「声は出すな」
イルーゾォは耳元でそう呟くと、の耳介に舌を這わせた。一通りその輪郭を舌先でなぞり終えると、裏側から耳輪に噛みつき、やがて彼の口は耳垂に吸い付いた。同時に鼻から抜けるイルーゾォの吐息がの耳元を擽る。鼓膜の間近で、くちくちと唾液を纏った舌や唇が蠢く音は彼女に性的興奮を植え付けた。
「声を出しちまったら壁の向こうのリゾットに聞こえちまうってのは、分かるよなァ?」
ジッパーを引き下ろし露わにしたの背に触れると、イルーゾォはブラジャーのホックを解いて、衣服と肌の間に器用に手を這わせ乳房を掴んだ。膨らみをゆっくりと左右に揺らすように玩ぶと人差し指を先端へと伸ばし、既に立ちあがっていたそれを乳房に押し込んだり、指を左右に揺らしたりして刺激してやると、は声を漏らすまいと下唇を噛み締めた。
「……ところで。正直なことを教えて欲しいんだが、お前はオレと付き合い始める前、あのリッカルドとかいう男とセックスしたいって思っていたんだよな?」
は必死にかぶりを振って否定した。
「嘘をつくんじゃあねーよ。あの男と寝る妄想でもしながら、自分の部屋で夜な夜なオナってたんだろう」
「そんなこと、してない」
がそれを口にした瞬間、彼女の乳房を覆っていたイルーゾォの指が先端を強く摘まみ上げた。
「――っ!」
「声を出すなと言ったはずだ。オレはさっきからイエスかノーかで答えられる質問しかしてねェ。首を縦か横かに振れば済む話だろうが」
唐突に与えられた痛みには再度恐怖心を煽られる。しかし、直後に優しく首筋にキスを落とされ、胸元を覆う手が優しい愛撫を再開する。飴と鞭を上手く使い分けるイルーゾォの術中にはまった彼女は、既に反抗する意思を失くしつつあった。
「それで?まだ答えを聞いてない。……なあに、付き合い始める前の話だ。怒ってぶったりなんてしねーさ」
は言われた通り、無言のまま肯定の意を込めて首を縦に振った。羞恥心に打ち震える彼女の口は酷く食いしばられている。タオルで覆われていてイルーゾォには見えなかったが、彼女はうっすらと瞳に涙を滲ませていた。
「ふっ……。やらしいオンナだ」
イルーゾォはに覆いかぶさるように、彼女の背に身体を沿わせ、片手での胸を揉みしだきながら、もう片方の手を彼女の太腿に這わせた。彼の手が触れた瞬間、は身体を震わせてきゅっと股を閉じる。それをこじ開けるようにイルーゾォの手が内側に回りゆっくりと上へ登っていく。
「こんな状況でも濡らしちまうのか?すげぇな……触ってもなかったのにもうぐしょぐしょじゃねーか」
下着越しに割れ目へと沿えられたイルーゾォの中指は、の愛液で湿り気を帯びた。だが彼は彼女が求めている快楽を、そのまま与えてやる気にはなれなかった。
04: 光無き世界と貴方に溺れる夜
彼女は他の男とキスをした。それがが好きでも何でもないナンパ男だったなら、ここまで嫉妬に駆られることはなかっただろうとイルーゾォは思った。
あの見せつけられたキスが、一方的に男に与えられたものなのか、キスすることを了承した上で男と共謀してしたものなのか、イルーゾォに本当のことは分からない。の言うことを信用するならば、暗殺者としてはあり得ない“スキ”を突かれた結果の一方的なものらしいが、今イルーゾォは疑心暗鬼に陥っている。そしてこれから彼がしようとしていることに理由をつけるには、共謀してのキスと思い込む方が都合が良く、それを燃料にイルーゾォの嫉妬心はさらに燃え上がっていく。
リッカルドは、かつて彼女が一人の夜に頭に思い浮かべていた男だ。その男に愛撫されたいと欲情し、は度々火照る体を自分で慰めていた。当時の彼女の心中には、イルーゾォの存在など思い浮かべられる隙すら無かった。そもそも彼はにとって、そういう情を抱く対象ではなかった。さらに言えば、イルーゾォを含む暗殺者チームの全員が、彼女を女性として扱っていなかった。イルーゾォは、それを重々承知している。
だが、彼の認識は変わってしまったのだ。あの夜を境に・はイルーゾォにとって、愛しいただひとりの女性となり、情欲の源泉となり、自身によって心身ともに独占されるべき特別な存在となった。今の彼女の心中に、あの男の影がちらつくなど許されることではない。キスされることを容認した(これはイルーゾォの思い込みだが)には、まだあの男に未練があるのだ。過去に夢見たことを実現させたいと、少しも思わないはずがない。
彼は付き合い始める前のことで怒る気は無いと言ったが、それはほとんど嘘だった。今や、彼女がリッカルドに思いを寄せていたという過去さえも抹消したいほどに腹立たしい。
やり場のないこの煮えたぎるような怒りをどうしてくれようか。――いや、やり場ならある。自身の手で、自由と視界を奪い、供用スペースであられもない姿にひんむいてやったこそがそれだ。今回のところはそれで清算、ということにしてやろう。
――これは理不尽極まりないイルーゾォの勝手な決め事だ。そして清算とは、相互の貸し借りをならし過不足なく分担することだが、彼のぶつけようとしている嫉妬心は明らかにが抱いたそれよりも大きく膨らんでいた。清算というにはあまりに彼女の心的負担が大きく不平等。はそのことに意見すべきだが、イルーゾォは確信していた。彼女は従順に、自身の凶暴な愛を受け入れるだろうと。
「縛られてるんでちょいとやりにくいかもしれんが、どうやっていたか見せてみろ。あの男のことを考えながら、どうやってそのイヤらしい体を慰めていたのか」
耳元でそう囁かれると、は弾かれたように体を揺らし、酷い動揺を見せた。しばらく命令されたことがなんだったかと考えた後、激しく首を横に振って拒否の意を表した。彼女は今まで一度たりともそんなことを強要された経験がなかった。経験があって、自分もそれで興奮する体質なら悦んでやっただろうが、生憎彼女にはそんな性癖は無い。だが、イルーゾォの言う教育とは、かつて愛する男を思いひとり体を慰めていた自分が、どれだけ恥ずかしいことをしていたかと認識させ、悔い改めさせることだ。それこそが過ちを認め反省させるという教育である。いくら愛しいの訴えとあれど、彼のカリキュラムを全うさせない訳にはいかない。彼はそれを彼女に分からせるために続けた。
「いやだって言うならそれでもいいが……そうなると、このまま便器の上に縛り付けて放置することになるなァ。そろそろバーに残ってた連中も戻ってくる頃だろう。アイツら、肉便器になっちまってるお前を見てどう思うかな。なあ。どう思う。むしろそっちの方が興奮するってんなら、オレはそれでもかまわないがな」
正常な思考ができれば冗談じゃないと憤慨するような話だ。だがは、与えられた二つの選択肢の内、心的被害の少ない方を選び、主導権を握る男の機嫌を損なわないように命令通り動くしか無いと思った。は完全にイルーゾォの手のひらで踊らされている。そもそもイルーゾォは他の男に彼女のあられもない姿を見せてやるつもりなど毛頭ないのだ。選択の自由などではなく、誘導に他ならなかった。
もはややむなし打つ手なしと観念した彼女は、シンクの縁で体を支えていた両手をゆっくりと自身の股座へと伸ばし控えめに股を開くと、熱く濡れそぼつそこを指先で弄りはじめた。イルーゾォは彼女の体の表側を自分の方へ向け、中途半端にたくし上げられたスカートの裾をへそ周りの高さまで一気に引き上げた。彼女の恥部がよく見える高さに顔が来るようにしゃがみ込んだイルーゾォは、ゆっくりとショーツを引き下ろしていく。の腕を下に引いて、床へ尻を付け足を開くように命じれば、彼女は躊躇いながらも言われた通りに動いた。足の開き方が足りないと指摘された彼女はゆっくりと開脚し、見えもしないイルーゾォから顔を背ける。
こんな、恥ずかしい格好……見られてるなんて。
恥辱に濡れた瞳から湧き出す涙は、目隠しに使われているタオルが吸い込んでくれている。たったひとつ救いがあるとすれば、それだけだ。彼女が弱って泣いていると悟られることは無い。だが、こんな格好をさせられた上、自分の恥部を弄るところを見られている時点で、彼女には自分に尊厳など欠片も残っていないように思えた。今更弱っているところを見られようが見られまいが関係ない。どうせなら、もう残り少ないプライドなんて全て投げ捨てて、泣いてごめんなさいと謝ってしまおうか?そうすれば今すぐにでも解放してもらえるだろうか?彼女はそう考えたが、それは絶対に無いとすぐに思い至った。イルーゾォに初めて抱かれたあの夜も、彼女は何度もやめてほしいと頼んだが、彼女の気持ちを慮り紳士的に己の欲に歯止めをかけてみようとする素振りなど、イルーゾォは少しも見せなかったのだ。気が済むまで体を好きに玩ばれるのが落ちだ。それが牢乎たる結末だ。
大丈夫……きっと、他の誰かがこの部屋に入ってこようとしたら、鏡の中に避難するはず……だから大丈夫。今は、言われた通りにしなきゃ……これ以上、ひどいことされないように……。
はそう自分に言い聞かせると自慰を再開した。いつも自分がしていたように、中指をひだの間に滑り込ませ、くちゅくちゅと音を立てながら表面を数回撫でた。指に体液を絡ませ中へと指を突き入れる。突き入れた指を内側に折り、掻くように刺激を与える。手の自由がきかないせいで、自分が知っているいいところにまで指が届かない。もっと奥なのに、と自慰に真剣に取り組む自分をは滑稽に思った。
「ノリノリだな。奥に届かなくてむず痒そうな顔をしてる。残念だが、だからって拘束を解いてやるつもりは無いぜ。別に奥じゃなくったってイイ所は他にもあるからなァ」
は図星を突かれ、悔しそうに顔を歪めた。そして、イルーゾォが更なる誘導を目論んで吐いた言葉通り、はクリトリスへ指先で刺激を与え始めた。皮をかぶったそれを片手で空気にさらし、もう片方の濡れた指を宛がって小刻みに揺らす。
「驚いたな、初っ端から直で触っちまうのか?お前は本当にどうしようもなく我慢の利かない淫乱女だ。オレがお前の後を追わなかったらどうなっちまってたかなんて容易に想像がついちまうな。あの男に一晩中ハメ倒される気でいたんだろう?オレというものがありながらだぜ。まったく信じられねーよなァ」
「んっ……くはっ、あっ」
「おい、声が漏れてんぞ。てめーが供用の風呂場でオナって良がってるってリゾットにばれちまっていいのかァ?」
彼女はぶんぶんと首を横に振って否定し、声が漏れないようにと下唇を噛み締めた。だが、おかしかった。声を漏らしたくないのなら、手を止めればいいのだ。だが、彼女の体は更なる刺激を、快感を追い求めている。嫌々やらされているはずなのに、イルーゾォに見られていることに自分は興奮しているのか?まさか、そんなはずはない。しかし手は止まらない。彼女の荒い吐息がバスルーム内でこだまする。
こんなんじゃダメ、自分じゃ……。
そんな中、イルーゾォはおもむろに立ちあがり、カチャカチャと音を立てて自分の腰に巻きつけていたベルトを外し始めた。
「。お前だけ気持ちよくなろうって魂胆ならそれは許可しない」
イルーゾォはの頭髪を掴み上を向かせると、彼女の食いしばられた唇に、彼の充血して立ちあがったモノの先端を宛がった。驚くことにはイルーゾォの意図を汲み取り、率先してそれに舌先を這わせた。すっかり従順な様子のを満足げに見下ろした彼は、掴み上げていた彼女の頭髪から手を離し優しく頭を撫でてやった。
「いい子だ。言われなくても分かったんだな。だが、手は止めるなよ。お前にはもっともっと反省してもらわなくちゃあいけないんだ。自分がナニにしゃぶりつきながらマスかいちまうような淫乱女だってことをなァ……」
それを私にやらせてるのは、あんたでしょ……。
自分を淫乱に仕立て上げているのはイルーゾォであって、自分は元から淫乱なわけじゃない。はのぼせ上った頭の片隅でそう思った。だが、やめればいいのに手は動くし、すすんでイルーゾォのペニスに舌を這わせてしゃぶりついた。そして、上から降り注ぐ微かな男の吐息を聞いて興奮していた。頭部に当てられた温かな手のひらは、たまにくしゃりと頭皮を撫でながら髪を掴む。自分の奉仕で、少なからず快感を得ていると教えてくれるそんなイルーゾォの反応をは嬉しく思った。相変わらず視界と手の自由を奪われているというのに、どうしてこんなにも気持ちが高ぶってしまうのか?いつもより冴えわたる聴覚と触覚の所為か?の恐怖心も反抗心も完全に消え去っていた。その代わりに生まれていたのは、咥えている男根を中に埋めて、もっともっと快楽に耽らせてほしいという欲だった。
だが、喋ることは許可されていない。欲しいと懇願する瞳を見せることもできない。手を使って自身の中心にイルーゾォのモノを誘い込むこともできない。今の彼女にできるのは、口での奉仕だけ。絶頂に近づけてやれば、求める物を与えてもらえる。はそう信じて唇をすぼめ、舌を動かし、必死に頭を前後に振って奉仕を続けた。
「――っ!おい、こっちに来い!」
イルーゾォは腰を後方へ引いた。突如として口の中から抜けていったそれを名残惜しく思う暇も与えられず、は腕を持ち上げられる。がよたよたと導かれるまま歩を進めると、イルーゾォはバスタブへ入る様に指示した。両者共に靴を履いたままだったが、お構いなしにセラミック製の白いバスタブの中に立った。少し余裕を見せてきたに機嫌を悪くしたイルーゾォは、彼女の体を乱暴に翻し壁に押し付けた。
「調子に乗るんじゃあねーッ」
「あっ……」
何の前触れも無しに、は後方からペニスを突き入れられた。その衝撃でたじろいだ彼女は、バスタブの縁に手を突いて何とかバランスを取りながら、打ち付けられる快感に身をよじる。
っだめっ……声、出ちゃうっ……。
「い、イル……ゾォっ……あっ、声、出ちゃうっ……」
「マジに我慢が利かねーんだな?。お前ってやつはっ……本当にどうしようもねースキだらけの淫乱オンナだ。もっと欲しけりゃ、声は出すんじゃあねー。変に思って……誰かが来ちまったらどうする。やめなきゃいけなくなるだろーが……いいのか?」
「いやっ……いや、やめないでっ」
「だから、声を出すなってッ」
「もっ、無理、きもち良すぎて、変にっ……なっちゃう、んっ」
尊敬する上司がすぐ隣で仕事をしていることだとか、飲み終えて帰ってくるであろうチームメイトのことなど、最早どうでもいいとさえには思えた。胸の突端をいじられながら、何度も何度も最奥を突かれ、脳幹と性器をつなぐ神経経路で活発に電気信号が送受されている。絶頂までの甘い予感が込み上がり、たまらなくなる。対するイルーゾォも既に、が喘ぎ声を漏らそうとも、そのことを本気で叱責することも無くなっていた。彼も快感に身を委ね、を感じていた。
――そしてバスルームの扉が開く音が部屋に響く。イルーゾォはとっさに動きを止め、の上体を引き上げて彼女の口を手のひらで覆った。は一気に青ざめた。
「おい誰だ……鍵もかけねーでシャワー浴びようとしてんのはよォ……。でも、助かったぜ……うぇっ……気分わりっ」
声の主はホルマジオだ。酷く酔った様子の彼が、便器に覆いかぶさるような音がふたりには聞こえた。こちらに来る様子はないと確信したのか、イルーゾォは再び動き始める。
――っ嘘でしょ!?
ゆっくりとイルーゾォのペニスが内側を這い始める感覚に身を震わせたは、眉を寄せ、ひとり息を押し殺した。