お前はきっと彼女に遊ばれてる。オレたちみたいなギャングが言うことじゃあないが、火遊びも大概にしておかないと火傷するぜ。
オレがお前にハマってすぐの頃、メローネにはそんな忠告を受けた。一体お前があの女の何を知ってるんだってどやしてみたら、「カン」だって言いやがった。まあ、いつも嘗め回すように女という女を観察しまくっているメローネの言うことだから、妙に説得力はあるんだが、だからって手を引こうなんて思ったことはなかった。
糖ってよォ、摂取しすぎると、体冷えて太って生活習慣病になったりって、体には良くねえよな。でも、皆が良くねェって認識でいるのに、なんでイタリア人がパスタだとかピッツァだとかジェラートだとかを止められねぇのかって考えると、そこに理屈なんてねェんじゃあねーのかって思えてくるんだ。好きなもんは好きってことじゃあねーか。それか単に中毒か、そのどっちかだろ?
。お前はオレにとってのシュガーだ。お前といると、まるでヤクでもきめちまったかみてぇにすげーハイになれる。今まで幸せってもんが何かなんて考えたこともなかったんだが、その気分が味わえてる様な気すらするんだ。それはお前といるときだけなんだ。
なけなしの金はたいて、ちょいと格上のリストランテにお前を誘おうとしたとき、お前言ったよな。
「そんなのつまんない。ギアッチョの車でドライブに行こう。好きな人と、好きな音楽聞きながら、風を感じて海沿い爆走するなんて、これ以上最高なことって無いと思うの!」
それを聞いて、お前って何でそんなに最高なんだよって思ったんだ。オレがすぐぶちぎれるタチなのを分かってて気を遣ってるのかって勘繰ったりもしたが、お前はたぶん違う。本気でそんなデートが最高だと思ってて、女同士のクソつまらねぇマウンティング合戦のために男に金を貢がせたりだなんて心の底からつまんねぇって思ってる、クールな女なんだよな。
そこでオレは思うわけだ。お前はオレのことを本気で好いてくれてんじゃあねーのかって。オレと一緒にいるこの時を、本気で楽しいと思ってくれていて、それだけで幸せだって思ってくれているんじゃあねーのかって。メローネのヤツが言ってたカンってのが、外れていろって、オレは本気で願ってるんだ。
今日の目的地は、とある灯台のある岬だ。曰く、すげー綺麗な夕日が見れるんだと。オレは夕日なんて物に興味はねェが、お前を隣に乗せて突っ走れるなら行き先なんかどこだって良かった。
「やばい!日没まで、あんま時間ないよギアッチョ!飛ばして!」
そんなの声に煽られて、オレはギアを六速に入れてアクセルをべた踏みする。まるでオレたち以外誰も車を走らせていない道を突っ走るみてぇに、海沿いの道を爆走し目的地へと急いだ。
Sugar how you get so fly
「わー!間に合った間に合った!なんて綺麗なの!」
は灯台のふもとに着くなり助手席から飛び出し、まるで子供のようにはしゃぎ始めた。時刻は夜の七時三十分。日の入りまではまだ三十分ほどある。ギアッチョは車のサイドブレーキを引き一息つくと、凝り固まった肩の筋肉を解すため、運転席に着いたまま伸びをした。そしてまた一呼吸置いてゆっくりとあたりを見回した。
この灯台は巷でも有名なデートスポットだ。夏は恋人で溢れかえっているという噂だったので、は少し時期をずらしてギアッチョへドライブデートの目的地として提案した。幸い、お互い土日が定休日という職に就いてるわけではなかったので、人が少ないであろう水曜日である今日を決行の日としたのだった。そんなの配慮が功を奏し、自分たちカップルの他に誰もいないという最高のシチュエーションを演出できた。彼女はそのことにかなり満足しているようだった。
「ギアッチョ~!はやく~!」
「わぁーってるよ。今行く」
仲間でも何でもない他人に急かされたり、自分の行動に制限をかけられたり、命令されたりということには反射的に拒絶反応を示してしまうギアッチョだったが、と二人でいる時だけはまるっきりそれが無くなった。特にキレる様子も無く、彼は彼女に言われるまま車から降りて恋人の元へと向かった。
灯台の麓、コンクリートの基礎に腰掛け、はじっと海を眺めていた。空はまだ青いが、太陽が沈みゆく水平線の上部はオレンジ色に色づきはじめている。ギアッチョはを背後から抱くように座り、同じように太陽を眺めた。少しして、一人で見に来ようとは思わないが、お前と二人ならいい雰囲気だし見にきてやってもいい。そんなことをボソッと呟いて、を笑わせた。
二人の関係は“仕事”でナイトクラブへ足を運んだギアッチョが、にしつこく絡んでいたナンパ男から彼女を救い出すという、恋愛ドラマ顔負けのシチュエーションから始まった。正確に言うと、彼にを救おうという意思は無かった。便所から仲間のいるソファーへ戻る道中に、たまたま、を口説こうとしているべろんべろんに酔った男の肘がギアッチョの身体に軽く触れたので、彼はいつもの調子でぶちぎれた。そして男を表に連れ出し、ボコ殴りにするという制裁を加え終わると、絡まれていた女が礼をしにきた。それがだったのだ。ギアッチョは彼女が男にしつこく絡まれていたことを知らなかったので、何を言っているのか分からんとまたキレそうになったのだが、付き添いのメローネがギアッチョに事情を説明する。その説明を受け、最高にヒートアップしていたギアッチョは落ち着きを取り戻した。そして目の前にいる女を改めて見ると、タイプの女、だった。
はで、ギアッチョが白馬に乗った王子様か、姫を守る騎士のように思えていた。
なんて男らしいの!それに、すっごくカッコイイ!
ナイトクラブに入り浸って、気になった男性には節操なく自分の電話番号を紙に書いて渡すなんていう尻軽女のやりそうなことに慣れていない彼女は、今にも帰ってしまいそうなギアッチョを前に、慌てて鞄から店の紙ナプキンを取り出し、自分の家の電話番号を記した。
「これ、私の電話の番号です。……あの、よければ後日、しっかりお礼させてください!」
「お……おう。ありがとよ……」
ありがとうだぁ?なんでそんな言葉が出てくるんだ。と後になって自問自答し恥ずかしくなった彼だったが、その時はそそくさと自分の前から去って行く彼女の後姿をただ見るだけで精一杯だった。
「……お前、まだあのクラブに通ってんのか?」
完璧にギアッチョの独断と偏見だが、ナイトクラブに通うような女は、あの男はナニがでかかっただの早漏だのセックスが下手だのと、女同士のおしゃべりのネタを作るためにヤりまくってるビッチばかりだと思っていた。まさかそんな場所で、好みの女性に遭遇するとは思わなかったというのが正直なところで、今でも自分からに電話をかけ、次に会う約束を取り付けたことが信じられなかった。あの晩のの艶めいた姿に惚れ込んでしまって、どうしても忘れることができなかったのだ。自分はギャングで、しかも暗殺を生業としている。関わればロクなことにはならないというのに、どうしても彼女をモノにしたいという欲望に抗えなかった。そして、彼女を手に入れた今も、彼女の魅力的で艶やかな姿が他の男の視線にさらされていると思うと、気が気では無い。ここ最近ギアッチョは、彼女に会えない間そんなことばかり考えていた。
「私、通ってる、なんて言ったっけ?あれ、職場の友達に無理やり誘われて、ギアッチョに初めて会った日、たまたま行っただけだったんだよ」
やっぱりそうか!何だ、メローネのやつ、ほんと見た目だけで判断してやがったんじゃあねェか!何が火傷するぜ。だ。何が“カン”だバァカ死ね!!!
「でも、あの日に限っては行って良かったと思ってる。だって、あの晩、もし私が誘いを断ってたら、ギアッチョには一生会えてなかったかもしれないじゃない?それを考えると、とっても怖いわ」
は自分の腰に回されたギアッチョの腕に軽く触れて、感慨深げにそう言った。そして、ギアッチョの暖かな体にもたれかかり、幸せをかみしめるように目を閉じて微笑む。そんな彼女の様子を見て、どうしようもなく愛しい気持ちが沸き起こってきて、ギアッチョはより一層、彼女の身体をきつく抱きしめた。
「うげぇ。ちょっとキツく抱きしめすぎ」
「うるせぇ。黙って抱かれてろ」
「はーい。……あ!見てみてギアッチョ!太陽が沈んでく!」
三十分なんてあっという間だ。ギアッチョは思った。彼女の身体に触れていられるのも、あと少しで終わってしまう。きっと今日も何もないまま、彼女を家に送って終わる。思えば付き合い始めてから、キス以上のことなんてやったためしがない。それも、彼女がビッチじゃない証拠なんだろうが、もうそろそろ我慢の限界かもしれない。何にしても短すぎる。圧倒的に、“”が足りない。
太陽が沈むのを、は黙って見ていた。そして完全に太陽が水平線の向うに消えるのを見届けて少ししてから、早いなぁ。でもすごくきれいだった。ととても嬉しそうに話してゆっくりと立ち上がった。
「よし!帰ろう!」
そう言って、まだ座ったままのギアッチョに手を差し伸べる。ギアッチョは黙って彼女の手を取り、立ち上がる。そして大人しく車まで戻った。そして彼女の手が、助手席側の車のドアを開けようとしたとき、ギアッチョは彼女の手首を少しだけ強引に引き、今度は彼女の身体を正面から抱きしめた。
「……急にどうしたの?」
「足らねぇ」
「え?」
車のボンネットに背を預ける形でギアッチョに詰め寄られたは、まるで獲物を見据えた獣のような眼光を彼の瞳に見た。そして、これから何が起こるのかを予見して、彼女の鼓動は早くなる。
「足らねェんだよ。。お前が……お前が欲しい」
「――っ」
恋人の名を呼ぼうとした口は、彼のまるで噛みつくかのようなキスで強引に塞がれた。長いキスからようやく解放されたかと思うと、ギアッチョの唇は甘くの首筋をついばみ、両手は上着をたくし上げようと肌と布地の間に滑り込んでいく。
「ぎ……ギアッチョ!ここ、どこだと」
「外、だな」
……三週間か。ま、頑張った方、かな。
はそう思った。そして、一転して妖艶な表情でギアッチョを見つめる。
「いいよ。ギアッチョ。あなたになら、何されても」
「……言ったからな。」
三週間焦らしに焦らされたギアッチョは、彼女の扇情的な態度を受けて急に不安になる。今まで自分ががっついていなかったということもあるだろうが、こうもすんなり行為を受け入れられるなんて。
やっぱり、オレは遊ばれてんのか?
そうは思っても、もはや最高に昂った自分を抑えることがギアッチョにはできなかった。夜の帳が下りる中二人の影は混じりあい、ゆっくりと闇に溶けていった。