・という女性は、ホルマジオの遊び相手のひとりに過ぎなかった。
彼女はホルマジオがどこに住んでいるのか、どんな職に就いているのかといったことを全く知らない。彼に繋がる電話番号も知らなかったし、会いたいと思っても彼女から連絡を取り付けることもできない。彼はまるで野良猫のように、彼女の家を好きな時にふらっと訪れては夕食を共にして彼女を抱くと、朝方には朝食も取らずに帰っていった。週に何度も来るときもあれば、一カ月以上の時を経て何食わぬ顔で訪れてくることもあった。
はホルマジオを愛していた。
ホルマジオにとっては何人もいる女性の内のひとりでしかない彼女だったが、にはホルマジオしかいなかった。彼女にその気があれば、彼女のことを心から愛してくれる男性に巡り合うのは難しいことではない。ホルマジオしかいない、というのはの思い込み以外の何物でもないのだが、そのことを指摘してくれる友人の話にはろくに耳を貸さず、彼女はただひたすらに彼を愛していた。
ホルマジオはに「愛してる」と言ったことは一度もなかった。
彼女を抱いている間、感極まって舌の根のあたりまでその言葉が出かけたことは幾度となくあったが、快感の中に埋もれ行く一縷の理性を拾い上げては飲み込んでいた。彼は誰に束縛されるつもりも無かったし、誰も心から愛すつもりは無かった。仕事で抱えたストレスを発散し生の実感を得るのに、セックスは彼にとって最良の手段だった。それだけだった。
はホルマジオに「愛してる」と言ってほしかった。
彼女はホルマジオが意図的にその言葉を吐いてしまわないようにしているのが分かっていた。嘘でもまやかしでも何でもいい。ただ自分の心を一時的に満たしてくれればそれでいいと。いざ、その言葉を聞いた時に本当に満たされるのか、彼女自身にも分からなかったが、とにかく彼女はその言葉を喉から手が出るほどに欲していた。だが、鬱陶しいと思われて、ホルマジオに遠ざけられることこそ彼女が最も恐れていることなので、彼女からその言葉を催促することはなかった。そして彼女もまた、愛していると彼に伝えることは無かった。決してホルマジオに夢中だと、本人にだけは悟られないように。はそんな忍耐はいくらでも続けられると思っていた。
――だが、極限にまで張り詰めた糸がピンと音を立てて切れる様に、限界は唐突に訪れた。
セックスがドラッグなら、その代償は何だ?
打ちっ放しのコンクリートの壁と天井、ホワイトオークの床、黒の革張りソファー。その他にも、洗練されたデザインのモノトーンな家具が必要最低限に揃えられている、モダン調に統一された大空間のリビングルーム。そんな意匠性に溢れたモデルルームのような一室に、ホルマジオはこれまで幾度となく通されてきたが、未だに彼はこの空間に慣れずにいた。
そして今、この空間の創造主は大きめのキッチンカウンターでせっせと夕食の支度に勤しんでいる。夕食ができるまで手持ち無沙汰な時間が生じるのは毎度のことだったが、彼はいつも天井を仰いで思い返していた。
何故、・という、住む世界も人となりも何もかもが自分とは正反対の、才色兼備の金持ち女が、ギャング(しかも人殺しを生業とするようなアブない男)なんかと関係を持つようになったのか。
出会いはどこだかのレストランだった。彼女はかなり陰鬱な顔をして、窓際の客席から一人で通りを眺めていた。彼女の向かいの席のテーブル上には、もう一人、誰か座る予定だったらしい痕跡があったが、ホルマジオが店に入ってから食事を終えて帰ろうとする間には、誰一人としてその席につくことはなかった。それはきっと、この店が閉まって彼女が店主に追い出されるまで同じだろうと、ホルマジオは思った。
(健気なもんだな……)
腹も空いているだろうに、彼女は店に悪いと絶えず飲み物は頼んでいたが、前菜には少しも手を付けようとしなかった。頬杖をついてたまに飲み物に口を付けながら、遠目からでも分かるように深い溜息を吐く。その繰り返しだ。
あんないい女をこんな風に待たせる男がいるのか。そう思ってからのホルマジオの行動はさすがと言うべきか、とても手慣れたものだった。
「なあ。誰か待ってんのか?」
「ええ。でも、もう来ないでしょうね。約束の時間、二時間近く過ぎてるもの」
「……話なら聞くぜ?まあ、オレなんかで良ければだがな」
ひどく屈託ない笑顔を向けてくる男だ。とは思った。彼女は普段男性に声をかけられてもそう易々と愛想を振り撒かなかった。まずは壁を作り、その壁を越えてこようという気概を持たない人間とは付き合わない性分だった。なので、ホルマジオにとってはタイミングが良かった。彼女は失恋したばかりだったのだ。
は立ち話も何だし、と空いた席にホルマジオを座らせると、ふたりは閉店までの時間を共にそのレストランで過ごした。まだ飲み足りない、話し足りないとどちらからともなく誘い、バーをはしごした。深夜二時を迎え、いい加減帰ろうという雰囲気になってふらふらと歩道を歩いているうちに、はホルマジオに唇を奪われていた。その後の流れについてホルマジオは酔いが回っていたせいでよく覚えていなかったが、断片的に思い出すのは、の家に着いた途端お互いに激しく求めあって、あれよあれよと言う間にベッドへなだれ込んでいたということだ。
――この不毛な関係が始まったのはそれからだ。
ホルマジオが用意された手料理に手を付けて相変わらず旨いと褒めると、は頬を赤くして喜んだ。これも、もう幾度となく繰り返しているやり取りであるはずなのに、はいつも嬉しそうに頬を緩ませる。ホルマジオは、会うたびに出会った頃の新鮮な気持ちを思い起こさせる彼女のそういったところが好きだった。
だがホルマジオにとって、・という女の特筆すべき点はそこではない。彼女の従順さこそ、何よりも――彼がキープしている他のどのセックスフレンドよりも抜きんでている良いところだった。
ホルマジオが口でしろ、跪いて尻を突き出せ、跨って自分で動け、ひとりでしているところを見せろ……何と言おうと、彼女は娼婦のように彼の言うことを聞いた。それがホルマジオにはたまらなかった。彼女の聡明ななりからは想像もつかない程、はホルマジオの前では乱れ狂い、彼から与えられる快楽をもっともっとと欲しがったのだ。
そして今夜もいつもと変わらずホルマジオは彼女を従えて、自身の股座に顔を埋めさせていた。
「。お前は、いつもオレのことを笑顔で受け入れてくれるよなァ。たらふくメシも食わせてくれてよォ……、そんで、シャワーも浴びてねぇオレのナニを黙って咥えちまうんだ。お前ってやつは、ほんと出来た女だぜ」
「だって……あなた、口でして欲しそうな顔してたから」
「そんなことまで分かるようになったのかよ」
蜘蛛が糸を垂らすようにの口から吐き出された、粘性のある唾液で濡れた亀頭を指先でいじりながら、彼女は竿の付け根から先端までをべろりと舐め上げる。たまにホルマジオの表情を伺いながら、気持ちいい?と顔を紅潮させ、湿り気を帯びた熱っぽい吐息を交えて問うと、ホルマジオは口角を釣り上げ、彼女の頭部に当てている手のひらに力を込めてああ、と答えた。
つるつるとした先端を尖らせた唇で何度かついばみ、控えめに舌を出してぺろぺろと舐めた後、口を開いて先端からゆっくり咥えていくと、は雁首に舌先を刺し込み、円を描くように舐め回す。まるで蛇が螺旋を描きながら木の枝をゆっくりと降りていくように、ホルマジオの陰茎を這うの舌。彼女の、まるで別の生き物のように動く舌が、ホルマジオはたまらなく好きだった。
舌が疲れてくると、は先端を喉の上の方に当て、舌で裏すじを押しながら深く咥え込んだ。裏すじに当てた舌を奥へ手前へと動かすのは忘れないように、そのまま何度も頭を上下させ、余すところなくホルマジオの男根に刺激を与え続ける。身をかがませたホルマジオの吐息が上から降り注ぎ、頭部を抑える手に常に力がこめられるようになってくるとは口での奉仕を終えた。
ホルマジオの太く反りかえった陰部から口を離すと、彼女は恍惚とした表情で彼の顔を見上げた。そして唇を淫らに貪りつつ、はソファーの背もたれに彼の背を押し付け、ソファーの座面に片膝で乗り上げる。キスを続けたまま、手の平で彼の先端を捏ねるように刺激した後、優しく竿を握るとゆっくりと上下させた。
(毎回思うが……とんでもねぇテクニックだぜ……)
の奉仕は、下手をするとその辺の百戦錬磨の娼婦より上手いんじゃないかと思えるほどの質だった。ホルマジオのイイ所を完全に熟知していて、タイミングも煽り方も、何もかもが完璧だった。
「ね……ホルマジオ、もう、いいでしょ……?」
は濡れた瞳で懇願する。
「しょうがねーなぁ。ほら、自分で脱げよ」
はシルクの白いブラウスのボタンに手をかけ、何の躊躇いも無く上から一つずつ外していく。焦った様子は見せずに、ゆっくりと袖から腕を抜くと、ブラウスはその場に放った。下着を外し、形のいい胸が露わになると、はおもむろにホルマジオの手を取って、それを胸に当てた。
だが何をどうして欲しいのか、それを明言するまでホルマジオは彼女の無言の要求を絶対に呑まなかった。
「それで?どうして欲しい」
が抵抗なくできるのはここまでだ。後は口にするだけだが、彼女にはそれがいつも恥ずかしかった。下唇を噛んで悲しそうに眉をひそめて首をかしげても、ホルマジオはかぶりを振るだけでぴくりとも手を動かしてはくれない。
「いじわる」
「そう言って喜んでるようにしか見えねェよ。ほら、さっさとしねーと萎えちまう」
「っ、胸……触って」
「触るだけでいいのか?」
「違う。……ここ、触って、舐めてほしい。いっぱい」
彼女が“ここ”と言ったところにホルマジオの指先が触れると、それは彼の指先を押し返すようにツンとせりあがった。
「全く……やらしい乳しやがって」
ホルマジオは、彼が指先で触れて固くなった方の乳首に舌を当てた。それを乳房に沈めるように舌先で押したり、突起の周りをそろそろとなぞったりしている間に、もう片方の乳房にも手を添えて人指し指の腹で乳首をいじる。は彼の口と指で与えられる刺激に応答するように、掠れた吐息を頻繁に漏らしながらホルマジオの頭部を抱き込んだ。
執拗に与えられる乳房とその先端への刺激は、の中心を疼かせる。疼くそこは、彼女自身が触れずに自覚できるほどぐっしょりと濡れてショーツに染みを作っていた。そして、甘いが何か物足りない快感によって、咽喉が締め付けられるような感覚に呑まれると、は濡れそぼったそこへの刺激を求め始めた。だが、それもきちんと口に出して言わなければ、ホルマジオは絶対に彼女の胸から顔も手も離さない。気が利かないのではなく、敢えて気を利かせないのが彼のスタイルなのだ。
は自身の左胸に添えられたホルマジオの右手を掴むと、股座にそれを誘導しながら恥ずかしそうに言った。
「ここもお願い。もうぐしょぐしょなの……」
「今日はいつにも増して欲しがりだなァ?」
「お願い。もう我慢できないのよ」
「しょうがねーなぁ……。じゃあ、むこう向けよ」
ホルマジオは向かい合っていた彼女の身体を翻し、自分の下腹部にまたがる様に彼女を座らせた。の背中を自分の前面に預けさせると、彼女の耳元に唇を寄せる。
「下着脱いで股開け。オレがやりやすいようによォ」
そう言われては腰を浮かせ、おもむろにまだ身に着けたままだった黒のペンシルスカートとショーツを脱いで床に放ると控えめに足を開いた。だが、ホルマジオは彼女の背後でやれやれと言うようにかぶりを振る。
「おいおい冗談だろ。足りねェよ。別に前で誰かが見てるわけでもねぇのに、何恥ずかしがってんだ」
彼は誰も見ていないと言ったが、彼らのいるソファーの向かいには大きなテレビが置かれていて、その暗い画面にの淫らな姿が浮かび上がっている。それに気づいたが躊躇ってなかなか彼の言うことを聞かないでいると、ホルマジオはの太ももの内側を両側から掴んで乱暴に足を開かせた。
「いやっ」
「今更ピュアぶってんじゃあねェーよこの淫乱オンナ」
「ひどい……」
「事実だろーが。会ったばっかの男に簡単に股開くだろ?」
「そんなの、あなただけ」
「さあ、どうだか……」
ホルマジオはの耳介の外縁を唇で食みながら、左手で胸の蕾を、右手で彼女の中心を弄り始めた。薄い粘性のヴェールに覆われたそこはホルマジオの中指を何の抵抗も無く奥へと誘った。ホルマジオは長く節くれ立った指をずぶずぶと奥へ突き入れる間、暖かな肉壁が指に纏わりつく感覚を楽しんだ。指の付け根が入り口まで到達したところで、ゆっくりと掻くように刺激を与える。掻き出された体液はホルマジオの手の平を濡らし、彼はそれをまぶすように皮一枚隔てて陰核へと刺激を与えた。
「んっ……ん、んんっ、んあっ……」
はたまらず嬌声を漏らした。強く刺激されては痛みの方が大きくなるデリケートなところも、ホルマジオの手にかかれば最高の性感帯となる。下肢に力が入って、革張りのソファーに投げ出された足先が、ぴくぴくと痙攣するように勝手に動き出した。ホルマジオはが緊張しているのを感じ取り、乳房に当てていた手を内腿へと移すと、リラックスできるようにそこをさすってやるが、敏感になっている彼女にとってはそれすらも快感となってしまう。
「お前が言った通りだ。もう慣らさなくったって良さそうだな?」
「っ、欲しい、ホルマジオ。お願い……入れて?」
「ああ。分かってるだろ?何をどうして欲しいのかちゃんと言わねェーとよ」
は口惜しそうに顔を歪めると、ホルマジオのズボンの開け放たれたジッパーから覗くペニスへ再度刺激を与え、挿入の準備を始めた。しかし、まるで蓋でもするようにの陰部からホルマジオの手は離されない。言わなければいけないのは分かっていたが、は何度強制されても、このグロテスクに反り返ったモノの名称をそのままずばりと口にするのには抵抗があった。は辛抱できなくなって覚悟を決めると、背後で静かに待つホルマジオの耳へ口を寄せ、囁くように言った。
「あなたのペニスで、私のこと、めちゃくちゃにして」
「んー。六十点ってとこだな。次は頑張れよっ」
ホルマジオの方も限界だったのか、の陰部に先端をあてがうと一気に中を貫いた。
「――っああっ」
一度最奥まで突き入れると、ホルマジオは中に自身を埋めたままをソファーへと突っ伏させた。はアームレストに縋るような態勢で背後から激しく攻められる。律動は時を追うごとに早くなり、快感の波は回を重ねるごとに波高を大きくして彼女を襲った。
は既に達してしまいそうだった。薄く開かれた目の奥は虚ろで、口元もだらしなく開いてそこから唾液が垂れ流れている。だが、彼女に男根を打ち付けている男は少しも息を荒げておらず、彼が果てるのはまだまだ先のことといった感じだ。気が遠くなる。一瞬たりとも止むことなく与えられる快楽の中、は固い革張りのソファーに爪を立てて必死に意識を保とうとするが、甲斐も虚しく果ててしまう。
「イッたろ?お前ホント早いよなァ。そんなにイイかよ?」
不規則に収縮する肉壁。それで彼女が一度果てたことを察した彼は、脱力した彼女の尻を一度叩いた。
「いっ……」
「おい、寝るつもりか?オレがまだまだぜんぜんなんだよ。ちゃんと起きてろ」
痛みに反応して一度強く収縮したの中が通常通りの圧を取り戻したのを確認すると、ホルマジオは再び激しく律動を始めた。は歯を食いしばって、今度こそ、と気を強く持とうとするが、獰猛に掻き乱され、突き当りを何度も何度も強く押されると、彼女の決意などは簡単に砕け散ってしまう。
がもう何度も達して、身体にろくに力を入れられないのを知ってか知らずか、ホルマジオはさらなるタスクを彼女へ課した。
「今度は自分で動いてみろ」
ずるりと肉棒が抜ける感覚に身を震わせたはふらふらと起き上がり、既にアームレストを枕代わりに身を横たえているホルマジオに跨った。右膝はソファーの背もたれとホルマジオの体側の間に、左足はカーペットに降ろし踏みしめて、体液が滴り落ちそうなほどぐずぐずな秘部にホルマジオの反り立つ男根の先をあてがうと、重力に任せて腰を落とした。
「あっ……だめ、動けない……」
ホルマジオは余裕綽々といった表情で、苦悩に満ちたの表情を眺めて楽しんでいる。
(そうそう。この顔だよ……)
瞳にうっすらと涙を浮かべて、息苦しそうに眉を寄せ、頬を真っ赤に染めて下唇を噛み締めた彼女の表情。これこそ、彼が求めていた光景だ。
なかなか動こうとしない彼女に発破をかけようと、ホルマジオが勢いよく腰を下から打ち付けると、は弾かれた様にのけ反って声を上げた。観念した彼女は、ゆっくりと腰を動かし始める。
「たまんねーな。。すっげー興奮する」
揺れる乳房を片手間で玩びながら、ホルマジオはの顔をじっと眺めていた。彼がいないとダメだと言わんばかりに、がホルマジオの肉棒を貪り嬌声を上げる姿は悲哀に満ちていて、実に弱々しく彼の瞳に映った。
(守ってやりたくなる。愛しいってのはこういう気持ちなんだろうか。オレがいなくちゃあダメだって、思ってるお前を……守ってやりたくなるって)
だが、彼はそれ以上に、いけないことだと分かりながらも、思うことがあった。
(もっと、オレを欲しがって……壊れちまえばいいんだ。。オレはお前をもっともっとよがらせて、オレにどっぷりと浸からせたい。……そう。オレはお前が息苦しそうにオレを求めてるところを、ずっと見ていたいんだ)
「愛してるの……ホルマジオ」
ふと、予期せぬ言葉が頭上から降ってきた。見上げると、は頬に涙を滑らせながら、必死に腰を振っていた。そして彼女の手のひらがおもむろに差し伸べられると、それはとても愛おしそうにホルマジオの頬をふわりと包んだ。
「私、あなたのこと、愛してるの。っ……。だから、あなたも、嘘でもいいから、私のこと、好きって……愛してるって言って?お願い……あなたじゃないと、ダメ、なのっ……」
ホルマジオはたまらなくなって起き上がると、彼女の顎を掴み、ソファーへと身体もろとも押し付ける。その乱暴な行為で、彼女の締め付けが強くなると、ホルマジオもいよいよ余裕がなくなってきた。
彼が行為中に精神を掻き乱されたのは初めてだった。そして、彼女を抱き始めて、“愛している”と言われたのも初めてだった。確かに彼は動揺した。まさか、の口から聞くことになるとは思わなかった。しかし、ホルマジオが情に絆されて“愛している”と答えることは無い。
「言わねーよ。。オレはそんなこと、言っていい男じゃあっ、ねぇーんだよ。そんなん、分かりきったことだと、思ってたぜっ……」
彼は息を荒げていつもよりも更に激しく、の秘部へと男根を打ち付け続けた。は、迫りくる快感と胸を締め付けられるような感覚で呼吸困難に陥りそうだった。大粒の涙がぽろぽろと次々に流れ落ち、革張りのソファーを滑り落ちていく。
「どうしてっ……どうしたら、何をしたら、言ってくれるの?私をっ……私を愛してるって……嘘でもいいのに。ただ、私を安心させて、くれるだけでいいのっ……お願い、お願いよ……。もう、壊れそうなのっ、あなたに会えない間、いつも死にそうなほど苦しいの……ねえ、お願いっ……お願いよっ……」
息も絶え絶えに、は積もり積もった思いをぶちまけた。苦しそうだった。見ているホルマジオが、生まれてこの方一度たりとも抱いたことの無い“罪悪感”に駆られるほどに。
(。ああ、。愛しい……)
「っ……。壊れちまえばいいんだ」
(オレはとにかく、喜ばせるのが難しいゲス野郎なんだよ)
「壊れるくらいオレを求めて、一生よがり狂ってろよ」
吐き出された欲が溢れ流れ出ると、空気に触れて白く濁っていった。はそのまましばらく虚空を仰ぎ打ちひしがれ、ホルマジオはそんな彼女の頬に優しく触れるだけのキスを落とすと、一人バスルームへと向かって行った。冷たい水を浴びながら、彼は壁に手を当て足元の排水溝に目を落とす。螺旋状に水が吸い込まれていく様を、彼はしばらく黙って眺めていた。
(危なかったな……ほとんど、言っちまうとこだった。愛してるって、とんでもねぇことを口走っちまうところだった……)
普通なら、これで懲りる。もホルマジオもそう思った。だが、は絶望に近い感覚に陥りはしたがこれっぽちも懲りていなかったし、ホルマジオもこれでふたりの関係が終わってしまうとは少しも思わなかった。
――その後も、ホルマジオの歪んだ愛は、まるで疫病の様にの心と身体を蝕むだけだった。