルーゾォなんだよ。そこが気に食わねー。お前に傷付けるのは気が引けるが、小さくなったおめーを好きにするのも悪くねーな」
「ゴッドスマック!!」
「リトル・フィート!」
こうして、アジト内で突如としてスタンドバトルが勃発した。騒がしいとリビングから顔を出したリゾットが呆れた様子でその様子を見ると、すぐに止めるようにと声を張り上げた。だが、完全にヒートアップしている当の本人たちにその声は届かない。かぎ爪で傷をつけようとに迫るホルマジオのスタンド。それを返り討ちにしようと、のスタンドがぼこぼこと殴ったり蹴ったりといった攻撃を繰り出している。お互い一歩も引く様子を見せない。精神力の続く限りふたりのバトルは続いてしまうようにリゾットには思えた。イラついた様子のリゾットは、ニヤニヤと笑みを浮かべ踊り場から階下に視線を落とすイルーゾォを見つけると、見てないで喧嘩を止めろと窘める。こうして、イルーゾォの鏡の中の世界へと連れ込まれたふたりがリゾットに説教を受ける形で事態は一時収束した。
しかしながら、その後も同様の経緯でとホルマジオのバトルは度々勃発した。イルーゾォは最初こそ面白がってふたりのバトルを静観していたが、その内にがハイになってバトルを楽しみはじめ、ホルマジオをうざいと突き放すこともしなくなる。それを面白く思わないイルーゾォには度々お仕置きされることになるのだが、どちらにせよはそれを楽しんだので、結局のところお仕置きがお仕置きにもなっていなかった。こうしてはイルーゾォの寵愛をほしいままにし、恋に仕事に忙しくも幸せな日々を送ったのだった。
(fine)